盗賊討伐
ご覧いただきありがとうございます。
残酷な描写(鬱展開、救われない話、死者)が出てきます。苦手な方は次話に要約を載せますのでそちらを御覧ください。
R15タグは伊達じゃありません。
翌朝、ギルド前で待ち合わせをしていると、背中に短弓を背負い腰にナイフを括りつけている一人の大男が声を掛けてきた。
「待たせたな。ドンスンだ、よろしく」
「セフィリアじゃ」
「ソーイチローです、今日はよろしくお願いしますって、あれ?」
どこかで見たことあると思ったら、ギルドの買い取り担当の腕毛のおっさんだった。
「あの、ギルドの買い取り担当の方ですか?」
「そうだ」
ギルドがスキルある冒険者の再雇用をしていると聞いていたが、どうやら今日のように冒険者の派遣もしているらしい。
「ドンスンさんが地理に詳しく、罠の解体なども出来るということでよろしいですか?」
「おう。時間もねえからとっとといくぞ」
そう言って王都街道に繋がる門のほうに向かった。門の外にはギルドの馬車と御者が用意してあってそれに乗って現場となる場所に行った。ぽくぽくと馬の足音とがらがらと荷台の音が合わさりとても牧歌的な雰囲気なのだが、初めて乗る馬車はとにかく尻が痛かった。
あまりに痛くて馬車にサスペンションでも付けてやろうかと考えたが、さすがにグッと堪え描画魔法で座布団を作るだけで我慢しておいた。それをみたセフィリアがワシにも寄越せと言ってきたため、結局は長座布団を作るはめになった。仕事に向かう馬車なのにまるでペアシートに座ってるようになってしまったため、外聞はどうなのよとも思ったが、ドンスンは俺達のことをちらりと一瞥するだけで何も言ってこなかった。
そうして馬車に揺られ3時間ほどして現場に到着した。街道は東西に伸びながらカーブが続き、付近は草原が広がり少し離れたところから魔獣の森が始まるらしく中々見通しが悪い場所だった。
「ここらへんだ。おいお前、ここらへんで適当に待機してろ」
ドンスンは御者の男に待機位置を指定し、俺達は馬車を降りた。
「馬車を盗まれたり襲われたりしないのですか?」
「ふん、ギルドに喧嘩うるやつがいるなら会ってみたいもんだな」
荷台と馬にはギルドの紋章がでかでかと括りつけてあるため、さすがにこのまま盗んで売る馬鹿はいなさそうだった。ただ限度を超えた馬鹿はどこにでもいるようで、盗んだ馬鹿はギルドが徹底的に追い詰め吊るしあげたようだ。
「よし、盗賊達はここらへんの森の中のどこかにいるらしい。怪しいのは南側の森のようだな」
「根拠を聞いてもいいですか?」
「証言で南側から現れたらしい。もちろんそれがブラフかもしれんがまあ駄目なら戻ってこよう」
「分かりました。ところで盗賊が隠れられるような洞窟とかあったりしませんか?」
「あるぞ、無数に」
「…そんなにあるんですか?」
「もぐらやミミズ系の魔獣が大穴掘った後、それを広げて人間が住めるほどの洞窟にするんだよ。というか、分かってるなら自分たちで探すって」
「そりゃそうですね。んじゃ『篠突く雨の輪』っと…」
索敵範囲を全方位ではなく前方のみに絞り、範囲を広げていく。
「んー…これはゴブリン、これもゴブリン、なんか腰をカクカク動かしてるな」
「そんなの実況せんでもよいわ、バカタレ」
ちょっとセフィリアに怒られたので真面目に探査魔法を使う。
「……お、なんか二人の人間がいるな、立ってるだけ?」
「見つけたか?」
「判らないけど、怪しそうなのが。ここから南西に3kmほどですね」
「分かった、ついてこい」
ドンスンは動き出したが方角は南だった。
「南西ですよ?」
「このまま南西にいくと崖にぶつかるんだよ。それを回避するためだ」
「なるほど」
ドンスンは森の中を進みながら、こういう場所に罠が仕掛けられる、こんな罠があるから気をつけろと色々と解説をしながら歩みを進めていた。一時期『篠突く雨の輪』で罠も探知できないかやってみたが、自然物を使われると周囲と区別することが出来ず諦めた経緯がある。
俺のような素人冒険者に解説をしつつ、ドンスンが言うには人の通った後がいくつかあってそこを遡っているのだそうだ。幾つかの川があり人の通った筋が途切れることもあるが、俺が対象者のいる方角を示すとドンスンは再び筋を見つけることができるようだった。
そうして対象者がいる場所に残り200m程となると、今度は対人用の罠が出始めてきた。と言っても殺傷用ではなく鳴子のように触れると音がでるタイプだったが、もし俺が単独で来ていた場合は引っかかったかもしれない。
罠の様子を見たドンスンは小声で俺に話しかけてきた。
「ソーイチロー、多分当たりだ。この鳴子といい、最近できた足跡といい、ここに隠れた何かがいる」
「そうですか、っと、詳細な地形がわかってきました。山肌に穴があって…今はぼーっと地面に座ってるだけみたいです。視認できるギリギリまで近寄りましょうか」
山端に沿いながらギリギリまで近づくと、二人の男が怠そうに座っていた。洞窟の周囲20mほどは視界を遮るものはなく、ところどころに粗末な柵まで作ってあった。男たちは何やら話しているらしいが、残念ながら俺の所まで声が届くことはなかったが、ドンスンは違うようでしっかり聞き取れていた。
「…よし、あいつらは街道を襲った盗賊で確定だ。中に被害者がいるらしい。で、どうする?」
様子が分かったため、打ち合わせをするため若干後ろに下がった。
「そうですね…情報をあいつらから聞き出したいですね。少し罠について教えて下さい。さっきの鳴子の罠って誤作動が多そうですが、実際どうです?」
「誤作動だらけだよ。動物や枝に引っかかって鳴るのなんかしょっちゅうだ」
「鳴った時、あいつらのうち一人だけ様子を見に行きますよね?」
「…そうだな、一人で様子を見に行くだろ。洞窟の中の仲間に知らせる役目も欲しいだろうしな」
「分かりました、ではドンスンさんはこの反対側に回って罠を作動させてください。一人引きつけたら待機してる盗賊を俺が倒しますので、それを合図にドンスンさんは釣れた盗賊を確保してください。セフィリアはここで待機して、もし俺がミスった時はフォローを頼む。何か質問はありますか?」
「もし洞窟の中から何人も出てきたらどうするのじゃ?」
「追加が一人なら俺が引き続き倒す。それ以上ならセフィリア、援護を頼む」
「了解じゃ」
「作動させた罠にふたりともきたらどうする?」
「ひとりはこちらから攻撃して倒します。もう片方から情報の引き出しをお願いします」
ドンスンはしばらく俺の目を見た後、納得してくれた。
「分かった。罠を作動させるタイミングは俺が決めてもいいよな?」
「はい、俺も用意に5分ほど掛かるのでそれ以降ならいつでも」
他にも細々とした打ち合わせを終え、各自持ち場に移っていった。俺も用意を開始し、遠距離攻撃用の描画魔法を起動した。
「『遼遠の辿着』」
手元に現れたのは長さ1.5m程の灰色の狙撃銃だった。直径13mm、重さ45gほどの弾頭を放つことができるこの描画魔法は、遠距離にいる固い魔獣を一方的に屠る事を目的として作った描画魔法だ。一度実践で使った時には300mほど先にいるレッドグリズリーの頭を吹っ飛ばすことができ結果としては上々だったが、爆音に惹かれたのかゴブリン達が集まってきて面倒くさいことになった。それから幾らかの消音対策を施したのが、この『遼遠の辿着』になる。
ずっしりとした重さを感じながら、二脚を立て伏せ撃ちの用意をしていると、
「それは以前お主が練習しておったやつか」
準備をしているため返事がやや適当になる。
「うん…距離30、高低差プラス1…この距離なら方角も風も問題無いな…亜音速弾用意。セフィリア、森に入った盗賊が再び広場に出てきたら教えてくれ」
そうセフィリアにお願いすると了解の返事が返ってきた。
スコープには男二人が地べたに座り、カードゲームに興じている姿が写っていた。ジリジリとした時間を過ごしていると、ドンスンの用意も終わったようで俺たちがいる場所の反対側でカランコロンと鳴子が鳴っていた。
「ソーイチロー、始まるぞ」
カードゲームに負けた方なのだろうか、男の一人が気怠げに立ち上がり鳴った場所に向かっていった。一応警戒のためか残った男もやれやれと立ち上がり、周囲を見渡している。
「盗賊どもはダレておるのう。やはりしょっちゅう鳴子が鳴っておったようじゃな。警戒心の欠片も見当たらんわ、まるで餌付けされた犬じゃな…一人が森の中に入ったぞ」
セフィリアは酷評しているが声にはしっかりと警戒の色が乗っていた。俺も立ち上がった盗賊の胴体に狙いを付け時を待つ。
「む、出てくるぞ…よし、森から出た」
それを合図に、少しだけ震える指を押さえつけ引き金を引く。小さくはあるが聞く者を萎縮させるような低い音を響かせ、亜音速まで加速された弾丸は中心より少し逸れ背中に着弾した。右の背中に着弾した大威力の銃弾は人体を軽く貫通し、内臓を道連れにしながら空へと消えていった。
突然血と骨の花を咲かせた仲間を呆然と見ていた盗賊だが、背後から近寄ったドンスンにより再び森の中へと引きずり込まれていった。
「洞窟から増援はやってこないようじゃな、よしワシ達もドンスンの所へ向かうぞ…ソーイチロー?」
動かない俺を訝しげたセフィリアが名前を呼んでいた。
「あ、うん、向かおう」
粗末な柵を避けながら洞窟の入り口まで向かい中の様子を伺うが、外の戦闘に感付いている様子は無く、奥から数名の笑い声が聞こえてきた。
「気づいて無さそうだね、ドンスンさんのところにいこう」
うつ伏せに倒れている盗賊にチラリと視線を向け、ドンスンがいるであろう森の端まで歩いて行った。森の端に近づくと、草むらに盗賊が横たわっていた。足だけ見せているが一切動くことが無かったため、ドンスンがすでに殺害し終えているようだった。
「ソーイチロー、うまく処理終わったらしいな」
「ええ、ドンスンさんも終わったようで。情報はどうですか?」
「盗賊の人数は8名…残り6名か、全員元冒険者で今はここに揃ってる。行商人を一組、徒歩の旅人を四組襲撃をして生き残りは一名だけいるらしい」
「そうですか…その生き残りの救助を試みましょう。俺が先頭を歩こうかと思いますが、後ろから罠などの察知はできますか?」
「任せろ。あと、生き残りにはあまり期待するなよ」
「分かってます」
捕らえられてどれくらい時間が過ぎているのか分からないが、それでも相当な事になっているだろう。せめて命だけでも救えればいいのだが。
簡単な打ち合わせを終え、洞窟の手前で用意を始めた。探査魔法と武装の描画魔法を起動する。
「『ショットガン、ショートバレル』、『篠突く雨の輪』……洞窟の構造はシンプルですね。メインの通路の奥に一番広い部屋があってそこに4名、側道の一つに3名ですね、側道のほうに向かいましょう」
あまり対人を想定していなかったため、取り回ししやすく弾をばらまくことができる突撃銃のような描画魔法を作っていなかったのが悔やまれる。
洞窟の中は人がすれ違えるほど広く、ところどころにある明かりのおかげで足元がなんとか見えるほどの明るさがある。足音を立てないように気をつけながら3名がいる側道に入り、分かれ道のところで新たな描画魔法を起動した。
「ふたりとも、ちょっとこっちにきてください…よし、『遮音壁』」
セフィリアとドンスンが俺のほうに近づいたのを確認し描画魔法を起動すると、波型の遮音効果のある壁を背後の通路いっぱいに展開した。
元々は宿で大きな声が出ても周囲に聞こえないようにするために開発したものだ。暑い、息苦しい、ベッドの震動は透過するなど様々な欠点があったためお蔵入りした魔法だったが、まさかこんな所で役立つと思わなかった。
「これは…?」
一度体験したセフィリアは驚かなかったが、ドンスンは突然現れた壁に驚きの声を上げた。ただその声量も小さな物であったのはさすがだろう。
「吸音効果のある壁です。持続時間10分ほどで95%程度は吸音してくれるので、多少暴れても平気でしょう。もし通過したい場合は押すと簡単に崩れる壁なので壊して下さい」
コクリと頷いたドンスンを見て、さらに歩みを進めると何やら声が聞こえてきた。セフィリアとドンスンは会話の内容を聞き取れているらしく、小さく「下衆が」と呟いていた。
嫌な予感を抱きつつ会話が聞こえる位置まで近づき、耳を傾けた。
「おい、てめえまだかよ、おせえな!」
「うるせぇ!リーダーが、逆出産とか、いって、壊しちまった、せい、だろ!………ほらよ」
「きったねぇな…拭いとけよ」
「いまさらだろ」
「そりゃそうか」
ギャハハと下品な笑い声が聞こえる。少しづつ前に進むと土の香り以外にも、すえた臭いと僅かな血の匂いが漂ってきた。影からそっと中を覗くとピクリとも動かない女の人とその上で動く男、こちらに背中を見せ休んでいる男の姿が見えた。手信号でドンスンを背後の警戒、セフィリアを俺のフォローと指示を出し、突入する。
「『ゴム弾』装填」
ギリと奥歯を噛み締め、ショットガンの弾頭をゴムに変更しながら一気に踏み込む。こちらに振り向く暇すら与えず、爆音と共に発射された硬質ゴムは手前の男の背骨を砕きながら壁まで吹き飛ばし、女の人の上にいた男には耳に着弾し首が変な方向に曲がりながら壁に激突した。
「セフィリア、女の人を見てあげてくれ、ドンスンさん引き続き背後の警戒をお願いします」
ちなみにゴム弾にしたのは盗賊を生かすためではなく、囚われている人の目の前で体を吹き飛ばすのはどうかと懸念したためだ。
盗賊たちの様子を見に行くと、女の人の上にいた男はすでに息をしておらず、背骨を砕いた男は壁際でまだ生きていた。
「『スラッグ弾』装填」
熊撃ち用の一粒弾にシェルを変更しながら、まだ息のある男のほうに近づいていった。
「だ、だずげでぐれ…体が…動かないんだ…」
チラリと男の背中を見ると、ちょうど背骨の上が大きく陥没していた。貫通こそしていなかったがこれでは背骨を通る神経はズタズタだろう。
ショットガンを心臓あたりに狙いを付けると、まだ息のある男は俺が何をしようとしてるのか気付き、さらに声を上げた。
「お願いだ、たすけ」
最後まで聞かず、そして躊躇いも無く軽い引き金を引いた。一粒の弾はその運動エネルギーを男の心臓に叩きつけ、周囲の臓器も巻き添えにしながら吹き飛ばした。その様子を男は信じられない物を見たような目をし、その一生を終えることになった。
「ソーイチロー、ちょっとこっちこい」
「なに?」
「この女の対処はお主が決めろ」
「対処?」
そう思って女の人を見ると本当に酷い様だった。逃げないようにするためか両膝は砕かれ、散々殴られたのか全身あざだらけで生きているのが不思議なくらいだった。とりあえず女の人に意識をしっかり持ってもらうよう声を掛けた。
「俺達はギルドに雇われました。安全を確保したら救出しますので、意識をしっかり持って下さい」
俺の声掛けが聞こえた女の人はすごく小さく返事をした。意識はあるようでホッとしたが、よく聞き取れなかったため耳を近づけ彼女の言葉を拾った。しかし、その返事は、
「ころして」
だった。
少し呆然としてしまったが説得を試み、何度も何度も話しかけたが、最初の一言以外は一切返事を返すことはなかった。それでも諦めきれず彼女をよく観察すると、俺のほうを一瞥もせずずっと同じ壁の一点を向いていた。一体何があるのかと同じ方向を見ると、盗賊とは別の男とまだ乳飲み子くらいの赤子が冷たく横たわっていた。
「まさか…あなたの子供と旦那か?」
やはり問い掛けの言葉に返事は無く、彼女は只々(ただただ)赤子に目を向けていた。俺は壁のほうに歩いて行き、冷たい赤子をそっと持ち上げ彼女の胸元に導いた。すると彼女は嬉しそうに微笑み、ゆっくりと頬ずりをしていた。本当は抱きしめたいのかもしれないが、腕はすでに動かせるようなものでは無く、動けない彼女の体で唯一赤子と触れ合えるのが頬だけだった。
ギリリと奥歯を噛み締め、もう一度問いかけた。
「もう少し頑張れば救助されます。それまで…」
言葉を最後まで紡げなかった。もう彼女は俺のことなど見ていないのだ。
俺は目を瞑り天を仰ぎ…取りうる手段や方策を考えに考え、道という道を探した。だが…俺は石礫を飛ばす描画魔法を起動した。そして、石礫を彼女の額に向け、とても、とても重い引き金を引いた。随分と軽い音を葬送曲に、彼女は全てを慈しむかのような笑みを浮かべながら夫と子供に会いに行った。
しばらく撃ったままの姿勢でいるとセフィリアが俺のことを心配しながら話しかけてきた。
「すまぬな、このようなことを押し付けて」
「…いや、俺でよかったよ。なあセフィリア」
「なんじゃ?」
「セフィリアなら違う結末を迎えることはできたかい?」
セフィリアは少し俯きながら小さく首を横に振った。
もしここで彼女の意思を無視し救助しても、彼女の壊れた体は治癒魔法を使っても元に戻ることはない。膝のような複雑な部位が破壊されるとどのように治せばいいのか分からないためだ。心と体に重度の障害が残る彼女が一人で生きていけるわけもなく、誰かが面倒を見る必要がある。
冷たいようだが俺にそんな余裕はなく、公的に面倒を見てくれる施設が有るわけもない。もし彼女の親など頼れる親類がいるのなら話は別だが、恐らくそれも望みが薄い。
普通、過酷な旅に乳飲み子を連れて移動することは考えられない、余程の理由が無い限りは。
既に亡くなっていた男の服装や身なりを見ると、かなり良いところの出であることが分かる。それ故盗賊たちに目をつけられたのだろうが…。そして女の人の手を見ると洗い仕事をしていたのか結構手あれや古い傷があるため、女中など仕事に就いていたのだろう。つまり、二人は駆け落ちしてこんな辺境までやってきたと考え、セフィリアも同意見だった。
そんな逃避行の先たるフィールに彼女たちの身内がいるとは思えない。また彼女たちの出身地にいるであろう親族にしても、身分の高い子息と駆け落ちした彼女を受け入れてくれるとは考えにくい。
また、使っていた街道から彼女たちは王都から来たのであろうが、王都は50万都市、名前すら分からない彼女の親類を探すなど殆ど不可能であった。
そして決定的なのがその傷の深さだった。流れでた血は粗末なベッドの下で水たまりを作っていて、あとどれほど彼女の中に血が残っているか疑問なくらいであった。
そんな言い訳にもつかない事を考えながら、背後を見張っていたドンスンに声を掛け、事の顛末を話した。ドンスンは一言「そうか」とだけ告げ、何も感想をいうことはなかった。
本道に戻り残りの盗賊達がいる部屋に向かうと、段々と盗賊たちの声が大きくなってきた。こちらの襲撃は未だ知らず、のんきに酒盛りをしているようだった。
部屋と通路の境目には荷車を潰して作ったような扉が立て掛けてあった。ドンスンに確認させると、鍵や罠の類も無く風よけや保温を目的とした物らしい。
隙間も多いため穴から覗くと、四人の盗賊達が荷箱をひっくり返したようなテーブルの上で思い思いの飲食をしている。聞こえてくる会話の内容は次はどんなのを襲いたいとか新しい女が欲しいなど、救いようのない話ばかりだった。
中の人間はこの四人だけで他に人質も居ないようなので遠慮なくできる。手元に『閃光手榴弾』を出しながら少し下がり小声で手順の打ち合わせを行う。
「俺の手にある魔法は投擲後数秒で強烈な音と光を発し相手を怯ませる効果があります。これが炸裂したら俺、セフィリア、ドンスンさんの順番で突入しましょう。セフィリアは左にいる人をドンスンさんは右にいる人を倒して下さい。俺は中央の二人を狙います。質問ありますか?」
特に無いようでふたりとも首を振り、各々配置についた。その様子を確認したあと『閃光手榴弾』を起動し、扉をそっと開け盗賊たちの近くに放り込んだ。カンカンと小さな金属音を響かせ『閃光手榴弾』は盗賊たちの近くに転がっていく。何かに気づいたリーダーらしき男が音のする方を見ると、
「ん?何の音だ?…げ!これは!!!」
「『フレシェット』装填」
ショットガンの弾頭をゴム弾から25本ほどの小さなダーツを発射するように変更する。貫通力があるため多少の皮鎧や木の板程度なら問題なくぶち抜ける弾頭だ。
きっかり3秒後、『閃光手榴弾』は鼓膜が破れそうなほどの爆音を発し、薄暗い部屋がいきなり太陽のもとに晒されたような閃光を撒き散らした。
「突入!」
耳と目を閉じていた二人の肩を叩いて合図を送り、部屋の中に突入する。二歩ほど奥に進み二人の射線を確保しつつ『ショットガン』を発砲した。
「『ガルアの炎槍よ』!」
セフィリアは短詠唱で魔法を唱え左側にいる盗賊を火達磨にし、ドンスンは素早い動きで短弓をつがえ右側にいる盗賊に撃ち放ち目に命中させ、左右の男はうめき声一つあげる事なく即死した。
俺の放った散弾も手前の男の背中や後頭部に命中し穴だらけになり、この盗賊も一度痙攣しただけで即死したようだった。
引き続き一番奥にいたリーダーらしい盗賊にもショットガンを向けたが、どうやら『閃光手榴弾』を知っていたらしく、木箱の影に伏せ閃光と爆音を凌いだようだった。
しかしそんな障壁にならない木箱ごと立て続けに撃ち放つ。一発、二発、三発、四発と連射するとその度に盗賊の男が悲鳴を上げた。
「ガッ」
「うぐっ」
「腕がああああ!」
「ゴガッ」
ショットガンを構えたままゆっくりと木箱の背後に回ると、どこかで見たことがある男が悪態を吐いていた。
「くそっくそっ、いてえよ!なんだよてめぇ!何度も何度も撃ちやがって!!」
まだ喋れるほど元気なのは大したものだとは思うが、とっとと止めを刺そうと頭に狙いを付けると、それを察したのか盗賊は一気にしゃべり始めた。
「まてまてまて!ほ、ほら、戦った者同士じゃないかよ!同じ冒険者仲間として見逃してくれよ!」
「戦った…?」
下卑た男の顔をよく見ると、俺が初めて冒険者ギルドに行った時に絡んできた男だった。確かその後に訓練場だかで戦った時に『閃光手榴弾』を見せた記憶がある。
「ああ、思い出した、あの仮組みの男か」
「お、思い出してくれたか!あの時は悪かったな、あんたの実力を侮ってよ、それで」
「で、何でこんなことした」
「な、なんでって…それはよ…ほら、なんだ…」
元冒険者の言葉を遮り、盗賊行為を行った理由を問いかけたが、視線を外し何か言い訳を探しているようにも見えた。そんな時、俺たちの会話を聞いていたドンスンが理由を説明してくれた。
「そいつはゴブリンの大暴走が起きたときに逃げ出したんだろうな」
「チッ」
脂汗を流しつつ小さく舌打ちをしていた。図星だったらしい。
「例え冒険者見習いのような仮組みのやつでも、大暴走の招集は掛けられる。それから逃げた奴は街を守る意思が無い者としてフィールでまともに生きていく事ができなくなる。大暴走が終わった後にしれっと戻ってきたかもしれんが、そうは問屋がおろさなかったんだろうな。人の記憶にも、門にもギルドにも記録が残ってるからよ」
それで食いっぱぐれて盗賊になったってのか。また図星だったのか、盗賊は青ざめた顔をしながら痛む傷を押さえていた。
「なあ、ちゃんと反省したからよ、許してくれよ」
「ああ、ちゃんと謝って許しを得たらいいぞ」
「ほんとか!?す、すまんかった!これこの通り!!」
盗賊は傷だらけの体を起こ、ゴンゴンと地面に頭をぶつけるように土下座していた。だが、口ではすまなかったと言っているが、その口端がニヤついているのを見逃すはずもなかった。そして…
「いや許しを得るのは俺じゃなくて、お前が殺した人に、だよ」
「へ?」
きょとんとした顔の盗賊に随分と軽い引き金を引きフレシェット弾をぶち込んだ。至近距離で放たれた小さなダーツは男の顔をズタズタに引き裂き、謝罪の旅路へ旅立っていった。強制的に、ではあるが。
「仇は討てたかな…」
ショットガンを撃ったままの姿で、なんとなく女の人の最後を思い出していた。心ここにあらずな俺をセフィリアが心配し気遣ってくれた。
「ソーイチロー、お疲れじゃな。大丈夫か?」
「ああ、すまん、まだ仕事の途中だったな。ドンスンさん、この部屋に旅人から奪ったような品が結構ありますが、これってどういう扱いになりますか?」
この部屋の隅にそこそこ価値がありそうな武具や現金などが無造作に置かれていた。
「盗賊を討伐した者の物になる」
「分かりました。ではセフィリアとドンスンさん、価値のありそうな物の選別をお願いします」
「ソーイチローはどうするのじゃ?」
足元に落ちていた玩具のガラガラを拾いながら、
「ちょっとやりたいことがあるんだ、外にいるから何かあったら呼んでくれ」
二人の返事を聞かず俺は外に向かった。洞窟の中で長い時間過ごしたかと思ったが、外に出るとまだまだ日は高く、突入した時と同じくらいだった。
「眩しい…日当たりはここが良さそうだな」
描画魔法でスコップを作り出し穴を掘り始めた。選んだ場所は土が柔らかく掘るのには苦労しなかったが、さすがに3人分となると少し手間取る。ザッザッと土を堀り、時々汗を拭っているとセフィリアがやってきた。
「ソーイチロー、ワシ達も手伝うぞ。ドンスンももうじき来る」
「そうか、ありがとう」
セフィリアにもスコップを渡し、一緒に穴を広げた。そろそろいい深さだろうという頃合いになると、ドンスンが親子の遺体を連れてきた。
「ドンスンさん、ありがとうございます。あと洞窟にあった剣を一本もらってもいいですか?」
「それくらい構わん」
許可をもらい洞窟から剣を一本拾ってくると、親子三人の遺体が穴の底に横たわらせたところだった。父親には剣を、赤子にはガラガラを、母親には赤子を抱かせそっと土を被せた。母親の笑みに掛かる土が、忘れられなかった。
そして親子に手を合わせ、心の中で仇は取ったことを報告した。
「ふたりとも俺のわがままに付き合ってもらって申し訳ない」
「いや」
「気にするな」
「では戻りましょうか」
みんなでまとめた戦利品を背負い、無言で帰路についた。
その後、冒険者ギルドに到着しホッと一息つくとドンスンが近寄り一本の小剣を渡してきた。この小剣は宝石や飾り彫りがふんだんに施され、実用性は無さそうだが観賞価値の高い小剣になっていた。そしてよくよくみるとヤギを象った紋章が彫ってある。あの女の人の旦那かは分からないが、どのみち盗賊たちの被害者であるのは変わらないだろう。
この小剣を渡してきたドンスンは売るなり包丁にするなり自由にしろと言っていた。また重い物を寄越しやがって…。
ギルドに盗賊討伐が終わったことを報告し報酬を三等分して臨時のパーティーは解散となった。ドンスンと別れ、セフィリアと共に音の鎖亭に戻る途中、
「ソーイチローすまん、ちょっとギルドに用事を思い出した。ソーイチローは先に宿に戻っていろ」
「ん?分かった。じゃあまた宿でな」
そういってセフィリアと一旦別れた。
◇
ソーイチローと別れたセフィリアはその言葉の通りに冒険者ギルドへ取って返した。セフィリアは依頼を見るでもなく、受付嬢がいるカウンターまでまっすぐ歩いて行った。受付嬢の前に立つと左手にあるギルド印章を見せながら要件を口にした。
「のうそこのおなご、ちょっとマスターに用事があるから取り次いでくれんか?」
「…い、いらっしゃいませセフィリア様、申し訳ありませんが只今ギルド長は打ち合わせをしておりまして」
「知っておる。それにワシが必要じゃろうとおもって来たんじゃ。ほれ、とっとと伺いを立ててこい」
「か、畏まりました!」
椅子を蹴飛ばし直立した受付嬢は駆け足で裏に消えていった。それを見た回りの冒険者達は一体何があったのかと少しざわついていた。
「別にとって食うわけでもないんじゃがのう」
そんなため息に近いセフィリアの呟きは誰に聞かれるでもなく消えていった。
セフィリアに追い立てられた(と思っている)受付嬢はスカートが翻るのも気にせず階段を2段飛ばしで駆け上がり、ギルドマスターのギザルムともう一人のギルド員がいる会議室の扉を乱暴に叩いた。
「し、失礼します!」
「なんだいったい、打ち合わせ中だぞ」
ギザルムは話を中断させられたため、言葉に怒気を含んで受付嬢の行動を咎めた。しかし受付嬢はそれに気づきつつもそれどころではないとばかりに内容を告げた。
「セフィリア様が受付にいらっしゃいました。それで…この打ち合わせにセフィリア様も必要だろうということでギルドに来たと仰っていました」
理由を聞いたギザルムともう一人の男、ドンスンはお互いを見合った。それで受付嬢が焦っていた理由を理解し、セフィリアを案内してくるよう受付嬢に指示した。またドタバタと駆け下りていく足音を聞きながら、ギザルムは始まったばかりの打ち合わせを中断することにした。
「まったく…いつまでセフィリアは恐れられてるんだろうな?」
「それは仕方が無いことかと。あの受付嬢の年代だとセフィリアといえば恐怖の代名詞ですからね」
「まあな。だがドンスン、そういうお前はセフィリアの感想はどうだ?」
「氷のような魔力、溶岩のような魔法、心底対峙したくないと思いました」
ドンスンは盗賊のリーダーに突撃する際に見た魔法を思い出し、ぶるりと震えた。人間一人をちょうど丸焼けにできる制御力、たった一節の短詠唱、魔法を放った後の立ち振舞、どれもドンスンが会ったことのある魔法使いとは比較にならないほどの使い手だった。
「ま、普通はそう思わな」
そんなドンスンの様子をギザルムは苦笑いをしながら見ていた。すると扉の外で「へっぐち!」と小さなくしゃみが聞こえたと思ったら、ノックも無く扉が開けられた。
「邪魔するぞ」
セフィリアは挨拶にもつかない挨拶をしながら、部屋の主の断りもなくソファーに座った。ギザルムもそれが当たり前だというふうに捉えていた。
「それで?何の話だ?」
「ふん、とぼけんでもいいわ。今回の盗賊討伐の依頼、ソーイチローが”夜”関係の依頼をこなせるか見るためじゃろ?」
「やっぱバレてたか」
「当たり前じゃ」
あっさり種バラシしたのはギザルム。ドンスンは少し青い顔をしていた。
ここでいう”夜”の依頼とは、ギルドの暗部に関わる依頼のことだ。冒険者ギルドは長い歴史を誇る団体であるが、やはり歴史の影にはそれ相応の暗い部分がある。殺人鬼になった高ランク冒険者の討伐、敵対した他ギルド幹部暗殺、契約を守らない貴族の家族を拉致脅迫など、あまり表沙汰にできないがギルドの利益を守る為に必要な依頼というのがある。
得てしてそういう依頼は難度が高く、極めて高い任務遂行能力が求められる。ギルド側も秘匿する必要もあるためおいそれと頼む訳にも行かず、これはという冒険者に対して幾つかの任務を受けさせ適正を検査している。
「で、この事はソーイチローには言ってないんだよな?」
「無論じゃ、助言すらしておらん」
それを聞いたギザルムとドンスンはホッと息をついた。
「そうか、依頼が無駄にならなくてよかったぜ。じゃあ…どうすっかな、まあドンスンから報告してもらうか」
「分かりました。多少辛辣なところもありますが…?」
「ワシに気にせず報告するがよい。不明な所があったらワシが補足してやる。恐らくドンスンでは魔法関連を説明しきれんと思ったからな」
なるほど、とギザルムとドンスンは納得したが、セフィリアはそれ以外にも言うべきことがあったため押しかけてきているのだが、そんな内心には気づかずドンスンは報告を始めた。
「まずソーイチローは現時点では”夜”の依頼は無理でしょう。しかし鍛錬を積めば、大化けに化けます」
「ふむ…詳しく頼む」
「はい。ソーイチローには罠や潜入の知識はありません。また格闘戦も素人で、まあ…才能も無いでしょう。ですから対象を捕獲するような依頼は無理があります」
「セフィリア、何か補足することあるか?」
「ん?ああ、あいつはあまり運動神経良くないぞ。魔法無しなら…12歳の女の子に勝てるかどうかくらいじゃないか?」
「…弱すぎね?」
「弱いぞ。継戦能力を重視した鍛え方しておるからな、仕方がなかろう」
「そういや、んなこと言ってたな、まあいいやドンスン続きを頼む」
「はあ、ですが彼には獣人を超える探査能力?探査魔法?と高い指向性がある攻撃魔法、あと…監視の盗賊を倒した遠距離攻撃魔法は圧巻でした。あれは一体何なのですか?風の矢にしては威力が高すぎる…」
「ふむ」
セフィリアは開示できる情報を考え、ドンスンの疑問に答えた。
「遠く正確に石礫を飛ばす魔法じゃな。物凄く速く撃つとああなるらしい」
「石礫って…初等も初等な土魔法ではありませんか。それに自分はソーイチローの石礫の魔法を見切ることができなかったのですが…」
ドンスンは一線から退いたとはいえ、いまだ現役に劣らぬ能力を持つ元冒険者だ。その彼の動体視力を持ってしても視認できなかったのが気になっているのだろう。
「うんどーえねるぎーがどうのこうの、じゃいろがどうのこうのと言うていたが、何言ってるかさっぱり分からんかった。詳しく知りたいならソーイチロー本人に聞いてくれ、教えてくれるなら、じゃがな」
「…」
ドンスンはしかめっ面で「そんなこと聞けるか」という顔をしていた。冒険者が自身の技術をおいそれと開示する訳無いと知りながら、セフィリアが聞いてみろと言っていたからだ。そんなやりとりを聞いていたギザルムは、技術云々より何が出来るかのほうが重要だった。
「まあ技術どうのこうのはいいや。で、その遠距離魔法ってどのくらい遠くまで飛ぶんだ?」
「2000mくらい飛ぶけど当たらんと言うてたな。実用は500mまでらしいぞ」
「「にせん………」」
ドンスンと今まで余裕だったギザルムもあんぐりと口を開けていた。セフィリアはそんな二人の間抜け面をニヤニヤしながら眺めながら、こっそりと心の中で「今の所はな」と付け加えていた。
立ち直ったギザルムはアゴを撫でながら「ふむ」と呟き考えを巡らせている。何を考えているかセフィリアは分かっていながら何も言うことはしなかった。ドンスンが立ち直り話を続けた。
「ま、まあ報告を続けます。格闘は素人ですが、近接戦闘魔法はフィールのギルド内でもトップクラスの実力があるでしょう。ソーイチローはしょっとがん?とか言っていましたが、色々と応用が効く魔法らしいです。正面から剣を持って彼に挑むなら、オークに素手で挑んだのほうがマシです」
「なるほどなぁ…」
ドンスンはチラリとセフィリアを見、特に補足事項が無さそうだったので次の話に移った。
「あとは遮音壁という音を遮断する魔法も使っていました。あんな魔法見たことありません」
「その魔法はじゃな、宿屋でエロいことするために開発したそうじゃ。完全に聞こえなくすると暑くて息苦しいとか言って失敗作らしいぞ」
「「バカだろ!」」
「まあバカじゃろうな」
セフィリアはクックックと笑い、男二人は魔法をなんてアホなことに使ってるんだと呆れ顔だった。
「ごほん…総じて、経験は浅いが訓練次第で”夜”をこなす最強の冒険者になるでしょう」
そうドンスンは話をまとめた。
「だ、そうだがセフィリアはどう思う?」
そしてセフィリアが一番言いたい事を、そしてギザルムへ忠告に近い事を話し始めた。
「ソーイチローの持つ魔法はそれこそ対人向けの魔法が多いからの、技術的には”夜”関連の仕事を任せられるようになるじゃろ。じゃがドンスン、思い出してみるといい。ソーイチローは盗賊討伐が終わった後どうした?」
「被害者を埋葬していましたね」
普通の冒険者は冥福を祈ることくらいはやるが、わざわざ洞窟の外に墓を作るなんてことまではやる人は少ない。
「じゃろ。じゃがワシはとてもソーイチローらしいと思った。自身に関係の無い被害者を思い、その仇を討とうと考え実行するのじゃ。とても優しく、そして危険なことじゃ」
二人は黙ってセフィリアの言葉に耳を傾けていた。
「無論、身内や自身に危機が迫ればソーイチローは躊躇わず力を振るうじゃろう。じゃがあいつは対人の魔法を沢山持つくせに、その性根はどこまでも人殺しには向かない。あいつに”夜”の依頼を頼めばやってくれるかもしれんが、その度に心はギルドから離れていくじゃろう。それを覚悟しておくがよい」
「「…」」
セフィリアは目つき鋭く二人を見て、そして言外に「ワシも同じじゃ」とも言っていた。さすがに脅すだけではまずかろうと考えたセフィリアはフォローの言葉も忘れてはいなかった。
「まあ普通の依頼、例えばなかなか近寄れない獣の討伐などはあいつもその腕を存分に振るうじゃろ」
そこまで聞いたギザルムは頭をぼりぼりとかき、苦虫を噛み潰したような顔でセフィリアに言った。
「分かった分かった、ようは暗殺やら良心の呵責に悩むような依頼はするなってんだろ?こんなことでセフィリアとソーイチローの二人を失うようなアホな真似はしないって約束してやる。これでいいか?」
セフィリアはニヤと笑うだけで何もいうことはなかった。
「それにしてもセフィリア、えらいソーイチローに過保護じゃないか。そんなにあいつに惚れたのか?」
ギザルムも少しは仕返しをしてやろうと考え、セフィリアが慌てそうなことを聞いた。しかしセフィリアは当然のことだと返事をしていた。
「うむ、あいつはワシに見たことの無い世界を見せてくれる。そんな者が近くにいるのじゃ。惚れるのも当たり前じゃろ?」
「お、おう…そんな堂々と惚気けられるとは思わんかったぜ…ケッ」
ギザルムは自分で尋ねておきながら、聞かなきゃよかったなんて思っていた。またドンスンはドンスンで、まさかあの魔女がこんな風に惚気けを言うとは思わなかったのだろう、呆気にとられていた。
伝えるべきは伝えたとセフィリアはソファーから立ち上がり、扉のほうに歩いていった。
「まあ用法用量をよく守って上手く使えといことじゃ。ではな」
そしてパタンと扉は閉められ、ソーイチローが待つ音の鎖亭に向かった。
◇
セフィリアがギルドに行っている間、俺はぼけーっと宿の食事処で座っていた。もう夕方過ぎでこれからこむ時間帯だというのに、お茶を一杯頼んだだけで何も注文せずにいた。普通なら店や客から文句が来そうなものだが、有名人になったせいか俺に遠慮して注意してくれる人はいなかった。
どれだけボケていたのか分からないが、店が満席になるころセフィリアが帰ってきた。
「ソーイチロー、戻ったぞ。なんじゃ何も注文しておらんではないか。せめてツマミくらいは注文せんと店にも迷惑じゃぞ」
「おかえり。あー悪いことしたな、じゃあとっとと注文しようか。女将さーん!定食ふたつお願い!」
忙しくテーブルの間を駆けまわっていた女将さんは「あいよ!」と返事をし、手に空いた皿を持ちながら厨房に戻っていった。それにしても女将さんがいつもより忙しそうに動き回っているな。
「昼間のことを気にしておったのか?」
「うん。俺は勇者じゃないから全ての人を救うなんてことはできない。金も力も権力も無い俺には、何度考えても囚われた女の人を救い面倒を見ることはできない。分かってはいるのに…いつまでも考えることを止められない」
何か出来た事があるのではないか、いや無かった、でもやはり何か…そんな考えが堂々巡りしていた。
「ワシも長いこと生きてきたが、それの解決策は…」
「解決策は?」
「無い」
「おい」
「こればかりはどうにもならん。ワシの場合は、友を魔力欠損症を切っ掛けでこの手に掛けてしまった。ずっと後悔し悩みもしたが、結局は同じ事を繰り返さない為に、魔力欠損症を治す手立てを探し続けておるくらいじゃ。じゃからお主は力が足りないと思えば力を付けよ、金が足りないと思うのなら稼げ、権力が無いと思うのなら身に付けよ。考え、お主がしたいようにすれば良い」
「厳しいなぁ」
「ワシが過保護な訳無かろう?」
セフィリアは小首を傾げ、そっと笑った。
そんな話をしているうちに、定食が出来たらしくシルバーが配膳してくれた。今日の夕御飯は干し魚の戻し焼に野菜のソテーに野菜スープだった。あっさりしたものが食べたかったからとてもありがたかった。
配膳をし終えたシルバーが俺の顔を見ると少し眉を顰めていた。
「ねえ、ソーイチロー」
「なんだシルバー」
「ソーイチローも体調悪いの?」
「いや、別そういう訳じゃ…俺”も”?」
ふと気づいて満席のテーブルを見ても、この大変な時間帯だといつもは忙しく動きまわっているロンコの姿が見えなかった。シルバーはシルバーで俺とのんきに話していていいのか?とは思うのだが…。
そんなガヤガヤと喧騒に満ちた食堂を見渡し終わり、シルバーにロンコの様態を尋ねた。
「ロンコの体調が悪いのか?」
「うん。なんかね、ロンコって今は食べ物食べてもすぐに吐いちゃうんだ。さっきもゲーゲーやってたよ」
食堂の喧騒がピタリと止まった。これ以上聞くのは非常に怖いのだが、残念ながら俺が会話しているため続きを促す必要があった。
「シ、シルバー、何かロンコが言ってなかったか?」
「よく分かったね。「責任取ってね?」って言ってた」
誰かのゴクリとツバを飲み込む音が聞こえた。
「シルバー、一体それが何のことか分かってるか?」
「勿論だよ。いやー、この間りんごが落ちててさ、美味しそうだから拾ってきてロンコと一緒に食べたんだよね。僕はなんとも無かったけど、ロンコは食あたりしちゃったのかな?だから良くなるまでちゃんと責任取るよ」
食堂の客は、「「「「そんなもん食わすなよ」」」」と同時に思ったとかなんとか。
「他に何か言ってなかった?」
「うん?えーっと…「パパ、頑張ってね!」って言ってたな。何を頑張るんだろうね」
シルバーはあははーとのんきに笑っていたが疑問に思うのはそっちじゃない。パパと言われたほうに疑問持て。
そしてシルバーよ、背後を見ろ、背後を。フシューフシューと口から白い煙を吐き、目を光らせ、手に断罪のフライパンを持ったおやじさんが迫ってきてるんだ。関係ない俺まで恐怖のせいで言葉も出せないんだ。
「あれ?やっぱりソーイチローも体調悪いんじゃないの?なんか震えてるよ?」
鬼神の如きおやじさんがシルバーの頭を片手で握り持ち上げ、首だけ強制的に後ろを振り返させられた。シルバーはおやじさんを見て小さく「ヒッ」と悲鳴を上げ、おやじさんは小さくシルバーに何かをささやいている。そしてそれが終わった後、シルバーは食堂にいる客のみんなに聞こえるよう声をあげた。
「ロンコ ヲ ボク ニ クダサイ。シアワセ ニ シマス」
その言葉を聞いたおやじさんはウムリと頷き、フライパンを一閃してシルバーの意識を刈り取り、そのまま厨房に引きずっていった。
「………恒例行事とはいえ、毎度毎度シルバーが連れ去られるオチはどうにかならんのか?」
「それオチじゃないし。それにしてもシルバーができちゃった結婚かぁ。セフィリア、こっちだと妊娠させた後に結婚するパターンって名前とかついてないの?」
「特に聞いたことないの」
「じゃあシルバーの様子から、ノックアウトウェディングって名前付けようぜ」
「わざわざ付けんでもいいじゃろうが…」
などとセフィリアは言っていたが、周りの客は俺たちの会話を聞いていたらしく、音の鎖亭を中心にノックアウトウェディングという名前が広まっていくのだった。
賛否多数あるかと思います。しかし、未だこの結論以外想像することはできませんでした。
あと、長い話(17k文字くらい)でお時間を取らせてしまい申し訳ありません。
シルバーとのやり取りまでで一連の流れでしたので、分断せず掲載させていただきました。
ノックアウトウェディングは、ショットガンウェディングをパクr参考にしました。
なお、以降は人死のでる場面であまり躊躇することが無くなりますので、ご了承下さい。