銘酒・魔獣殺し
王宮内にも工房が欲しいという要望は、あっさり通る。
協力者として来てくれたこの国の人たちが、陶芸用の工房を参考にして窯の用意をしてくれたので、あとは魔術師の方で必要な道具を持ち込んだり作ったりを繰り返す。数日後には、研究所として機能する場所が完成した。
早速、現地調達が可能な物をどう活用するかの研究が始まる。
この国は金属の採掘量が少ない代わりに、質の良い水と土があるので陶芸が盛んだ。それを参考にしながら、陶器製の魔術道具も作っていく。
魔術を使えば、今までにない着色と形状も可能だし、短時間で量産もできる。
研究結果を一応、執務室にいるナクシャ王子……ではなくイライザさんに報告する。
彼女は、作業机に積み上がる資料の束を整理するのに忙しそうだったけど、研究レポートを提出するとちゃんと読んでくれた。
陶器で武器を作って魔獣対策に使う案は却下されるかと思っていたけど、イライザさんはすぐに納得してくれた。
「魔術製の物を市場に流さないのであれば、王宮の守りに活用してもらうのは充分にありですね」
量産品で価格崩壊を起こすことさえなければいいらしい。
ふと思いついて質問してみた。
「そういえば、北の大陸からは魔術製の物は流れてきていないのですか?」
「あちらの国の主立った輸出はガラス製品なので、この国の特産品とは競合せずにいるようです。とはいえ、こちらの地域が北の人間に占拠された後からは、取引も行商も何も行われている気配がありません。この王宮に備えてあったはずのガラス製品や香木の類いも、ごっそり消えていますね」
「魔術に利用できそうな物は、向こう側で回収してしまっているんですね」
「おそらくは」
物流封鎖もこれから解決しないといけない。
私たちが会話する間、ナクシャ王子は地図や資料の束を落ちつかなさげに読み比べている。どうやらイライザさんと一緒に、この国の特産品や地域による文化差異について勉強していたらしかった。このまま頑張ってほしい。
私も資料を軽く読ませてもらう。
元々、この地域は果物やお酒の産地だったらしい。
お酒の原料がまだ収穫できるなら、魔術で度数を強力にして、魔獣に飲ませられないだろうか。ヤマタノオロチ退治みたいに。
あちこちのゲームでも竜殺しみたいな名前のお酒はあるし、似た効果の物が作れるなら役に立つ。物理的に敵を破壊する物だけが武器ではないから。
簡潔にそう提案すると、イライザさんは資料の山から一つの束を出し、中身を確認する。
「あの燃えた街の隣には、大規模な農場と食糧庫と蒸溜所があったようなのです。それがまだ稼働可能かどうか、ゲルダ先生にこのまま調査していただくのが早いかもしれません。使えそうであれば、もうそこを実験施設にしてしまいましょう」
未来の王妃から許可が下りた。
シデリテスとソリュからも外出許可をもらえたので、次の日の朝から久々にヴェルやテトラと三人で集まった。
目的地へ向かうために、テトラがトロッコを三つ連結した状態で出してくれる。
「休憩時に居合わせた人らと、暇潰しに改良してたんだ」
トロッコの車輪を大きくて弾力ある素材に変えたことで、レールの無い場所でも安全に自走するらしい。
初めて入手したマイカーを試運転するようなノリで、テトラは機嫌良くトロッコの先頭に乗った。テンションが上がっているのか鼻息が荒い。私からすると農家の軽トラックみたいな感覚だ。私とヴェルが二連目に乗り、トロッコは動き出した。
でこぼこした荒地でも、トロッコは滑るように走っていく。狙った改良がうまくいっているのか、テトラは喜んで手を叩いた。
「これなら大抵の場所は走れそう!」
そして、意気揚々と出発してから五分ほど後。
改良されて速度が上がったトロッコは、アエスによる警告も間に合わず、目の前に飛び出してきた四足歩行の魔獣を勢いよく跳ね飛ばした。
テトラは慌ててトロッコを停止したけど、黒いサーベルタイガーのような魔獣は絶命していた。衝撃を吸収する魔術のお陰で、私たちは余裕で無事だからよいものの……。
「王宮を避けて他の場所へ向かう魔獣がいたなんて……」
そこを気にかけるヴェルと、盛り上がりに水を差されて怒るテトラ。
「あーもう、群れない俺カッコイイーとか言って一人行動する奴は、こういう目に遭うんだよ!」
……知らない間にテトラに何かあったのだろうか。
カリカリしながら、テトラは魔獣をトロッコの三連目に乗せた。素材として丸ごと回収するつもりらしい。
魔獣がここにいたのは敵の狙い通りなのか、それとも統制しきれていない結果なのかで対策が変わるなあ……。王宮の西側地域は無事だろうか。
そんな話をしつつ偵察の使い魔を飛ばすけど、その後は何事もなく目的地に到着。
外壁しか残っていない街の東側に、イライザさんから聞いた通りのものが揃っていた。
長年放っておかれたようなので、農場が野生の動物王国になっているんじゃないかと心配していたけど、動物の姿は見当たらない。調べたら、麦畑やその隣の果樹園を囲う柵には動物避けの魔術が施されていた。過去にこの国へ出向していた、アストロジア王国の魔術師の仕事のようだ。
街を占拠していたゴロツキたちは、麦畑を放って果樹園だけ利用していたらしく、果樹園だけ荒らされた跡がある。
手入れする人間がいないので、麦畑は麦も雑草も伸び放題。果樹園には、実が落ちてそのまま生えたのであろう枝のような若木と、元は手入れされて育ったのであろう立派な樹がある。
三人で手分けしてあちこち回る。ヴェルは食糧庫の様子を、私は麦畑、テトラは果樹園。
調べて分かったことは、虫害対策の魔術もまだ効果が継続しているので、農場の作物は虫食いも植物の病気もなく健康的だということ。そして、手入れされていないために、育ちすぎているものと育成不良のものが混ざっている。
テトラが赤い果物を摘み、愚痴るように言う。
「せっかくいい実がなる木なのに、間引きも何もされてなくて、台無しだよ。収穫の仕方も雑すぎて、幹とか枝とか傷めてるし」
テトラは植物の声が聴こえるから、ここを荒らされたことが余計に許せないようだ。
無事だった実からプラムのような甘い香りがする。元は市場で人気の果物だったのだろう。
大事にされてきた農場が、農業知識のない人間の支配で駄目になるのは酷い話だ。
「麦の方はどうだった?」
「雑草が多くて、収穫に手間取りそうね。ただ、今回の目的分は収穫できそうだからそれでいいわ」
「魔獣に飲ませるお酒を造るんだっけ?」
「そう。蒸溜所を動かす資料も、イライザさんから借りてきてるの」
売り物にはならない物だらけだけど、今回は出荷目的ではない。お酒造りには充分な量が確保できる。
ここは街と王宮の人のための大規模農場だったのだから、量が多いのは当然といえば当然だ。
食糧庫は埃を被っていたので、ヴェルが掃除してくれた。
この国では珍しく、金属を惜しみなく使って作られた蒸溜所も、掃除をして機材を手入れすればちゃんと動きそうだ。施設内に生きた井戸もあるから、水だって確保できる。
施設の手入れを終え、ヴェルが言う。
「……設備だけ残っていても、ね」
「そうね……」
これだけの施設があっても、運用する人が誰も居ないのは悲しいことだ。
もしかしたら、本来の街の人たちはどこかに逃げていて、いつか戻ってくるかもしれない。そうであれば、魔獣を昏睡させるようなお酒造りは中止して人向けのお酒を作ろう。そのためにも、ここは大切に使わせてもらわないと。
今回は施設の片付けや手入れのみ。次は農場整備やお酒造りに詳しい人も呼ぶとしよう。三人ではどうあがいても手が足りないし、作れるお酒の種類にも詳しくない。アストロジア王国でお酒を飲む人は少ないから。
イライザさんに提出する作物と井戸水のサンプルを用意して、今日調べたことも記録して紙に残す。私が地味な作業をする間、二人は農場の外に魔獣対策の罠を作っている。
作業を終えてトロッコまで戻ると、テトラとヴェルは死んだ魔獣をひっくり返し、何かを話していた。
「どうしたの?」
私の疑問に、二人は慌てて魔獣をトロッコに押し込み言葉を濁す。
「あーちょっとさぁ……」
「この魔獣について、調べた方がいいことが見つかったんだよ」
どうやら私には伏せたい話のようだ。気にはなるけどそれ以上追求せず、帰ることにした。
帰り道のトロッコは、行きより警戒しながらの走行だ。
途中で膝の上のアエスが機嫌悪く鳴く。何事かと思ったら、白い大きな鹿が二匹、こちらを追うように駆けてくる。カラコロと鳴る鐘の音が聞こえた。
「ピィィ……」
「また魔獣?」
咄嗟に魔剣を抜こうとしたけど、アエスは首を横に振った。でも、ご機嫌ナナメ。どういうことだろう。
魔獣と違って、鹿の方はこちらに敵意は無さそうだ。
テトラがトロッコの速度を落とすのに合わせ、一匹の白い鹿も減速する。もう一匹は私たちを追い越して王宮の方へ走っていった。
トロッコが停止すると、鹿も立ち止まって私をじっと見る。ほかの二人には目もくれないから、私に用があるのだろうか。
よく観察すると、鹿の立派な角には紙のような物が結びつけてある。
警戒しながら、トロッコを降りる。アエスが私の肩に乗り、ヴェルも付いてきた。
私が近づくと、鹿は首を下げて角にある紙を差し出すような動きをした。
「……これは、私に?」
質問に答えるように、鹿が鳴く。
恐る恐る手を伸ばし、紙をほどく。広げてみると、どうやらそれは私宛ての手紙のようだった。
『ゲルダ先生へ お元気ですか。 あたしは、先生が学院からいなくなってさみしいです。お別れの挨拶ができなかったことを悔やんでいたけど、ノイアちゃんが魔術研究に誘ってくれたので、毎日あの場所でゲルダ先生が残してくれた資料を読んでいます。いつかまた先生に会えることを願いつつ、教わったことを大事にしていきます。アリーシャより』
『追伸。この鹿は守護獣らしいです。ゲルダ先生がどこにいても、危ない目には遭いませんように』
アリーシャちゃんからの手紙だということは理解できたし、この白い鹿が守護獣だということも分かった。けど、何故この守護獣がアリーシャちゃんからの手紙を運んできたのか……。
アリーシャちゃんが私のことを案じてくれていることは確かだから、それでいいか。
ひとまず、ヴェルとテトラに、この鹿がアリーシャちゃん経由で送られてきた守護獣らしいことを説明した。当然ながら二人も困惑する。
「あの子が?」
「手紙には詳細が書いてないから、この守護獣がどこからやってきたのかは分からないけど」
「まあ、危険じゃないならいいんじゃない? 早く帰って昼ご飯にしようよ」
そういえばそんな時間だった。
鹿の姿の守護獣に問いかける。
「私についてきてくれるの?」
すると、鹿はうなずくように首を上下させた。角にぶら下がる鐘が不思議な音を立てるけど、どこかで聞いた音によく似ている。どこで聞いたんだろう。
アエスがまた不満そうに鳴く。ああ、大きな守護獣がやってきたから、自分の役目を奪われると思っているのかな。
「大丈夫、アエスも今まで通り一緒にいてね」
そう言いながら頭を撫でて、王宮に帰ることにした。
王宮に戻り、ヴェルとテトラは魔獣を抱えてシデリテスへ報告に行った。
私はイライザさんの元へ向かう。すると、こちらにも白い鹿がいた。どうやら私たちを追い越していった鹿のようだ。
イライザさんは私が鹿を連れているのを見て、明るく言う。
「ノイアさんからの手紙通りですね。ゲルダ先生の元にも守護獣が行くと書いてありました」
「イライザさんの元には、ノイアさんから手紙があったのですね」
「はい。私たち宛ての手紙でしたから、ゲルダ先生もどうぞお読みください」
そう言って、彼女はノイアちゃんの手紙を出してくれた。
『前略 イライザさんとゲルダ先生へ 私、ノイアと、アリーシャさんは、学院で守護獣を作る実験に参加することになりました。実験の企画者であるセルヴィスさんやシャニア姫から、守護対象を私たちが選んで良いと言ってもらえたため、アリーシャさんはゲルダ先生を、私はイライザさんを選びました。白い鹿の姿の守護獣が、危険な場所にいるお二人をどうか守ってくれますように。 草々』
なるほど、ノイアちゃんのおかげで流れが理解できた。
手紙をイライザさんに返し、言う。
「学院で守護獣を作るだけの魔術が行えるなんて、初耳です」
「先生もでしたか。王族が秘匿している魔術は多いのですね。他国から怪しい者が多く出入りしていては仕方ないのでしょうけれど」
イライザさんは守護獣が気に入ったのか、嬉しそうな笑顔で鹿の背中を撫でている。ここまで彼女が蕩けた表情をするのは珍しい。そして何故か、ナクシャ王子が不満そうな顔をしていた。張り合う相手が違うんじゃないかな……。部屋に入ってすぐのところで常に控えているイデオンをチラ見する。こちらはいつも通りの笑顔でイライザさんの様子を目で追っていた。
それはさておき。
守護獣を作る実験が成功したなら、アストロジア王国のほうは心配いらないのだろう。
イライザさんにサンプルを渡して、調査報告を済ます。彼女の方から人を手配してもらえることになったので、次からは本格的に魔獣退治のお酒造りだ。
今のうちに、お酒を入れる専用の壺を作ることにした。ダンジョンの奥で見つかるアイテムっぽく奇怪な形と色にすれば、人が間違えて飲むこともないだろう。




