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墓王!  作者: 菊次郎
フィールの冒険者活動
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飛行魔法

ご覧いただきありがとうございます。

※前話のあらすじ 初めて人間相手の戦闘をした。殲滅した。ロンコが妊娠した。

 空は高く抜けるような青空が広がりまだまだ暑い日が続いているが、そんな日差しを気にせずセフィリアの庵の外に向かった。初めて飛行魔法実証実験を行う日がやってきたためだ。


 爆発や暴発、寝ずの試験など幾つもの実験や試作を経て、やっと、やっと飛行魔法の実証実験にこぎつけることができたのだ。これまで実験を行うための実験用機材のための実験を行うとか、実際やってる時には実験という文字がゲシュタルト崩壊しそうだった。


 胸の高鳴りを抑えつつ、畑を越えてセフィリアの庵から50mほど離れ、実証実験用の描画魔法を起動する。


「『アルバトロス』」


 過去最大の描画魔法は魔力使用量も多いため小物ほど瞬時に出現せず、放出された魔力はランディングギアから順次形成され次第に全容を表した。そしてそこに現れたのは片翼12m、全長7mほどの滑空機だった。分類としては滑空機ではあるが、一応後部に推力の低い超小型の試製魔力タービンエンジンを搭載してある。最初はプロペラ機から開発しようかとも思ったが、発展性と機体構造の簡易さ、機体の動性確認のしやすさ、動力性能の差などからタービンエンジン(っぽい何か)を選んだ。

 まともに整地された場所が無いこの世界では垂直離着陸機能が必須であるが、その垂直離着陸には横に張り出た長い翼の下に計20個のスラスターで上下に移動できるようにし、水平尾翼と垂直尾翼に設けた姿勢制御用スラスターで対応している。


「これはまたでっかいのう!」

「うわぁ!」

「…」

「あらら、またソーイチローさん、すごいの作っちゃって」


 セフィリアはワクワクした顔で、コロネは『アルバトロス』の回りをぐるぐる回り、ティアラは変わらず後ろに控え、ミストさんはあららと困った顔をしていた。


「それにしてもソーイチロー、こんなでっかいのが空を飛ぶのか?」


「(設計上)飛ぶさ。この大きさは(設計上)空で風を掴む為に必要なんだ。風洞実験でも問題無かったし、(設計上)墜落しても問題ないしな」


「…な、なあソーイチロー、会話の節々に不安になる単語が挟まれてる気がするのじゃが」


「嘘はついてないぞ、嘘は」


 ちなみに形容詞の如く使われるこの「設計上」は、実績の無い物を作った時によく使われる言葉だ。設計者が不安なのは分かるが、この言葉を付けられると聞かされる方はさらに不安になる。


「まあよい、これはどのくらい早く移動できるのじゃ?」


「うーん…風向きによるけど、フィールまでなら3時間くらいかな?」


「はあ?!冗談じゃろ?」


 庵からフィールまでは普通の足で一週間は掛かるし、俺の全速力でも9時間はかかる。そのため普段は俺の話を信じてくれるセフィリアもさすがに疑いの声をあげた。


「バラつきは大きいけどね。音の鎖亭までって条件つけたら6時間くらいになるけど、それくらいだと思う。だいたい時速50km程度で飛べるはずだし」


「ほ、本当らしいの。いやはや、ソーイチローといるとワシの常識が素足で逃げて行くわ…」


「セフィリアの常識?」


 魔獣が来たら燃やし、敵が来たら燃やし、罠があったらとりあえず燃やす人の常識ってなんだろ?


「よし分かったソーイチロー!表へ出ろ、また勝負じゃ!!」


「いやここ外だし、あとごめんなさい」


 全力で謝りました。


「ソーイチローさんも余計なこと言わなければいいのに…」


 やれやれと若干ミストさんが呆れていた。


「それでソーイチロー、これ何人乗れるんじゃ?」


「今のところは定員二名だけど、当面は俺一人で課題の洗い出しかな。問題無さそうならみんなに乗ってもらって二人乗りの課題洗い出しになるかと」


「そうか、では楽しみにしておるぞ!」


 セフィリアはまだ見ぬ空に思いを馳せ、まるで夢見る乙女のような表情をしていた。この中で一番年取ってるのに。


「いいじゃろう!ソーイチロー、その喧嘩買った!!」


「何も言ってないよね?!」


 セフィリアの勘が良すぎて本当に困る。


「ふう…ティアラ、今から稼働チェックするから動いた場所を言ってくれ」


 『アルバトロス』に乗り込み、操縦桿やペダルを動かしながらティアラに実際に動いた場所のチェックをお願いした。遊びや応答性を見ながら最終調整し、各スラスターやタービンエンジンが正常に稼働している事を確認していると、動く場所があるとコロネが近づいてきてやたらと触ろうとするため、危ないからやめろと注意する。


「随分と念入りに調べるのじゃな」


 常と違い、チェック項目の多さや取り組み方に違和感を持ったセフィリアがそう尋ねてきた。


「ぶっちゃけると地上で出した描画魔法なら爆発しようが何しようが問題無いんだけど、空の上だからね。空中で放り出されても全球型『楔の盾』で不時着くらいできるけど、中の人の慣性まで確実に減らせる訳じゃないからさ、不要な不安は取り除きたいんだ。あとはまあ、一度動作テストがOKなら二度目以降は確実に同じ描画魔法を起動できるんだし、最初くらいはね…よし全チェック項目クリア」


 セフィリアと話しながら、チェック項目に抜けが無いかもう一度確認したが問題無さそうだった。


「よし、じゃあ起動するよ。結構離れてね?石とか飛んでくからさ」


 四人ともこちらを見ながら後ろに下がり始め、影響外に出たところで主翼下のメインスラスターを起動させる。


「メインスラスター出力1,2,3,4…」


 左手のメインスラスター用スロットを少しづつ引いて出力を上げていくと、段々主翼の先端が曲がり始め、さらに出力をあげていき機体と俺の重量を出力が上回った瞬間、少しづつ機体が上がっていった。


「出力154…維持…」


 風が吹き荒れる音と小石が飛ぶ音を聞きつつ、その出力を保持しているとランディングギアがゆっくりと地面を離れ、50cmほどの浮遊が世界初の飛行魔法による飛行が実現した時となった。


「出力153…ロック…」


「おおお!!浮いておる!浮いておるぞ!」

「おー」

「(パチパチパチ)」

「コロネの空天歩と何が違うのかしら…」


 セフィリアは新しい魔法の実現に喜び、ティアラとコロネは何となく喜び、ミストさんは首を傾げていた。ミストさんにはこの魔法の凄さを事細かに説明したいところだが、運転中でそれどころではない。

 ゆっくりと操縦桿をねじり、垂直尾翼の姿勢制御用スラスターを動かし機体を回転させ、セフィリアを正面に見える位置に動かした。


「うほほほ!動いたぞ!動いておるぞ!」

「ほー」

「(パチパチパチ)」

「…」


 セフィリアは雨乞いの儀式が成功したように両手を上げ喜び、ティアラとコロネはよく分かっておらず、ミストさんは…夕御飯のメニューを考えていそうな顔をしていた。とりあえずこの四人のことを置いておくとして、高さ50cmを維持したまま、再び機体の向きを誰も居ない方向に向けた。左手にあるもう一つのスロットで試製魔力タービンエンジンに魔力を注ぎ込む。最大出力は0.5馬力くらいと非力ではあるが、浮いている『アルバトロス』の推力としては十分であった。徐々に魔力を注ぎ込まれたタービンは甲高い音を発し、後ろから誰かに押されるような感じで前に進み始めた。


「よし、よし、いいぞいいぞ!」


 その早さは歩くより遅いが、地面に足がついていないふわふわした乗り心地がまた感動を呼んだ。セフィリア達が後ろについてくるが、決してタービンエンジンの背後に立たないよう注意しつつ、進む先に畑が近づいてきたためブレーキを掛けようとして、はたと気づいた。


「ブレーキ無いな、これ」


「お馬鹿ー!」


 『アルバトロス』の下には”ミストさんが”丹精込めて育てたトマトや茄子、その他葉物が元気よく育っていた。そう、過去形になってしまった。方向転換しても時既に遅く、トマトの支柱をなぎ倒し葉っぱを吹き飛ばし、まるで台風一過の様相をなしていた。

 やっと止まったところで『アルバトロス』を着陸させ、シートベルトを外して機体から降り、そのままの流れで土下座を開始した。チラリと見えたミストさんは頭にキャベツの葉っぱをかぶり、すごくいい笑顔を浮かべていて絶対に視線を合わせられなかった。


「ソーイチローさん?何か言う事はありますか?」


「……真に申し訳なく、この通り謝罪申し上げます。処分は如何様にも受けますので何卒ご寛容のほどお願い致します」


 要約すると、命だけは助けて何でもします、だった。


「…ソーイチローさんが魔法で、私達をより良き生活にするために頑張っていることを知っています。ですが私もソーイチローさんトマト美味しく食べてくれるかな、とか、ソーイチローさんは生のキャベツ苦手だったな、とか、ソーイチローさんとこの茄子だとどっちが大きくなるかな、とか思いながら頑張っているんですよ?」


 おい最後の茄子、それでいいのか。そして俺の土下座に居心地が悪くなったのか、ミストさんは一息ついて許してくれた。


「もう…ソーイチローさん、どうか頭を上げて下さい。お願いを聞いてくれれば許しますから」


「なんでもどうぞ!」


「少し野菜畑が手狭なので、広げて欲しいんです。出来れば倍くらいに」


「任せて下さい、一気にドーンとやってみせましょう!」


 重機っぽいのを描画魔法で作れば早めに終わるだろう、なんて考えていたら続きがあった。


「あ、そうそう、畑を広げる時には魔法無しでお願いしますね?」


 顔を上げると、豊穣の女神も斯くやと思わせる笑顔を浮かべたミストさんがいた。


 俺はミストさんのお願いを否というはずもなく、新たな野菜畑のためにひたすら土を掘り返し、大きな石を取り、雑草を抜き、腰痛と血豆をこらえながら作業を行い、やっとミストさんからお許しを貰った。

 一応この後、試験場兼発着場を別に作って二度と同じ事を繰り返さないよう対策を取り、気ままに実験を行えるようにした。切り株を取り除くのが中々大変だった…。






「セフィリアさん、お茶が入りました」


 ミストが淹れたてのお茶をコトリと置き、セフィリアの周りに清々しい香りが広がった。


「うむ、ありがとう。ところでミストや、随分とソーイチローに厳しいことをさせたもんじゃな?」


 その話を振ると、窓の外で必死に鍬を振るうソーイチローに視線が向けられた。


「そうでしょうか?ティアラ達が同じことをやったら一週間くらい折檻しますけど」


 ミストの言葉を聞いたセフィリアはやり過ぎじゃなかろかと一筋の冷や汗をたらりと垂らしている。


「ま、まあそれもどうかと思うが…ではなくてな、魔法の使用を禁止したじゃろ?畑作るだけなら魔法を使わせたほうがいいじゃろうに、何故禁止させたのかと思うてな」


「…以前から思っていましたが、ソーイチローさんの魔法は異質です。ソーイチローさんの周囲は、彼の持つ知識と技術と魔法のおかげでなんでも出来る空間になりつつあります、まあ限定的ではありますが」


「ふむ」


「ソーイチローさんの有り様としてはそれで正しいと思います。ですが、ソーイチローさん以外の人はそうではありません。ソーイチローさんなら一瞬で出来ることも、普通の人は鍬を振るい雑草と格闘しながら畑をつくります。その当たり前の差がソーイチローさんと周囲を分かち、不幸を招きかねないと思ったんですよ」


 ミストはソーイチローのほうに視線を向けながら、思いは別なところに向かっていた。ミスト自身、ソーイチローとは逆な方向で普通の人の当たり前ができない時代があった。魔力欠損症により魔力が一切使えなかったミストは市民証を出せず、魔法具も使えず、それ故に当たり前な事が出来る人々と次第に生活がずれていき、勿論これだけではないが、終いには誰も住んでいないような場所に逃げていったのだ。


「私はまだ娘たちが居ましたけど、ソーイチローさんはそうではありません。恐らく…世界でただ一人のお方」


 再びソーイチローの鍬を振るう姿を見ると、大きなミミズが出てきたと騒いでいた。そんなソーイチローの姿をミストはクスリと笑い、


「ですので今日みたいな罰で普通の人々との差を知って頂ければ、きっと将来の糧になるでしょう」


 腕を広げたほどの長さのミミズに絡まれたソーイチローを、二人は温かい眼差しにほんの少しだけ残念な成分を加え、いつまでも見ていた。


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