アルバトロス
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初飛行後、しばらくはミストさんの罰と試験場兼飛行場の建設に時間が取られていたが、それでも何度かの試験飛行を行い幾つもの改善を加えていた。試験飛行は特に着陸を重視して行っていて、近場を超低空で飛び水平移動から着陸モードへの移行を何度も行い、やっとのことで安定的な着陸を物にした。なお、墜落は片手では足りないほどやってしまい、皆に心配かけたことも事実だったりする。
「それでソーイチロー、今日も着陸の試験か?」
「いや、今日は高度を上げて不具合を確認する。それも問題無ければ最高速試験で、それでも問題無ければ後は耐久試験だけだから事実上これで完了になるはず」
「ふむ、そうか。ではそれが終わればワシ達も乗れるようになるということか」
「うん、その予定」
「空高い所のう…早く見てみたいもんじゃ」
セフィリアは空を見上げ、やはり飛ぶことを楽しみにしてくれていた。しかしセフィリアは何か気になる点ができたのか、眉間に皺を寄せて少し唸っていた。
「空高い所で…何かあった気がしたんじゃが…うーむ、思い出せん。なんじゃったかのう」
「うん?何か大切なこと?」
「どうじゃったかな。まあ思い出せんなら大したこと無いんじゃろうな」
「そうか。じゃあ行ってくる。『アルバトロス』」
描画魔法を起動すると、純白の機体が飛行場の一角を占めるように現れ、緑の野にひときわ目立っていた。外見に大差は無いが操縦系統にはかなり手を加えているため、初期からだと半分くらいが形状変更されていた。特にパネル系は全面刷新しグラスパネルのように必要な情報を随時に表示するようになっている。
手慣れた仕草で『アルバトロス』に乗り込み、セフィリアが離れたことを確認した後離陸を開始する。セフィリアの庵を中心に渦を描くように周り、徐々に高度を上げていった。
「今日も飛んでいったな…あ、そうじゃ、思い出した。ここらへんの上空はワイバーンの縄張りじゃったのじゃ。まああれだけ大きい魔法なら襲われることも少なかろう。奴が戻ってきたら教えればよいか」
そんなセフィリアの呟きが上空にいる俺に聞こえる訳もなく、高度を上げる作業をこなしていた。段々と地平線が下がっていく風景は正に圧巻で、森しか見えていなかったのが遥か遠くに巨大な湖であるラーゴ湖の水平線が見受けられ、そのずっと手前にはフィールの街が霞んで見えた。遥か彼方には万年雪を被った山脈の連なりが見え、抜けるような青空が更に青みを増し、所々にある白い雲が俺の遠近感を狂わせていた。
「すげぇ…」
感嘆の声しか上げられない自分の語彙の少なさを嘆き、今この感動を誰とも分かち合えない寂しさも感じつつ、ひたすら高度を上げていた。
時には向かい風で高度を稼ぎ、追い風になった時には速度を稼ぎ、風が無くなった時にはタービンエンジンで前に進み、そんな動作を無意識に出来るくらいには操縦に慣れていた。
そんな時、遠くから10匹ほどの鳥がこちらにやってくるのが見え、
「おお、でっかい鳥だな!これはあれか、編隊飛行をしたいのかな?」
編隊飛行は渡り鳥など長距離を飛ぶ鳥によく見られ、実際俺も実家の近くにある湖で冬になるとよく見たことのある光景だった。そしてそんな編隊飛行に俺が混ざる日がくるとは、子供の頃では夢にも思わなかった。
「仲良く鳥とともに飛ぶ、なんとも感動的な風景じゃないか…あれ?編隊を組むのに、あのでっかい鳥は何故正面からくるんだ?あとあれは鳥…じゃなくてワイバーン?」
ワイバーンは一見痩せたドラゴンのように見えるが、両腕の変わりに皮膜のついた翼であるため、ドラゴンとは一切関係が無い。ワイバーンは雑食性ではあるが比較的肉類を好み、また集団で狩りを行うことから”空飛ぶ狼”とも言われている。まあ狼もワイバーンの餌なのだが。
そしてワイバーンの姿が十分に視認できるくらい近づく。普通のワイバーンは灰色で翼長10mくらいだろう。しかし一匹だけ色が黒く他のワイバーンより一回り大きい個体がいた。その黒いワイバーンを中心に群れは飛行していたため、恐らくそいつが集団のボスなのだろう。そしてそのボスはこちらをずっと見ていた。
「すごーく、嫌な予感が…」
などと呟いた瞬間、黒いワイバーンが「ギャッ!!」と叫び9匹のワイバーンがこちらに突進してきた。もちろん編隊飛行などをするためではなく、ご馳走を見る目つきで。
「やっぱりぃぃぃぃ!」
急いで操縦桿を倒し回避行動に移るが小回りも早さも圧倒的にワイバーンが上。足を向けこちらをつかみとろうとするワイバーン達を何とか避けていたが、一匹のワイバーンが右翼のフラップを弾き飛ばし、飛ばされたフラップは魔素へと戻っていった。操縦席に設けられたパネルには右翼フラップ異常の警告灯が点滅している。
「右翼フラップ再構築!」
無くなったフラップに魔力を送り、フラップの再構築に成功するが、この間の回避行動に悪影響が出てしまい、立て続けにワイバーンの攻撃を被弾してしまった。機体の状態を表示しているパネルには左水平尾翼破損、左翼本体破損、垂直尾翼のラダー機能不全と衝撃を受ける度に赤い警告灯が点滅していった。なんとか胴体への直撃だけは防いでいたが、それ以外は満身創痍な状態だった。
「くそ!水平尾翼再構築!ラダー破棄!スラスター起動!」
舵による機体のコントロールを諦め、魔力消費の大きいスラスターによる機体コントロールに変更したが、そもそも速度が遅い上に巨体である『アルバトロス』の撃墜は時間の問題だった。
なんとか低高度に移りワイバーン達の攻撃を回避しようと試みたが、その途中で次々と被弾し再構築が間に合わない状態になる。そしてコックピットに大きな影が被ったと思うと、上空には黒いワイバーンがこちらに突進しその巨体を胴体にぶつけ、とうとう『アルバトロス』は真っ二つになった。
その瞬間、パネルに表示された機体異常の警告灯が全て点灯し、墜落の警告音が鳴り響いた。
「俺が何したってんだよ!緊急離脱!」
キャノピーを吹き飛ばし、全球型『楔の盾』が俺を包みこみ機体の外へと脱出させた。ぐるぐると回る視界の隅に黒いワイバーンがあからさまな嘲笑を浮かべていた。そしてそんな俺に向かって、
「クァーーーーーーーカ!」
と勝ち名乗りなのか文字通りバカと罵ったのか分からないが、どちらにしても追い打ちの言葉を投げかけてきたのだろう。
「てめえ!覚えてろよぉぉぉぉ………!」
まるで三流悪役のような捨て台詞を残し、俺は全球型『楔の盾』に包まれ自由落下していった。
全球型『楔の盾』は落下速度と回転を抑えるよう制御されているが、その全てを無くすことはできず、また落下地点も選べない。その行き先を運に任せ俺は再び魔獣の森へと戻っていった。
「グッ」
ボフッと地面にぶつかる音が聞こえ何度かのバウンドが収まると、どこかの沼地の中に転がっていく。『楔の盾』はある程度の慣性は減らしてくれたが、それでも結構な力が俺に掛かり、乗り物酔いのような気持ち悪さが胸にこみ上げてきた。吐き気をこらえつつ投げ出された場所を見渡すと、何の因果か鎧大トカゲと戦った場所である沼地だった。
「ここは…ああ、トカゲ池とか適当に名づけたところか…『楔の盾』破棄」
そして『楔の盾』を解除し地面に降り立とうとしたが、足元は地面ではなく沼地。当然、全身沼地に浸かり泥だらけになった。
陸地に立ち体を見渡すと怪我は無いが少し気持ち悪く、靴の中まで泥だらけで、”星藍天”だけが変わらぬ藍色を湛えていた。
「あの空飛ぶトカゲども、絶対仕返ししちゃる…」
そんなことを言いながら、トボトボとセフィリアの庵に向かって歩き出した。やがてセフィリアの庵に辿り着き扉を開けると、ちょうどどこかに出かけようとしたのか真正面にセフィリアがいた。
「うお、ソーイチローか、お帰り」
「ただいま…」
「どうして空を飛んでいったのに泥だらけなのじゃ?」
「ちょっと泥風呂に入りたい気分だったんだ」
撃墜されたと言わないのが小さなプライドだった。怪我は無さそうなのを見て、まあいいかとセフィリアは呟いていた。
「ほー、そんな事もある…のか?まあいい、ところでソーイチロー、話は変わるが」
「ん?」
「ここらの上空にワイバーンがおらんかったか?」
「話変わってないよね?!」
俺の叫びを聞いたミストさん達が現れ、すぐに替え着を用意してくれた。
なお、この日以降、俺が連日連夜飛行魔法の改造に打ち込んだのは言うまでもない。




