夜の訓練(まともなほう)
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本話はノクターンにてR18Verを掲載しております。なお、本筋は同じですので、どちらかをご覧頂ければ問題ありません。
ある曇の夜、辺りは星明かりすら無く指先が見えないほどの闇が辺りを包んでいた。虫達は己の存在を高らかに歌う時であろうが、二人の殺気に当てられ静まり返っている。精々聞こえるのは遠くで鳴く狼の遠吠えくらいで、今は耳鳴りのほうが大きいくらいだった。
なにか来る、そう思った時にはすぐ近くまで一本のナイフが飛んできていた。大して反射神経の良くない俺が回避できるはずもなく、その身にナイフが刺さる…こともなく、自動展開した『楔の盾』が積層防御壁を形成しナイフを弾いていた。
キンと弾かれたナイフがまだ空中を漂っているころ、草を踏みしめる音と共に一人の少女が渾身の蹴りを放っていた。その蹴りは細い生木をへし折るほどの威力を持ち、まともに喰らえば骨の一つを覚悟しなくてはいけないほどの威力だった。しかしその蹴りも『楔の盾』が自動展開し衝撃を大地に逃していて俺に届くことはなかった。
初撃が弾かれたことを気にせず少女は連続し蹴りや打突を放つがそのいずれも用をなさない。
そんな連撃を微動だにせず受けていると、恐らく正面の少女は囮だったのだろう背後に人の気配がした。と思った瞬間、首元にナイフが差し込まれ俺の頸動脈を掻き切るように動かされた。
が、これも結局『楔の盾』が防壁を張っていたため、ナイフは表面を滑るだけに留まり金属をこする嫌な音が鳴り響いた。
そうしてこの音をもって、一連の襲撃が終わりを告げた。
「ふう、ありがとう、二人共」
「お、おにいちゃん、硬すぎだよぅ」
夜闇に目が慣れてしまっているため、ほんの僅かな光量のライトを照らすと、正面には足を抑えているコロネ、横にはハンカチを取り出し俺の汗を拭こうとしているティアラがいた。
今回は自動防御の実験とティアラとコロネの実力を見るため、こんな視界が利かない時間帯を選び訓練を行ったのだ。
実験は俺の認識外からの攻撃を改良した『楔の盾』で自動防御出来るかどうかの確認だ。改良点は俺の周囲に極薄い探知用魔法陣を何層か展開し、相対速度や形状などからこちらに危害がありそうだと判断された場合は自動的に『楔の盾』を展開し、予測される攻撃点に対し特に重点を置いて防壁を出すようにしてある。
実験の結果は無事成功。『楔の盾』を俺が任意発動させることもなく、自動防御の役割を果たしてくれた。
まあこれも完璧ではなく、市街地などで至近距離からゆっくりと針を刺されたり、毒ガスなどで攻撃された場合は無力ではあるが、現時点でこれ以上望むのはきつい物がある。
などと考えていたら、ティアラはハンカチで俺のおでこや首筋を当てるように拭いていた。どうやら思った以上に緊張していたようだった。
「それにしてもティアラの投げナイフは随分と正確だったな」
「申し訳ありません…」
少ししょぼんとしたティアラを見るともっと苛めたくなるが、今やるとフォローが大変になりそうだからやめておいた。
「いや怒ってる訳じゃないぞ。俺から頼んだ鍛錬だし、俺の意図を汲んで戦ってくれたティアラとコロネには感謝してる。ただ、全然視界が利かないのにナイフはまっすぐ俺の心臓目掛けて飛んできたからさ。よく分かったな?」
「ご主人様のことですので」
「お、おう」
ティアラはごく当たり前のように返事をしたが、俺にはさっぱり分からん。
「コロネは…なんとなくだな、きっと」
「うん!」
元気よく肯定しやがった。微動だにしていなかった俺をどうやって把握したのか、描画魔法で再現しようかと思っていたが無理だな、こりゃ…。
セフィリアの庵に来てから、修行という名のシゴキを耐えきったティアラとコロネはそれ相応の実力を付けていた。免許皆伝とまではいかないがどこに出しても恥ずかしくないレベルになってるらしい。
ちなみに描画魔法無しで戦うと3秒以内に俺が負ける程度には差がついている。そのため二人の実力がどの程度ついたのか実力差がありすぎて俺は体感できないが、二人共単独でレッドグリズリーを撃破できることから冒険者ギルドで討伐Cランク以上は確実だろう。
「ほんと、二人共強くなったなぁ」
「ほんと!やったぁ!」
コロネは無邪気に喜び、ティアラは嬉しそうに微笑んでいた。しかしコロネは続けて、
「うーん、でもね、こう必殺技っぽいのが欲しいんだけど、中々うまくいかないんだよねぇ~」
と、悩みとも愚痴ともつかない事を変な演舞をしながら言っていた。
「ふーん、ティアラも?」
「私は最初から威力に欠けることは分かっていたので、そこまでは」
そこまでは、ということはやはり残念に思う気持ちもあるということか。
「そうか…じゃあちょっと俺の実験に付き合ってくれるか?ひょっとしたら何か得られるかもしれん」
「お手伝いするよ!」
「喜んで」
何をするかも聞かず二人は了承してくれた。
実は以前から疑問に思っていたことがある。こちらに来て間もなく、セフィリアから魔法陣の基礎を習っていた時の話だが、彼女が描いた魔法陣を俺が起動しようとしても起動せず、何度やっても魔力を流した箇所から破壊され消えてしまうのだ。
魔法陣は本人しか起動できない、というのが定説でセフィリアもごく当たり前のように捉えていた。一方、魔法陣を魔石に書き込んである魔法具は誰でも使える。
これは一体何故か?と考えた時、魔力には固有の周波数のようなものがあり、他人が書いた魔法陣は干渉して破壊される。魔石に書き込まれた場合は固有値が無くなり誰でも使えるようなる、と推測したわけだ。
で、ティアラとコロネがもっている魔力は元々は俺の魔力だった。だから俺が作った描画魔法をひょっとしたら起動できるかも、と考えたのだ。勿論変質してる可能性もあるがやってみる価値はあるだろう。
水をほんの少し生み出す魔法陣を作り、
「ティアラ、手を出して」
「はい」
ティアラの右手に魔法陣を転写する。
「人差し指に魔法陣があるから、ゆっくりと起動してみて。魔力をそこに込めれば起動するはずだ」
ティアラは人差し指を伸ばし、俺の言うとおりに魔力を込めると、一滴の水が指からこぼれ落ちた。
「起動した、か…」
これで色々なことが出来ると考えていると、コロネが待ちきれなかったのか、
「ね、ねえおにいちゃん」
「なんだ?」
「これでおにいちゃんみたいな魔法使えるの?」
「ある程度まではってところだろうな」
いまのところコロネ達の魔力量は俺の数秒程度しか無いため、ショットガン程度までは使えるだろうがそれ以上はまず無理だろう。
「そっかぁ…こうね、はっ!ってやったら魔法がぼーんって飛び出たら楽しいのにって思ったのに」
「遠距離攻撃は制御が難しいんだ。むしろそっちのほうに魔力がたくさん必要なくらいなんだよ」
手元で暴発するなんて論外だし、当たらなければどうということはない。セフィリアの最強の攻撃魔法である『風炎狼の咆哮』ですら使用魔力の半分以上を制御に費やしている。
「ん~?遠距離攻撃じゃなきゃいいの?」
コロネは小首を傾げながら尋ねてきた。
「だいたいはな。勿論内容にもよるが」
「こう、手元でばーん!って感じなら大丈夫?」
「できなくはないが扱いが難しいぞ?」
コロネのばーん!が何を示してるかイマイチ自信無いが、拳先で小爆発を起こすような魔法ということだろう。飛ばさない分マシだが自爆しないようにする事に気を使いそうだ。
なんて思ってたらコロネが何かを企んでいます!という顔で近寄ってきた。
「にへっ、おにいちゃんおにいちゃん、こんなことできるかな?手と足にね…」
「ふんふん、それくらいなら出来るんじゃないか?今すぐは無理だけど2,3日で作っておくぞ」
「ほんと!やったぁ!」
ぴょんぴょんと俺の周りを跳ねていた。ふとティアラの姿が目に入り、
「ティアラ、お前は何か作って欲しいの無いのか?遠慮するなよ」
そう水を向けるとティアラはおずおずとお願いを言ってきた。それを聞き取り出来そうだと考え、
「了解、それも何とかなりそうだけど、見本あるかい?」
「はい、これと同じものをできたら…」
「確かに。じゃあ楽しみに待っててくれ」
「あ、おにいちゃん!えっとね…おかあさんとセフィリアおねえちゃんには秘密にしておいて欲しいの」
コロネは上目遣いでお願いしてきているが、その目の中はイタズラ直前のキラキラした輝きを放っている。ティアラはティアラで何かを決心したようにコクリと頷いていた。
「お前ら…あとでどうなっても知らんぞ?」
少し呆れ気味ながら返事をしたが、結末が碌でも無いことだけは確かだろう。
「えへへぇ~」
「まったく…さて、俺は外で風呂入るがお前らはどうする?」
「はいる!」
「ご一緒させてください」
「じゃあティアラは着替えを、コロネは…さすがに真っ暗すぎるから光源を周囲に撒いてきてくれ」
描画魔法で作った魔力電池付きランタンをコロネに手渡し、俺は風呂の構築に移った。
実は普段、ティアラやコロネ達と一緒に風呂にはいるという機会はあまりない。別に嫌っているわけではないのだが、一緒に風呂にはいるとティアラは何かと俺の面倒を見ようとするし、コロネはまあ元気が良すぎるのだ。ちなみにミストさんとセフィリアはあっち方面が抑えられなくなるから遠慮している。
以前セフィリアに俺の考えをこんな一文にして伝えたのだが、
「風呂に入る時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんていうか救われてなきゃあダメなんだ」
「黙ってはいってこい、馬鹿者」
と言われ相手にされず、少し悲しかった。
風呂を描画魔法ででんと出し終わったころ、ティアラは着替えを、コロネはライトの散布し終えおもちゃを持ってきた。
「さて入るか」
「はい」
「はーい!」
俺が抜いだ服をティアラは綺麗に畳み、すぽんと脱いだコロネは浴槽に突入していった。
「コロネー、湯船に入る前に体洗えよー」
「はーい」
といってもコロネはカラスの行水でちゃきちゃき体を洗うと、木で出来たアヒルと共に湯船に飛び込んでいった。
「まったく…」
ティアラはいそいそと俺の背中を流し始め、俺は俺で体を洗い、ピカピカなった俺は湯船に入って息を長く吐いた。大の字になっていると隣にティアラが寄り添い、コロネはアヒルを追いかけている。
晴れてきた雲の隙間から流れ星が見え月の光が降り立ち、木々をほんの僅か照らしていた。
「ところで二人共、なんでセフィリアとミストさんには黙ってて欲しいなんて思ったんだ?驚かしたいってのは分かるんだが」
「えっとね、セフィリアおねえちゃんがコロネに教えてくれるのはすごく感謝してるの。感謝してるんだけど…あそこまでぼろぼろにされたら、少しは仕返ししないと気が済まないの!」
コロネは浴槽で仁王立ちし決意を新たにしているが、その格好だとまったく締まらんぞ。ティアラもティアラで同じ考えらしくコクコクと頷いていた。
普段の訓練が厳しいのは知っていたが、やはり二人共鬱屈するものがあったらしい。
しかし、鬱憤を晴らした後どうなるんだろうね?
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