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空を飛びたい魔法使い  作者: ヨウレ
二章 逃亡
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八話 双子の妹

 新年の儀が終わり、ここグレンフィートの王都に薄っすらと雪化粧がほどこされた。これから雪はどんどん積もるだろう。そんなある日、学院終わりにフランクと馬車に乗っている。木工工場もっこうこうばに向かっているのだ。カーメラ商会にスキーやそりを専門に作っている工場こうばを紹介してもらった。そりを注文するためだ。この世界にももちろん橇はある。頑丈で安定性の良い重厚な橇だ。僕が作りたいそりは軽く体重移動だけで方向が変えられる玩具おもちゃのそりだ。幅広短いスキー板にお尻を乗せる板とフットバー(バイクの足置きを想像して)と紐を取り付けたものだ。



 昨日、木工工場もっこうこうばからそりが届いた。僕の考えた通りに作ってある。ばっちりだ。早速メグのところに行き、

「メグ、明日そりで遊ぼう?」


「雪の中で?」


「いやか?」


「そんなことないよ」


「リーリア、明日は寒くないようにいっぱい着させて、リーリア達は動かないで見てるだけだから寒いよ、メグより厚着して来るように、いいね!」



 メグとリーリア、侍女達、護衛騎士とフランクを連れて騎士の訓練場に向かってる。演習場の隅に丁度良い丘があるんだ。


「リーリア達はここで待ってて。寒かったら交代で中に避難して」訓練場の本部前、唯一屋根があり雪かきされている所で待ってるように指示するが付いて行くと聞かない。


「まあ、いいか。寒くなったら避難しなさい。ここからでも見えるから」フランクと護衛騎士は待ってる気だ、ついてこない。


 僕とメグはそりを引いて丘を登った。丘の上で簡単に乗り方を教えた。


「メグ、大体わかったな。兄ちゃんが手本を見せるから兄ちゃんが下まで行ったら滑って来いよ。いいな?」


「うん、わかった」


「じゃあ、行くぞ」僕は下まで滑るとメグに手招きした。


 メグが滑ってきた。

「にいさま、にいさま、すごく早い」と、興奮してる。


「もう一回滑ろう。紐を貸して」二台のそりの紐を引いてふたりで丘を登った。


「今度は一緒に滑るよ」


「うん、いいよ」


「発進!」


 何回か繰り返した後、

「メグ、少し休憩して温まろう」


「うん」


 ふたりで訓練場本部に向かった。訓練場本部前にいるリーリア達(寒くて早々に避難してた)と本部の建物に入りお茶にした。


「メグ、そりは面白いか?」


「おもしろい!」


「じゃあ、もう少し休憩したらまた始めよう」


「うん」



 メグは、思いっきり楽しめたみたいだ。僕の引くそりに乗り侍女のひとりにそりのスピードがいかに速いか身振り手振りで説明している。その後ろでフランクがリーリアと楽し気にお喋りしている。

 少し悪戯いたずら心を出した僕はフランクを雪まみれにする為、塀の上の雪を風の三連魔法で吹き飛ばした。失敗した、なぜ? 雪はフランクだけじゃなくリーリアまで雪まみれにしてしまった。


「レオン様、酷いです」と、既に半べそだ。


「にいさま、リーリアをいじめたらだめです。かあさまに言いつけます」と、メグは大変ご立腹だ。


「王子、リーリアまで、やりすぎです」と、フランク。


「ごめん、フランクだけを狙ったんだ。ごめん、手元が狂ったんだ。ごめんね」と、平謝りの僕。


 帰りの道中、ず~っと謝り続けた僕はお詫びの品を送ることになってしまった。



 それでもメグの怒りは消えず、僕は母上と爺にみっちり絞られてしまった。



 僕はリーリアにビーズの髪飾りを進呈した。その場にいたメグも欲しそうな顔をしたので同じものをあげた。なぜかこの世界ビーズがまだ無かったので新しい玩具にビーズを作ることにしたのだ。以前ガラス管を作成したガラス工房にビーズを依頼したがこれが失敗の連続。僕も赴き技術指導してやっと出来たサンプルがこの髪飾りだ。この手作りビーズの価格の高いこと高いこと、くず宝石を集めて髪飾りを作った方がよっぽど安く上がる。当然、玩具で売らず、高級衣料の店に卸してる。

 そんなこの世界で出回っていない高価なガラスのビーズの髪飾りが貰えたのでとても喜んでくれた。それより先日の「悪戯を許してあげる」と言ってと頼むと喜んで言ってくれた。メグもそれを聞いてニッパっと笑ったのでようやく僕もホッとした。



 ひと息ついた僕はもうひとつの問題、なぜ魔法を失敗したのかを考えていた。



 同一の魔法を3つ同時に発動したら予測した威力を上回ったと思う。これが先日の悪戯した時の感触だ。これが本当なら凄く嬉しい。いや糠喜ぬかよろこびは嫌だ先ず検証、検証。


 僕は庭の片隅にいた。ここはまだ誰も雪を踏み散らかされて無い。ここで風魔法を使えば雪の飛ばされた量で威力の違いが分かりやすいだろう。

 ひとつの風魔法、ふたつ同時の風魔法、三つ同時の風魔法を発動した。

 目の前の雪の上に6か所の風魔法の跡がある。左から1番目がひとつの風魔法、2,3番目がふたつ同時の風魔法、4,5,6番目が三つ同時の風魔法。

 左三つと右三つが明らかに異なる、目で見た感じで右三つは3割増しだ。

 魔法の威力の上げ方は魔法の同時発動の数(・・・・・・)だ。


 また少しこの世界の魔法の謎が解けた。僕は感無量で風魔法の跡を見続けた。



 ずる休みは封じられ、悪戯の反省の為に休日はメグと一日中遊ぶ。この逆境を乗り越えて三週間で4つの魔法同時発動が習得できたた。僕は自分を褒めてやりたい。


 4つの魔法同時発動の結果、100%増しだった。

 僕の予想は、2を底とする指数関数じゃないかな。ひとつの魔法の発動を2と考えると大体計算が合うう。だから同時発動数が1:2:3:4:5:6:7なら魔法の威力の計は1:2:4:8:16:32:64、個々の魔法の威力は1:1:1.3:2:3.2:5.3:9.1になるはずだ。まあ、追々解ってくるだろう。


 同時発動の次は個別制御だ、これがまた難しい特に3つ目から全く繊細な制御ができない。羽根付きで練習しようと考えた。しかし外は雪、この時期には騎士や近衛兵も書類仕事をまとめて行う。普段より人の多いい城内で邪魔な羽根付きは禁止されてしまった。故にひとりでコツコツと竹とんぼでお手玉をしている。


 最近はメグが遊んでくれない。

「メグ、そりで遊ばないか?」


「う~ん、きのうお外で遊んだから今日はお部屋で遊ぶの」


 今日は学院が早く終わったからメグと遊ぼうと考えてたがふられてしまった。最近のメグの遊びを思い返すと3日に1日しか外で遊ばないみたいだ。どうもリーリアと侍女が制限してるみたいだ、メグがそり遊びしてる間、寒空で待つのは辛い。すぐに暖かい城内に戻れない訓練場ではもっと辛い。それは分かる、遊んでいても寒い。


 メグに振られたらする事はひとつ魔法の同時発動の練習のみ。やはり三週間で5つ目の同時発動が習得できた。なぜ習得に必要な日数が変わらないのか少し不思議に思う。


 これでひとつの風魔法の力の16倍の力が出せる。上手く制御できればハンググライダーを平地から上空に持ち上げることが可能と考える。だから先ず制御の練習あるのみ、暇があると庭の片隅でこそこそと練習を繰り返した。

 こそこそと飛ぶためハンググライダーのセールを紺色の帆布で注文した。紺色にした理由は、黒は値段も高く納期もかかるから安い早い紺色にしただけ。本当に早くできあがった。でかい帆布のバックにはいって届いた。

 飛行服が問題だ。夏服でこの寒空を飛んだら凍え死にそうだ。こんな時王族は助かる、飛行服の仕立てに融通ゆうずうゆうずう()きかせまくりで急がせてる。もうすぐ冬用の飛行服が手に入る。

 でも冬服の入手が待ちきれず、夏服で飛ぶことにした。庭の隅の庭師の道具小屋、ここは冬の間使われない事を知ってる。ここをハンググライダーの隠し場所にした。

 夜の10時、僕は風魔法を使い15mほど上がり滑空し城壁に近づき城壁に沿うように越えた。森を回り込みそこで一気に上昇、王都を眺めながら5分程飛行し戻った。


 飛行する喜びに全身が震え、やり遂げた達成感が心に染み渡った。でも体は凍り付き震えが止まらず、急いでハンググライダーを隠し浴場に急いだ。


 もう二度と冬空を夏服で飛ばないと誓った。



 隠し場所の道具小屋、


 冬用の飛行服が届いた。当然、今日も隠れてハンググライダーの飛行実験。5つの風魔法でフッと飛び上がりそのまま城壁を超え、森の上ギリギリを飛んで城を離れ上昇気流を見つけ空の散歩を楽しむ。しかし寒い10分ほど風魔法の扱い方を練習したらお終いだ、同じコースをたどり道具小屋のわきに降り立つ。


 部屋に戻るとすぐさま浴場に逃げ込む。湯に浸かりながらウエアの事を考える。保温性、防水性、防風性、透湿性、元の世界のウエアが恋しい。ウエアの研究が必要だ。


 問題はビーズが全然儲からないことだ。売り上げは順調、高級衣料の店がこぞって買ってくれた。こんな事ならもっと利益率を上げるべきだった。その少ない利益の殆どがメグのビーズの現物支給に消えている。いや、赤字に突入してる。



 翌日、


「メグ、ビーズは好きかい?」


「すき」


「どんな処が好き?」


「キラキラしてきれい、こんど生まれてくる赤ちゃんにあげるの」


「そうか、そうか」



 爺の執務室、


「爺、相談だ」


「どうしました?」


「メグがビーズに熱中してるのを知ってる?」


「ああ、聞いてます。それが?」


「ビーズの代金、少し援助して欲しい」


「? 王子が作らせてるのでは?」


「そうだが、今回は玩具でなく資金を得るために行っているのだ。少々高価な製品だから気前よく使われると赤字なのだ」


「……」


「爺、少し教育費で購入してくれないか?」


「私に相談するのでなく、リーリアと相談しなさい。それは教育費でなく衣装代だと思います」


「……わかった」



 メグの部屋、


「リーリア、ちょっといいか?」


「何でしょう?」


 部屋の隅に呼んで、

「メグの衣装代から少しビーズの代金を出せないか?」


「出せません、ビーズは衣装ではありません」


「ビーズは装飾品だから衣装代に含めないか?」


「それはできません」


「にいさま、リーリアをいじめてちゃダメ!」と、メグがリーリアの援軍に来た。


「いや、虐めてないよ」


「そうです、ちょっと大きな声が出ただけです」


「そう、そう、戻って、戻って」と、僕はメグを戻らせた。


「リーリア、もうお金が無いんだ。君たちはどれだけビーズを使うつもりなんだ?」


「でも、ビーズはレオン王子が作らせているのでしょ?」


「そうだ、私が得るビーズの利益よりメグの使うビーズの代金が上回っているんだ。もう赤字なんだ」「君達もビーズの値段は分かっているはずだ」


「……」


「君の処から予算が出ないならビーズの購入は控えてくれ。私はもう出せない」


「教育費から出せないのでしょうか?」


「爺は、出せないと言ってる。私もそう思う。ビーズは裁縫の範疇はんちゅうに入らない、将来は入るかもしれないが今は入ってない」


「教育費から出したいのなら君が爺と交渉してくれ。私が爺と交渉するのは筋違いだ。ガラス工房にはメグの処に納品しないように伝えた。答えを頂けないか? 私からメグに伝えるから。またこの件は母上に伝えるな、無事に出産し落ち着くまではだめだ」


「分かりました、検討させてください」


 振り返るとメグと目が合った。

「にいさま、リーリアをいじめてない?」


「虐めてないよ。じゃあ、リーリア考えてくれ」と、その場から逃げだした。


 数日後、リーリアから衣装代から捻出します。侍女やメイドに配ったビーズの一部を回収して再使用します、と伝えられた。これで赤字拡大の心配が無くなりホッとした。




 食堂に行くとまだ母上が見えていない、珍しいと思ってると母上が見えた。侍女がふたりぴったりと付いてる、辛そうだ。


「母上、大丈夫ですか?」


「大丈夫です。妊娠は病気じゃありません。ただ少し体が重いだけです」


「はあ」


「レオン、ビーズはもっと安くならないの?」


「はい?」


「ビーズは少し高すぎると思います」


「母上、ビーズはドレスの装飾に使用します。価値を考えると現状の価格も安すぎで価格設定を失敗したと思ってます。製造上の手間を考えてもこれ以上安くできません。なぜビーズの件をご存じなのですか?」


「あれだけ侍女やメイドが騒いでいて耳に入らない訳がありません。メグから頂いたアクセサリーを家宝にしますなど言ってましたから。侍女やメイドから取り上げるのは可哀そうです」


「リーリアは回収したと言ってましたが?」


「あれは複数個を貰った子にひとつ返させただけです。刺繍ししゅう糸にも高価な糸から廉価れんかな糸があるようにビーズもそうできませんか?」


「分かりました。検討します。なるべく良いご報告ができるように努力します」


「それから、もうリーリアを虐めないであげなさい」


「母上、私はリーリアを虐めたことなど一度もございません」


 なんとな~く微妙な雰囲気の中食事を終えた。



 それから数日は忙しかった。


 ガラス工房の人間を呼び出したり、学院帰りに自らガラス工房に赴いたり精力的に動いた。まず、今のビーズを安くする。専用の工具の開発と工具の多用を推し進める。職人技の排除、工程の簡略化。

 新たな高額なビーズの作成。ホーガン金属卸しと協力して色の多色化、大きなビーズの作成、グラデーションやカットを取り入れる。カットは宝石の研磨職人に協力してもらう。資金は僕が手にしてるビーズの利益を当てることにしたもちろん未来の分も含む。(簡単に言うとガラス工房からの借金だな)残りはホーガンからの資金提供、これでホーガンは宝石の小売りの許可を得た。これは爺の後押しでホーガンも大変喜んでくれた。(癒着じゃない、取引だ、取引)

 *ホーガンは卸し専門で今まで小売りの許可を持っていなかった



 メグのビーズ作りを見てるともう幼児と言えないなと思い嬉しくなった。



 ビーズの件も落ち着き平穏が訪れた僕は、皆の目を盗みハンググライダーで空のお散歩、もとい飛行魔法の訓練を行っていた。あまりにも寒いのでほんの15分程だけど。


 いつも通りハンググライダーを庭師の道具小屋に隠し人目を避けながら城へと戻った。部屋に向かう廊下で人の声がし思わず隠れてた。侍女の集団に文官もちらほら、何事かと聞き耳を立てると母上が産気づいたらしい。隠れてしまった手前のこのこ出て行けずこそこそと浴場に向かった。


 温まりながら母上の事を考えていた、転生前の記憶が戻ってから一度も不幸を目や耳にしたことが無かったので気楽に考えていたが母上の年齢の34歳は十分に高齢出産だと気づく。ちょっと心配になった僕は部屋に戻らず母上の部屋の方にこそこそと向かう。


 こそこそと歩いていると先程と城の雰囲気が違うことに気付いた。雰囲気が悪い、それにピリピリしてる。さらに進むと侍女が固まってる場所に出くわした。彼女らから話を聞くとこの先で母上の付き人と古参の侍女以外進めないそうだ。彼女らも皆不安そうに心配してる。そして当然男子禁制、僕も部屋に戻るように言われた。


 心配な僕は部屋に戻らず母上の許に向かった。秘密の通路を通り、もちろんそんな物は無い、でも道はある。ひとつ下の階に向かい、ある一室から庭の木と外壁の装飾を使ってふたつ上の階に行ける。そこは母上の付き人のひかえの間だ。僕は隣室のドアの前の床に寝そべりドアと床の隙間から盗み聞きをした。

 皆、興奮して声が大きので誰がいるかすぐわかった。母上、父上、宰相、母上の付き人、侍女頭のおばあちゃん、筆頭侍女のおばちゃんの六人だと思う。


「殺した方が良い。もう気付いてる者が何人もいるだろう」この声は宰相だな。


「それは、あまりにも可哀想すぎます。どこかの家に養子に出すのは?」この声は、筆頭侍女のおばちゃん。


「ダメです。双子が不味いのだ。養子もダメ、亡くなるのもダメなんだ。初めから産まれてない事にしないと」これも宰相。


「どこかで平民の子として育てられるように……」おばちゃん。


「ダメだ、……川に流しなさい。もうこの話は終わりだ」父……上。


「最後にお乳をあげさせて……」母上。


 許せなかった……。ただ許せなかった。



 僕は行動を開始した。飛行服を着こみ。作業部屋にあったセール(ハンググライダーの翼の布)の入った大きなバッグからセールを出し代わりに毛布を詰め込んだ。本棚から1冊の本を取り出し表紙を開ける。本の形の小物入れから2個の宝石を取り出した。親指大のルビーとサファイア、僕の土魔法の傑作、この2個の宝石は中心から少しずれた所に瑕疵かし(欠陥)を入れた。これで少し大きいが瑕疵が入ってるちょっと残念な天然の換金可能な宝石だ。


 次は爺の執務室に押し入った。人がいなければラッキーだったのに爺と文官、護衛騎士までいた。誤魔化す時間が無駄だったのでスタンガン魔法で文官と護衛騎士を気絶させ。猿轡さるぐつわをし、うつぶせにし手首と足首を一か所で縛り上げた。爺は静かだった。


「爺、金を貰う」僕は爺が教育関係の支払いのため、ここに資金を保管してる事を知っている。カーメラへの支払いに同席したこともある。


「どうする、お積もりですか?」


「赤ん坊を連れて逃げる。このサファイアを置いていくから責任を問われたらこれを売ってくれ。これは僕の特性瑕疵入り天然ポイ宝石、魔法の宝石とは絶対に分からない一品だ」


「もう行く。……僕は今日亡くなった。もう二度とこの国に足を踏み入れない。メグが悲しむかな、慰めてやってくれ。フランクにすまないと。爺、ごめん。軽く縛っておくから誰か来るまで大人しく待ってくれ。最後に爺、ごめんね」



 次は赤ちゃんだ、母上の部屋の隣室に戻った。母上の押し殺した嗚咽が聞こえる。それを慰める筆頭侍女のおばちゃんと付き人のぼそぼそした声も。僕は膝を抱えずっと待っていた。

 隣室に動きがあった。母上と誰かが言い争う声が聞こえる。素早く廊下に続くドアの下から覗き込む。誰かが廊下に出て歩き去る。僕は静かに後をつけた。廊下は誰もいない。警備の兵さえもいない。

 城の裏口を出て直ぐに僕は声をかけた。


「トリクシー(母上の侍女)、こちらに来てほしい」


「誰ですか? ああ、レオン王子。今は急ぎますので失礼します」


「それはだめだ、これは短いが本物の剣だ。私の覚悟だ。こちらに来てください」


「王子、何をなさるのですか?」


 僕は彼女を道具小屋に案内した。

「その椅子に座って、手を後ろ手に縛り椅子にくくり付けます。騒がないと約束していただけませんか? 約束して頂ければ緩く縛りますから」


「王子、何をしているのか分かっていますか?」


「もちろん、赤ちゃん、私の弟か妹を連れて逃げるのですよ」


「出来るのですか? 本当に出来ると思ってるのですか?」


「出来ます。それより返事を」


「きつく固く縛ってください。私への罰ですから。赤ちゃんは女の子です。アナマリアト様はエイミーと呼んでいらっしゃいました」


「分かりました、しっかりと結びます。朝には見つかると思います。赤ちゃんをこちらに」


「王子は良いのですか? 王子だけが、……王子だけが苦労します」


「もちろんです。可愛い妹の為ですから。では、行きます。朝まで静かにしてくださいね」



 扉が閉まった。トリクシーは泣いていた。嬉しさと自分の罪深さと感謝に。涙は朝まで途切れなかった。


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