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囮役

 敵側は夜目の利く魔獣を確保できないのか、襲撃は全て日中に行われた。

 初回と同じく猛禽類の群れが二度、陸上を駆ける四足歩行の魔獣の群れが二度。

 どれも魔獣から剥いだ素材を使っての応戦だ。

 羽もクチバシも牙も、骨も。鳥型の使い魔を作る核に使い、魔獣がやってきたら胸か目を狙うように指示を与えていた。

 今も王宮の高台に、カラスの姿をした使い魔がずらっと待機している。40羽もいれば次の襲撃も耐えるだろう。

 とはいえ、落城狙いにしては送られてくる数が微妙だから、今までは様子見で、次から倍以上の数を送ってくる可能性もある。熊みたいな魔獣が大軍で来たらどうしようか。召喚術の研究が進んで、ドラゴンを出されることもあるかもしれない。

 東からの襲撃が陽動である可能性も考慮して、戦力はあちこちに分散したままだ。

 使い魔たちに魔石を与えつつ考えていると、肩の上のアエスが寂しげに鳴く。喉元を指で撫でて、説明した。

「この子たちは突撃したら、もうそれで役割が終わってしまうから。アエスに同じことはさせられないの」

「ピィ……」

 片道だけのお仕事は、自我を持たない擬似生命にしか任せられない。

 陸上戦の場合、土を素材にしてゴーレムを作るのと、魔獣がやってくる足場を蟻地獄みたいに変えることの、どちらが術者を消耗させにくいか。それが議論されていて、実戦で研究中。

 私としてはその結論を出すより、先に敵側の召喚術を無効化させたい。キリがないから。

 そんな話し合いの中、急にガーティさんがやってきた。

「ゲルダ先生に、お伝えしたいことがございます」

「はい?」



 持ち場を他の魔術師二人と騎士二人に任せ、私は誓約の術に意識を集中した。

 どうやらヴェルは、王宮内をふらふらと歩いて西側の庭へ向かっているようだ。

 ガーティさんは簡潔な説明しかしなかったから、ヴェルが情緒不安になっている理由は私には分からない。ナクシャ王子と居て、何があったんだろう。

 急いで後を追うけど、王宮内は入り組んでいて移動しにくい。敵が突貫をかけにくい構造なら、王族の避難用に隠し通路とかありそうだけど、潰されてしまったのか見つからない。

 周り道をして、広い庭に出た。こっちはまだ私が来たことのない区画だから、植物が枯れたまま。そんなどんよりした雰囲気の庭先に、ヴェルの後ろ姿があった。

 何だか、心ここにあらずといった雰囲気だ。

 走っていって、背中にしがみつきたい。そんな衝動に耐え、立ち止まる。深呼吸をして、頭を冷やす。

 またヴェルがおかしくなっているなら、いきなり近づいて声をかけてはまずいかも。

 二人で話をしている間に敵襲があるかもしれないし。

 魔剣を鞘から引き抜いて、庭へ向ける。こっちの庭の植物にも、生命力増強の術をかけた。

 光の拡散と庭の変化に、ヴェルもさすがに反応する。ぼんやりとこちらを振り返るので、魔剣を鞘へ収めた。

 ヴェルの、魔術で青く染めた瞳が曇っている。

 ゆっくりと近づく私の姿をじっと見て、口を開く。

「……どうして、ここに?」

 やっぱり、ヴェルは一人になりたい気分なのだろう。でも。

「庭が枯れているのは、見てられないから」

 持ち場を離れた理由を伏せて、それだけ答える。

 ヴェルは、辛いことがあっても私に話してくれない。どうやらテトラは知っているようだから、それでもいい。相談相手がいるなら。

 ただ、私がヴェルを放っておきたくないだけ。それは押しつけがましい感情な気がして、正直に心配だとか会いたかったとか言えなかった。

 私の言い訳に、ヴェルは目を見開くと、表情を緩めた。諦念じみた言葉をもらす。

「そう……いつもより、」

 嘘が下手だね。

 その言葉は、庭でざわつく草木に飲まれて消えた。

 ……見透かされてしまったなら、誤魔化す意味はない。

「ねえヴェル、私、今一緒にいてもいい?」

 そう問うと、ヴェルは手にした布の包みに視線を落とし、口ごもる。

 包みをぎゅっとにぎると、頷いた。


 ヴェルを促して、近くの東屋まで行った。

 手入れされてなくてぼろぼろだけど、汚れを魔術で払って並んで座る。

 何を話そう。いや、鬱陶しいかな。見当違いの慰めや励ましに、価値はない。

 しばらく間を置いて、ヴェルは話し出した。

「ナクシャ王子から、父さんの骨を返してもらったんだ」

「……え?」

「魔術を扱えない人間に魔術を使わせる為に父さんが連れて行かれたらしいことは前に聞いたけど、まさかこんな手段だとは思わなかった」

 ああ、手元の包みはそういうことなのか。

 言葉が出ない。

「……街が潰れた後。父さんだけ見つからないのは、どこかにうまく逃げ延びているんだと、思いたかった」

「……」

「父さんは誰かに助けられているんじゃないかって、期待してたんだ。生きていて、いつかどこかで会えるかもしれないって」

 大事な人が死ぬのは、すぐには実感がわかないものだ。葬儀の場でも、寝ているようにしか見えなくて、起き上がるんじゃないかって期待が消えない。火葬されて骨になったのを見て、もう会えないのだと理解する。

 この国の葬儀は土葬だから、なおのこと相手が死んだことを受け入れるのに時間がかかる。前世でのおばあちゃんの葬儀と、秘めの庭に入る前に参列した、お爺様の葬儀では感じ方が違ったのを、今になって思い出した。

「でも、そんな都合のいい話はなくて、実際にはもっと酷い目に遭わされていた。取り出されたのが背骨じゃ、絶対に助からない。明らかに殺されてる」

「……」

「どうしてここまで……」

 そこで言葉が途切れる。泣いてはいないけど、声を詰まらせている。

 私も黙ったまま、ヴェルの背中を撫でる。

 珍しい魔術の使い手は、マッドサイエンティストな気質の人間に狙われる。ある種の物語において定番な展開ではあるけれど、当事者として巻き込まれるのはとても辛い。

 物語を盛り上げる道具にされるのは嫌だ。

 ヴェルは、どうしたいのだろう。犯人に復讐したいだろうか。でも、この世界でその感情を抱えると、すぐに敵に付け込まれて利用される。相手が超常的な力を持つ人外なだけに、回避が難しい。今も、ラスボスや隠しボスから観察されているかもしれない。

 ヴェル自身が狙われてしまう可能性が高いなら、私がすることは……。

 ラスボスや隠しボスを倒すのに必要な道具の再現には、北の大陸か、ユロス・エゼルにある特殊素材を得ないと無理だ。……この国のどこかに、流れてきていないだろうか。


 寄り添ううちに、ヴェルは少しずつ昔の話を始めた。

 心がかき乱されているからか、いつもと違ってまとまりがないし、時系列もバラバラだ。

 毎日、父親の鍛冶を手伝った話。街の外から孤児を迎え、末っ子のヴェルに妹ができた話。二番目の兄が狩りに行って獲った獲物の角と骨で、遊び道具を作ってくれた話。一番上の兄が結婚した話。引き取る孤児の人数が増え、母親がヴェルを構うことが減って、謝られてしまった話。三番目の兄とお爺さんが、ヴェルに鍛冶の道具を贈ってくれた話。

 今までそれらを人に言ったことはなかったらしい。

「家族との思い出を人に話してしまうと、自分の中に何も残らない気がしたんだ」

「私は覚えておくから」

「うん……」

 話して落ち着いたのか、ヴェルの表情は少し晴れている。これなら大丈夫かな。いきなり復讐の旅に出たりはしなさそう?

 今まで肩の上で丸まっていたアエスが、私の頭の上に乗って短く鳴いた。それで日が傾いてきたことにやっと気付く。

 ヴェルが慌てて立ち上がる。

「どうしたの?」

 ヴェルはナイフを取り出して小声で答える。

「植物がまた枯れてる」

「え?」

 慌てて立ち上がり庭へ出ようとしたら、腕を引き寄せられた。

「近くに北の魔術師がいるかもしれない」

 そうか、植物が枯れた原因が毒とは限らない。自分の外側から力を借りるタイプの魔術を使えば、生命力の弱いものから犠牲になる。

 見通しのいい庭で敵の姿が見えないなら、

「ここ吹き飛ばすから」

 手短にヴェルに告げる。

 魔剣を引き抜き、風の術を真上に打ち上げた。

 突風によって吹っ飛んだ東屋は上空で分解し、人間二人を巻き込んでいるのが見える。

 それを確認すると同時に、私の体が浮いた。

 ヴェルが私を抱き上げて駆け出し、東屋のあった場所が爆発する。

 上空に打ち上げた二人以外にもいたのか。

 結界をこじ開けて侵入可能な魔術師なら、認識阻害の術は余裕か……。

 ヴェルが手持ちの金属片をいくつも飛ばす。熱源を追うそれは、襲撃者に突き刺さる。分散具合からして二人。

 位置を特定し、ヴェルのナイフと私の魔術が同時に飛ぶ。

 急所に当たったのか、相手は隠蔽の術が解けて倒れる。

 とどめを刺そうと動く私達に向かって、声が掛けられた。

「そこまでにしておいてくれないかな。こちらは少しでも情報が欲しいから、まだそれらには生きていてもらわないと」

 淡々とそんなことを言いながら、ソリュがゆっくりとやってきた。

 振り返ると、上空に打ち上げっぱなしの敵二人も、宙に浮いた魔法陣に受け止められている。

「……ソリュ様」

 ヴェルの声は、心なしか恨みがましげだった。

 その反応に、ソリュは憂いた顔をした。

「君たちの言いたいことは分かるよ。こうなることを見越して、君を殿下から離して放っておいたことを怒っているのだろう? 誰だって告知無く囮役を課されては納得しかねるとも」

「……」

 やっぱりこの襲撃は、ヴェルをナクシャ王子と間違えてのことなのか。

 こういう策を取る辺り、やはりこの人もロロノミア家の一員なのだろう。

 フェンも、学院でまだこんなことをやっているのだろうか。

 ロロノミア家がアストロジア家に代わってヘイトを買う汚れ役なのは、最近になって理解できたけれど。割り切って実行するのは覚悟がいるだろうに。

「とはいえ、こちらもわざわざ結界を脆弱にしていたわけではないのでね。襲撃がこちら側からくる想定はしていても、できれば事前に阻止したかった」

「では、こちらの警備に当たっていた人達は……」

 心配した私に、ソリュは微笑む。

「先ほど保護して手当中さ。全員無事だから安心していいよ」

 被害が小規模で済んだなら良かった。

 ヴェルを囮扱いされたことには納得いかないけど、私達がここに居なくては、敵に王宮の中心まで素通りされてしまったかもしれない。結果的に この方が良かった? 影武者役は誰かがしないといけないし。

 あ、私が東屋を壊したのが一番の被害になるのか……。直さないと駄目かな。

 ぐるぐると考え込んでいると、ヴェルがソリュへ提案する。

「では、怪我をした人達に代わって、自分たちがこのままこの区画の警備に当たります」

「休まなくて良いのかい? 無理はせずとも、交代の人員はいるけれど」

「いえ……ゲルダは平気?」

 ヴェルは私を抱き上げたまま聞く。持ち場を離れていいなら、このまま一緒にいたい。

「……私も、平気です」

 それはそれとして、いい加減に下ろしてほしい。


 薄暗くなってきた中で、アエスがぼんやりと発光し始めた。

「そんなことができたの……」

 驚く私に構わず、アエスは私達の進行方向を照らすように羽ばたいた。

 その後をヴェルがついて行く。私を抱き上げたまま。

「ねえ、ヴェル。自分で歩くから……」

「まだ結界の修復は済んでいないから、安全を確認するまでは降ろさないよ」

 西側で何が起きたかの調査をしながら、ヴェルはそう主張する。

 確かに私ではとっさの反応がヴェルより遅いけど……。

 太陽光産の魔石で魔術障壁を補いながら、ヴェルはあちこちを点検していく。

「一度突破された箇所は、修復だけでは心許ないね。二重三重に対策しておこうか」

 私は抱えられたまま周囲を見回す。索敵の術には何も引っかからないから、侵入者はあの四人だけと思っていいのだろうか。

 何かうまい対策はないかと思って、ヴェルに言う。

「いっそ、色んな方角から同時に襲撃されたときのために、噴水っぽい感じで攻撃魔術が拡散する道具を王宮の中心に作れない?」

 大量に魔力を消費するから、現実的ではないけれど。広域攻撃の方が手っ取り早い。

「ゲルダリア、疲れてる?」

 疲労で思考力が落ちているのがバレてしまった。

「少し」

「ごめん、無理に付き合わせて」

「ヴェルのほうこそ、無理はしないで。私は大丈夫だから」

 そう言ったことで、やっと地面に下ろしてもらえた。

 それから、魔除けの木片を基点にした結界と、魔獣の尾羽を利用した迎撃装置を設置して、一仕事を終える。

 一息ついて、隣にいるヴェルの腕を掴む。

「……急に黙って居なくなったりはしないでね、ヴェル」

 復讐の旅に出る人は決断が早いから、念押ししないと不安だ。

 私の言葉が意外だったのか、彼は慌てたように言う。

「君との誓約に背いたりはしないよ」

「ならいいの」

 他にも聞きたいことは沢山ある。ちゃんとご飯を食べているかとか。でも、一番の懸念ごとさえ起きなければそれでいい。

 ヴェルのことも心配だけど、テトラにも会えていない。

「ねえ、テトラは今どうしているか分かる?」

「テトラは……地下で、大量の人骨を見つけて落ち込んでたよ。それで舞燈の王が怒ったんだ。子供にそんな物を見せるなって。それでテトラも機嫌悪くしてさ。これぐらい平気だって言うんだけど。強がりだね、あれ」

「感情のすれ違い方が泥沼じゃない……」

 地球の現代倫理を抱えて成人したであろう私からすれば、舞燈の王が正論だと思う。こんな場所に未成年がいること事態がおかしな話。ゲームの主人公と同じ年齢の時には考えなかったことだし、その倫理感はこの世界では通用しないけれど。

 ここが歴戦の戦士を死なせて未成年に勇者役を押し付ける世界だと知っても、めげている訳にはいかない。

「ねえヴェル。私まだ、武器作りの研究がしたいの。手伝ってくれる?」

「そうだね。ここにも工房を作れないか、シド様に相談してみよう」

 そこはナクシャ王子の許可なんじゃ……?

 まあいいか、イライザさんには報告しておこう。


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