護衛依頼応募
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「こんにちはー、女将さん、部屋開いてます?3人部屋で」
「おやソーイチローじゃないかい。空いてるよ、何泊だい?」
「とりあえず一泊で」
「ご休憩じゃなくてよかったよ!」
音の鎖亭の女将さんは後ろにいるティアラとコロネを見ながらニヤニヤしていた。
「まったく…あと夕食も3人分、お願いしますね」
「あいよっ!」
今日はティアラとコロネを冒険者ギルドに連れて行き、冒険者登録をするためにフィールにきた。そしてもう一つ、遠距離通話描画魔法、『無逢の言』がどれくらい離れていても通話可能か確認するためだ。ティアラとコロネと一緒にあてがわれた部屋にあがり、『無逢の言』を起動する。
「あーあー、セフィリア聞こえるか?」
「(聞こえておる、フィールについたか?)」
「うん、音の鎖亭に入った。フィールとセフィリアの庵の間でも問題無く通話できるね。これ、どれくらい離れてても通話できるんだろ?」
「(そんなの作ったお主以外分かるわけなかろう)」
「そりゃそうか、じゃあまた」
『無逢の言』の通話を切る。この描画魔法はまあ単純で声を魔力波に変換して飛ばすのと、その魔力波を音に変換する描画魔法をみんなに転写した。最初は魔法っぽく思念を飛ばそうなんて考えたが、思念ってなんだかさっぱり分からん。一体どうやってやってるんだろうね?それで代わりに現在のようにしたのだが、通話可能距離が思ったより伸びて今では100km以上離れている。
「次はもっと離れたところからか…護衛依頼でもやってみるか。ふたりとも、それでいい?」
「うん!」
「はい」
「あいよ。セフィリアからの紹介状もあるし、とっととギルドに行きますか。ところでティアラ」
「はい」
「なんで冒険者になるのにメイド服なの…?」
「…?私がご主人様のメイドですから」
目をぱちくりしながら首を小さく傾げ、一体何を言っているのだろうという顔をしていた。コロネは自身の動きの邪魔にならないよう、小手やらすね当てをつけているからまだ分かる。しかしティアラは白と黒のロングスカートに白いエプロンドレスといういつもと同じ格好だった。
「いやそうじゃなくて…これから色々と動いたり荒事があるかもしれないのに普通のメイド服で大丈夫なの?」
それでティアラは合点がいったのか、
「これはおかあさんから譲ってもらった戦闘用メイド服になります。武器の引き出しが通常より多いのと各種防御力を上げてあります。その代わり重かったり、肌触りが良くなかったり、スカートめくりがし難いという難点があります」
「そ、そうか…」
ティアラから視線を逸らし少しどもりながら返事をした。ここでスカートの事を聞いたら負けな気がする。
二人は背中に大量の荷物を持ち、俺は手荷物ちょろっとだけ持ち音の鎖亭を出発した。宿を出ると人通りが多く、人間も荷物も大量に行き交っていた。そんな中ティアラもコロネも自身より大きいリュックを背負っているのだが、誰かにぶつかったり荷物をこぼすこともなく俺に付いて来ていた。ちなみに俺が巨大なリュックを背負って森の中を歩いてきたら、大量の枝葉をくっつけることになったため、適材適所ということで二人に持ってもらっている。この時ほど適材適所という言葉が便利だなぁと思ったことはなかった。
人混みを抜け冒険者ギルドに入る。中は朝のラッシュ帯は過ぎているため、室内は閑散としていた。しかし、ギルド内は男の臭いの残滓が漂っていて少し臭い。普段は女性4人に囲まれているため、各人の花のような良い香りに慣れてしまったため、偶の男臭がちょっと辛いものがある。ギルドの受付嬢達はこの臭いに囲まれてるのだが平気なのだろうか?いつか聞いてみたい。誰も並んでいないカウンターに行き、受付嬢に声を掛けた。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ、ソーイチロー様」
「後ろの二人を冒険者登録したいのですがお願いできます?これ、紹介状です」
「拝見します………セフィリア様の紹介状ですね、畏まりました。ティアラ様、コロネ様、登録しますのでこちらへいらしてください」
今日の受付嬢の口調は丁寧だなーなんて思いながら、サラサラと渡された登録用紙に情報を記入している。ティアラは几帳面な丁寧な字で、コロネは枠一杯使って太い字で。その登録用紙を見た後、受付嬢が冒険者ギルドの印章を転写する様子を眺めていた。
「そうだ、もし良かったら買って頂きたい情報があるんですが、それってここでも大丈夫ですか?」
「どのような情報でしょうか?」
「大暴走後の魔獣と植生の回復具合の情報です。レポートにまとめてきました」
そう言って20ページほどのレポートをテーブルに載せた。ちょくちょくフィールとセフィリアの庵を往復しているのだが、そもそもセフィリアの庵は帰らずの森と言われるほど、魔獣の森全体の中でもかなり奥まった場所建っている。そんな場所からフィールの街に掛けて、点在する魔獣や獣、薬草の類がどの程度回復してきているかをまとめた。
このレポートが何の役に立つかといえば、依頼のランク付け、つまり難易度と言い換えてもいいが、これの正確性を向上させることができる。このランク付けだがギルドの儲けにも冒険者の命にも関わるためかなり正確に判断するよう日夜研鑽を重ねているため、ひょっとしたらお金になるんじゃないかなーと思って軽くまとめてきた。
受付嬢を見ると内容は大切そうな気がするが、どれほどの価値か判断できないらしく眉間にシワを寄せていた。
「ぐむむ…」
「あー、価値が分からないなら上役に聞いてきたほうが…」
「…失礼します」
受付嬢は踵を返しバックヤードに向かった。まあ斯く言う俺もどれほどの値段かさっぱり分からんが。
用紙に記入が終わったティアラとコロネだが、特にコロネが暇になったようでギルドの中が気になっているようだった。コロネが駆け出す寸前、受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。副マスターが直接お決めになるそうです。ご足労お掛けしますが執務室へお越しください」
「あ、知ってるから案内いいですよ。それよりこの二人の登録を引き続きお願いします。というか、俺なんで知ってるんだろう…」
普通の冒険者はギルドのお偉いさんの部屋の場所なんか知らない。
「(それだけ厄介事ばかり持ってきてるからじゃん)」
「何か言いましたか?」
「いえ何でも、ささ、お二方登録しましょう!」
この受付嬢、口調は丁寧だが腹は真っ黒だな。まあそういう人のほうが俺も遠慮なくお願いできるが。
「じゃあお願いします。あと、登録が終わったら沢山収集品を持ってきたので、該当の依頼があるかどうかのチェックもお願いします。それで二人に依頼を受けさせてやってください」
受付嬢はティアラとコロネが背負ってる巨大なリュックを見て、若干顔を引きつらせていた。セフィリアの庵とフィールの道中には様々な獣や魔獣、薬草などがある。それを訓練がてら集めまくった結果が巨大なリュックだ。いったいいくら位になるか楽しみでもある。
「いやぁ、働き者の担当で助かりました。ティアラ、コロネ、登録が終わったらリュックに入ってる分を売ってきてくれ」
「畏まりました」
「はーい」
「では行ってくる」
「(チッ、面倒なことやらせやがって!もげろリアチン!)」
「…」
聞こえてるぞ、おい。それにリアチンってなんだ?まあ腹黒受付嬢は置いておくとして、ギルドの階段を上り副マスターがいる部屋のドアを軽くノックした。名前を名乗ると入室の許可が出たため、ギルドマスターの部屋より随分と軽いドアをカチャリと開けると、正面に副マスターのシルクさんが座っていた。左右にはぎっしり本棚が備え付けられ、中の本も丁寧にファイリングしてあり、これぞ執務室!というような雰囲気だった。
「どうぞお座り下さい」
シルクさんの執務机の前には来客用のソファーとテーブルがあり、湯気が立っているカップが2客置かれていた。片方に座ってレポートをカバンから出していると、シルクは区切りがついたのか俺の正面に着席した。
「それで魔獣と植生の回復具合の情報をお売り頂けるとか」
「ええ、これです。どの程度お役に立てるか分かりませんが」
シルクは黙ってレポートを受け取り読み始めた。たまに掛けているメガネをクイと上げながら静かにページをめくっていた。紙を擦る音と遠くで木剣を打ち合う音だけが部屋に満ちていたが、お茶を飲み終え次はどんなエログッズを作ろうか考えているとシルクはパタンとレポートを閉じた。
「このハイフビートルですが」
「バイブレーションがなんですって?」
「…ハイフビートルですが、現時点の到達場所はどのくらいだと予測していますか?」
外見は大きなカミキリムシであるハイフビートルは、背中の外殻が初心者用の鎧に使われる。そこそこの数と適度の弱さから、駆け出し冒険者が自身の防具作成のために狩る魔獣だ。
「恐らくこの川を超えたあたりかと」
「なるほど…分かりました。ではこのレポートを2万zでいかがでしょう?」
「思ったより高くなりましたね」
「そうですか?これで依頼ランクを下げられるので十分元は取れます。それで、このレポートですが秘密にしていおいたほうが良いかと思います」
「何故です?」
「ランクが下がると報酬減りますからね、冒険者達から恨まれるかもしれませんよ」
忠告を耳に方向けながら報奨金を受け取った。受領書に署名しそれをシルクに渡しつつ席を立った。
「…秘密にします。では自分も次の依頼を探してきますので、今日は失礼します」
「依頼を受けるのですか。どのような依頼か決めていますか?」
「んー、護衛で王都方面に向かう依頼を探そうかと」
王都方面に向かう護衛依頼はかなり数があるため、探すのには苦労しないと思う。それで『無逢の言』の試験を行いつつ通話可能距離を確認する。
「それならナルニール商会が護衛を確か今日まで募集していましたよ。なにやら戦闘力を重視しているとか」
「ありがとうございます、ちょっと見てみますね。ではこれで」
そう言ってシルクの部屋を辞した。一階に降りたがティアラ達の精算が終わっていないのか姿が見えなかった。それならばとシルクに教わった依頼を探すと簡単に見つかった。
【王都への護衛】
【拘束7日間、一日1000~10000z】
【募集人員残り10名程度、経費は全て商会持ち】
【※戦闘力を重視しています。試験もあるよ】
【応募される方はナルニール商会まで】
他にも細々と書いてあるが、試験もあるよってポロリかよ。それにしても他の依頼に比べて格段に条件が良い。但し、戦闘試験があるのが気になる。試験を課している依頼は他には無く、まるで戦いを前提にしているかのようだ。
「んー……」
「おにいちゃんおまたせ!」
「お待たせして申し訳ありません」
「いやいや、売れた?」
「はい。こちらが代金になります」
「お疲れ様。って結構あるな。いくらだった?」
「194655zとなります」
「おねえちゃん頑張って交渉してたよね!なんでかギルドのおっちゃん泣いてたけど」
「高えな!というかほどほどにな?」
貧乏時代の記憶からかティアラはこういう金銭交渉が兎に角強かった。出会った頃の市場の交渉もよくやってくれてたし。
「で、おにいちゃん何見てたの?」
「ああ、この依頼を受けようかどうか悩んでいてな」
危険がありそうな所にティアラとコロネを連れていくのが問題ある、などと今更考える事はしない。ティアラとコロネがいるせいで俺の行動が制限されるのは二人の望みではないし、また二人の実力も相応にある…どころかとんでもなくある。
「王都かぁ…コロネ行ったこと無いんだ」
「そういや俺も無いな。んじゃいっちょ受けてみるか」
「うん!」
と、まるで観光に行くがの如く依頼を決めてしまった。今回の依頼は討伐もしくは護衛Dランク以上の個人又はパーティーに応募資格があり、先ほど大量収めた収集品で二人のランクも即日FからEランクに上がったようだった。
とりあえず応募資格はあるため、まずは試験会場とやらに行ってみることにしよう。受付で護衛依頼を受けることを伝え、ナルニール商会に向かった。
商会のお客用入り口とは別な場所に護衛応募受付場所があり、門をくぐり俺たちは入っていった。中は荷物の集積場を兼ねているためかなり広く、敷地の半分くらいはちゃんと屋根がある立派な場所だった。印象としては競りを行う市場といったことろだろうか。しかし今は試験会場にしているためか敷地の半分も使っていないようだった。
さて、どこで受付をしているのかと辺りを見渡すと、日陰になっている場所に小さなテーブルを広げ3人組の男が椅子に掛けている場所があった。
「こんにちは、護衛依頼の張り紙を見たんですが応募はこちらですか?」
「おう、そうだぜ…って、兄ちゃんみたいな薄っぺらいのが応募とか平気か?」
三人の男はそれぞれ筋骨隆々で剣、槍、弓と得意な武器をそれぞれ持っていた。俺に話しかけてきたのは剣を持つ男で、口調は悪いが俺を侮るというよりどちらかというと心配して注意してきているようだった。
「俺は魔法使いですからね。武器持って戦うわけじゃありません」
「まあいいや、名前とギルドのランク教えてくれ」
「ソーイチローでランクは討伐の限定Cランクです」
「ソーイチローと…ソーイチロー?……え?あの大暴走の?」
「多分そのソーイチローです」
「し、しつれいしました!とんだ無礼を!」
椅子に座っていた三人が一斉に立ち上がり直立していた。年齢もそして経験も上であろう三人が立ち上がる時に椅子を蹴飛ばしてまで挨拶されるとかなり心苦しい。
「いや、あの、俺は見ての通り単なる若造ですから先輩方からそこまでされることはありませんよ?特に護衛依頼は初めてですから、寧ろこちらが色々と教わるくらいです。あと口調もどうか普通の後輩と同じでお願いします」
一瞬男たち三人は視線で会話をし、それぞれ承諾を取ったようだった。
「分かった…で、ここに来たということはナルニール商会の護衛依頼の応募でいいんだよな?」
「はい、俺と後ろの二人もパーティーとして応募させてもらえればと」
「一応規則だから全員の戦闘力の試験をさせてもらうが構わないか?」
「大丈夫です。どの程度の力を出しましょうか?」
「ちなみに全力でやると?」
「ここら一帯が瓦礫の山になります」
「ソーイチロー、合格っと…」
適当だな、おい。
「では…残りの二人、力を見せてもらおう。女だからって甘くはしないぜ。で、どうする?俺たちと戦うも良し、それとも?!」
「…」
ティアラがいつまにか話をしていた男の後ろに回りこみ、首筋にナイフを突きつけていた。残りの二人の男もそれに気付かなかったらしく、驚愕の表情を浮かべていた。
「…ご、合格だ。名前は?」
「ティアラと申します、それでこの子はコロネと申します」
「分かった。それでコロネといったか、お前は?」
「はーい!えっとね、あの木人形借りていい?」
コロネが指指したのは地面に刺さった木人形だった。20mほど先にある木人形は弓の試射や槍の試験に使われるため、地面深くに埋められとても丈夫な木材を使われている。
「構わんぞ。なんだお前は弓師だったのか」
「違うよ?コロネは当拳術だよ。じゃあ、いっくね!」
そうコロネが合図した途端、姿が掻き消えあっという間20mほど先にある木人形の前に立った。コロネは小さく息を吐き木人形にローキックを打ち下ろし、振りぬく。バキリという音と共に丈夫な木人形が大地と別れを告げ、くるりとひっくり返った。その木人形が大地に落ちるより前に、振り下ろした足を今度はすくい上げるよう木人形にぶち当てる。木人形は空高く舞い上がり太陽の光を反射しながら、男たちの目の前にグシャリと落ちてきた。
「「「…」」」
バラバラになった木人形の頭部が男たちの足元にコツンと当たった。
「演舞はこんな感じ!じゃあ次は…誰と戦おう?」
「「合・格!!」」
「合格は三名っと…お疲れだったな!」
現金だな、こいつら…。まあコロネのローキックからの打ち上げコンボを食らうと、「リフティングやろうぜ!おまえボールな!」をリアルで体感することになる。
よくよく話を聞くと、今回の護衛の報酬が良い理由がどうやら価値のある魔石を運搬するらしく、その襲撃が予測されているためだそうだ。護衛も20名程度とかなりの多さになると言っていた。
報酬だが俺は最高金額の一日10000z、ティアラとコロネは討伐ランクが低い事から最低の1000zになったが、有事の際に活躍した分だけ報酬を上乗せするということだった。集合は二日後の朝7時に王都街道の門の外に集合ということで話は決まった。