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襲撃

 ソリュは、私の観察に気が済んだのか、視線を落とす。

「今のロロノミア家は、人数が多い故に生存競争も厳しくてね。無能のそしりを受ければ、家名を剥奪され放り出されかねない。そんな中で生まれた当主の嫡男に、魔力はなかった。彼が生まれた当時、それを知って喜んだ者は多かった。彼を差し置いて、自分が次期当主の座につけるかもしれないとね。実際はそう甘くはなかったが。フェン・ロロノミアは、魔力を持たずとも優秀だった。魔術以外の全ては習得可能な天才と言ってもいい。その有能さを幼いうちから見せつけて、魔力を持たずとも次期当主の座を確実にした。努力すれども能力が頭打ちになる凡人には、妬ましい話だ。彼に勝てるのは、魔術を扱えるという一点のみ。ところが。ロロノミア家の管理地でも魔石が出ると判明した。そして、それを得たフェン・ロロノミアに欠点は全て無くなってしまう」

「……」

 フェン・ロロノミアに魔力は無いため魔術が扱えない、というのは有名な話だ。

 でも、魔石で補うことで問題を解決していたのは初耳だ。国内外の敵対者を油断させるために、身内以外には隠していたのか。

 天才との違いに苦悩する普通の人、か。

 私だって、色々と頑張っても限界がある。記憶力はヴェルの方が上だし、テトラの方が奇抜な発想で面白い発明をする。もう基礎体力では成長した二人に勝てない。だけど、その能力差が組織からの追放とは結びつかなかったから、私は二人を妬むことがない。

 ロロノミア家の人同士は、そうはいかないのか。

「君も、どうやらイアナ、うちの騎士経由でロロノミアの姫には注意するように言われたようだけど、大元の原因はそこにある。今まで細かく説明する余裕が無かったけれど。

うちの姫たち二人は、努力で解決できない限界から、八つ当たり先を探すほど歪みはじめている。普段の彼女たちなら、あそこまで荒れはしなかったのだけどね。うちの次期当主殿が出す条件の厳しさに、耐えきれなかった。私としては、彼女たちにも同情しているけれど」

 認識が、歪む?

 ……それは。

 私のせいにされても知ったことではない。ソリュと女性騎士の人もそう分かっているから、私が面倒な人間に近寄らないよう注意をしてくれるのだろう。

 でも。

 それは、敵に付け込まれるフラグでは?

 あのゲームの中でアストロジア王国が滅んでいたのって、そういうお家事情を利用された延長にあるんじゃないだろうか。

 姫たちを正気に返さないと、危ない。

 正気を失う王族、というのがこの世界で何を引き起こすか。散々ゲーム内で見た。今いるジャータカ王国だって、この有様だ。

 ただ、私は今ここにいて、何もしてあげられない。作戦を終えて帰る頃では、彼女たちを正気に戻すのが間に合わないかも……。

 学院にいるうちに欲しい情報だった。

 恋愛絡みの物語によくある、勘違いからの嫉妬の話だと思っていたら、組織崩壊シナリオによくある、悪人につけ込まれて利用されるタイプの話である疑惑が出てきた。

 まだ私の認識が甘かった。

 タリスはあの話を、どう判断しただろう。

 ソリュへどう答えたものか考えていると、騎士が部屋へ飛び込んできた。

「大変です、ソリュ様! 東の空から猛禽の姿をした魔獣が!」

「わかった、すぐに出よう」

 ソリュは立ち上がると私に聞く。

「君も行けるかい?」

「はい」



 三人で走って外へ向かう。

「警戒に当たっていた者たちは、防御結界を高所へ張り直すのを優先しています!」

 そうだった、ノイアちゃん経由で空からの攻撃には注意するよう言われていたんだった。王宮の真上にも広域魔術への防御結界は張ってあるけど、魔術耐性が高い生物に体当たりされたら破壊されかねない。

「魔獣の数は?」

「鷲より巨大なモノが二十羽ほど! 」

 それなら弓矢か攻撃魔術でどうにかなる。

 そう考えた私達が状況を確認しに向かうと、撃退に当たっていた魔術師が叫ぶ。

「ソリュ様! 奴らに魔術は効きません!」

 獣に防衛線を突破されていた。

 ギャアギャアと喚きながら近づく黒い群れを見て、咄嗟にアエスをひっつかんで腰の薬入れに突っ込んだ。

「ピェッ?!」

「ゴメンねアエス、しばらくじっとしていて」

 あんな大きさのに狙われたら、ひとたまりもない。

 魔術無効なら物理攻撃に弱いのが鉄板だ。

 弓矢が扱える人は王宮の全方位に散っていて、ここに集うには時間がかかる。

「なら、物質的なモノを魔術でぶつけてしまうしか」

 私がそう言って魔除けの木片束を取り出すと、隣にいたソリュが動く。

「使うよ」

 簡潔に告げ、私の手にあるものを奪うと、ソリュは木片を一斉に空へと向けて射出した。

「……え?」

 投擲と呼ぶには物理法則を無視した速度。

 明らかに魔術を使っているけど、魔力の溜め無しで?

 呆気にとられた私の前で、正確に胸を射られた黒鳥たちが地に落ちる。

 王宮に届くことなく、襲撃は終わった。

 努力すれども、能力が頭打ちになる凡人の苦悩。それを語った側が非凡な能力持ちだったというのも、よくある話だけど……。

 腑に落ちない。

 持久戦になるよりはマシだろうか。

 ソリュは、魔獣がやってきた方角を探るように目を細めた。

「それにしても、速い襲撃だったじゃないか。我々が王宮を占拠して合図を打ち上げるのを待っていたかのようだ」

「東からずっと観察されていたんでしょうか?」

「だろうね。ここにいたのは、王宮とそのお膝元である街の荒れ具合からして、生かさず殺さずの搾取が下手な連中だった。無能な連中を上手くなだめすかして置いておく捨て石だったんだろう。おそらく、経済的にうまい汁を吸える地域に首魁がいる」

「となると、ユロス・エゼルから物が流れてくる南東でしょうか」

 首都の方が地方都市より経済的な魅力が無いって、相当に国家運用が酷い。

「そこは確実に危険だろうね。敵の本拠地とは限らないけれど」

 裕福な土地を手中に収めて転がす知能犯……。

 心当たりがあって、溜め息をつきたい。

 トレマイドとはまた別の方向性で、アイツも苦手だ。関わりたくない。

 今の段階だと、アイツもまだ十五、六歳か……。

 キャラデザの参考元がナルキッソスだというあのキャラは、今の年頃ならまだ、ゲーム中ほど振り切れた思考はしていないっけ?

 対策する余地はありそう。

 考えるうちに、アエスが悲しげに泣くのが聞こえて慌てて外に出した。

「ごめんね、アエス」

「ピィ! ピィ!」

 抗議するように羽をばたつかせるアエスを見て、ソリュが笑う。

「守護獣が守護対象から庇われてしまっては、不満だろうね」

 ……今、何て?

「この子、守護獣なんですか?」

 私の反応に、ソリュは目を丸くする。

「おや、知らずにいたのかい?」

「詳しくは説明されていません……」

 使い魔にしては妙だと思っていたけど。

「へえ。これまでの君の行動を見ていると、どうも度胸があるというより、恐怖への感覚が薄いというのが近いからね。誓約相手も君を心配してはいても、正直に守護獣が必要だと言い出せなかったんじゃないのかい」

 ……言い返せない。

 ヴェルにはいつも心配される。

 夏に海で巨大アンモナイトに狙われた後、ケット・シーにも言われた。普通はあの怪物に遭うとみんな怖がるのに、私は平気な顔で爆弾を投げてたから、珍しいって。

 この世界の人には恐怖を感じる未知のモノでも、私はゲーム中で知っていて怖くない。海で遭ったアンモナイトはゲーム中にはいないけど、不気味さは感じなかった。アンモナイトを知らない人には、怖く感じるのかもしれない。目がギョロギョロしてたし。

 怖がらない私は、はたから見て、無鉄砲な人間に映っている?

 アエスは私の手のひらの上で、次は活躍してみせますよ、と言いたげに翼を広げる。

「でも、体格差は補えないでしょう?」

「ピイ……」

 埒があかないと判断したのか、ソリュが私にフォローを入れる。

「誓約の守護獣も万能とは言えないから、無理はしないことだよ。愛情を結う誓約から生まれた身でも、限界はあるんだ」

 その言葉にアエスはしゅんとして頭を下げるけど、私はそれどころではない。

 愛情を結う……?

 ヴェルは、誓約が成立したとき、花が咲いたことに驚いていた。

 テトラは、誓約について詳しく説明するのはヴェルがすべきだと言って逃げた。

 タリスは、私が誓約について詳しく分かっていないことに怒っていた。破棄しろとまで。

 ああもう……。どうして三人ともちゃんと説明してくれなかったの……。

 こんな場所で、無関係の人から聞かされるなんて。



 倒した魔獣から、回収できる素材を全て剥ぎ取るのは基本。

 そんなわけで、状況検分を済ませた後に魔獣の解体を行った。

 皮を剥ぐ前に羽をぶちぶち毟り取る。ペン代わりに使えそうな丈夫な芯のこれは、攻撃道具にもなりそう。くちばしもいい鋭角をしている。

 血の臭いに構わず淡々と魔獣を解体する私に、ソリュは感心しているのか呆れているのか分からない調子で言う。

「君は、後始末に慣れ過ぎているね。捌き方をよく心得ている」

「秘めの庭では、これが日常でした」

 可能な限り素材を回収したら、火葬。焼いたら骨も入念に砕く。この世界ではリビングデッドもゾンビも不採用だけど、念のため。

「本当に、君の父親は何も報告されていないのだね」

「それは私が望んだことではありませんが……」

「うん、そうだろう。おそらくうちの現当主殿の判断だ。あの人は、君の父親が過剰に娘の心配をしているのを知っているからね」

 やはり他人から見ても過剰なのか……。

 母が大人しい穏やかな人だったから、父はその娘である私も似た性格だと思いこんでいるのかも。


 魔獣の肉とこの国の香辛料を使って、タンドリーチキンのような料理と手羽先みたいな何かができた。

 それを持って虜囚を閉じ込めている倉庫前に行くと、扉越しに虜囚の尋問をしていた騎士が苦笑する。

「わざわざ虜囚に料理を作るなんて、優しい魔女がいたもんだ」

「私の独断ではなく、ソリュ様からですよ」

 それだけ言って、虜囚には聞こえないよう騎士に耳打ちした。

「さっき王宮の襲撃にきた魔獣の肉です。毒の有無は調べていないので、食べた後の命の保証はできません」

 騎士はそれを聞いて頷いた。そして、こっそりと私に言う。

「ここにいた連中は掠奪以外に生き方を知らなかったらしい。我々が来た段階では奪えるものが尽きていて、飢えていたんだと。飢えが長期にわたると、肉の消化には耐えられん体になるから、それに毒があろうがなかろうが、さして変わらんさ。話を聞くために、まだ水しか飲ませてないが」

 ……虜囚がこれを食べてどうなろうと、こちらの陣営はかまわない。

 細かい情報を伏せれば、敵にも糧を分け与える慈悲があるように見える。

 彼らにとって敵の施しを受けるのがプライドに反するなら、拒否してもいい。

 既に水を受け取っているなら、こっちに寝返るか利用するかを決めたんだろう。

 治安のいい場所で生まれて生き方が選べたなら、掠奪者になっていない人も混ざっているかもしれない。更生可能な人がいたかもしれない。

 でも、そこに情けをかけられる段階はもう越えてしまっている。

 この世界に聖者はいない。全員は救えない。

 料理を騎士に預けて、私は次の襲撃への備えに向かう。

 魔獣を送ってくる元凶を早く止めないと、キリがない。増援は、ちゃんと来るだろうか。


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