薬草
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薬草を渡したことで、心持ちが若干ではあるが軽くなった。まだコロネの熱が下がったわけではないのだが、必要な薬は揃い経過観察を待つだけとなれば、ある程度の肩の荷が降りたような気分だった。
街の中を堪能するようにゆっくりと歩き程なく冒険者ギルドに到着した。朝のギラついた雰囲気とは違い仕事後の緩慢な空気が漂っているなか、品を納入する受付に向かった。
「こんにちは、依頼の完了の報告です」
「お疲れさん、ギルド印出せや」
「…」
俺は黙って左手のギルド印を浮かび上がらせ、提示した。
納入品を鑑定するギルド職員は腕の毛ボウボウの厳ついおっさんだった。背後で作業してる職員も顔に傷があったりと、なんとなくヤクザな印象を受けた。受付は見目麗しい女性が多いのに、なんで納入場所は今にも討ち入りに行きそうな人達ばかりなんだと思ったが、品を扱うその手つきが熟練の冒険者を彷彿とさせる動きだった。
「…おめえがソーイチローか。ふん、で、品は?」
”熱さまし”の薬草をカウンターの上に並べると、腕毛のおっさんは鑑定を始めた。
「ほう、中々新鮮な薬草だな。大暴走前と遜色ない薬草…どころかそれ以上だな、これは。近場に生えてる薬草じゃこんなに濃い紫にゃならねえ。どういうことだ?」
腕毛のおっさんはギロリと睨みつけ、嘘は許さんと目で語っていた。
「近くでは無いですよ。ここから100km以上離れてるところから採ってきたやつです」
「ああん?そんなところから採ってきてこの品質になる訳無いだろ。だが嘘をついてるわけじゃ無さそうだな」
腕毛のおっさんの眉間のシワが1本増えてた。
「俺は持久力があがるように身体強化を使えるんで休まず走り続けられるだけですよ。あと、冷却の魔法をしっかりと使いながら戻ってきたから品質が良くなっただけかと。あと考えられるのは、滅多に人が入らないところから薬草を採ってきたからとか?」
腕毛は何かを思い出すようにこめかみを揉み、
「……ああ、そういえば森深くにある薬草は濃い紫だった記憶があるな。ってことはおめえさんの言葉にゃ嘘は無さそうだな。で、これをいくらで売りたい?」
「一本10zでしょ?その価格で構いませんよ。薬が切れてて困ってる人もいるでしょうし」
「ばっかやろ!!!」
腕毛の破れ鐘をつくような大声はギルド中に響き渡り、注目を一斉に集めた。が、大声を上げた人物が腕毛だと分かると、
「なんだ、いつものやつか」
「また新人がやらかしたか」
「お、もうこんな時間か、そろそろ帰るか」
とベテラン陣は慣れた様子であった。そんな会話を腕毛は気にもせず、
「てめえはいい品持ってきたんだから買い取り価格を引き上げる交渉が出来るんだよ。それは冒険者の権利であり義務だ」
「は、はあ…」
「ちっ、分かってねえな。いいか、お前の持ってきた良品を10zで売ると、この品質じゃないと10zで売れなくなるんだよ。今までの薬草を持ってきても8zや6zで買い叩かれるかもしれん。そうなると薬草採取で食いつなでる新人の生活はどうなる?路頭に迷わせる気か?」
安易に相場を崩すな、ということだろう。勿論俺が持ち込んだ量だけで簡単に相場が下がるとは限らないが、これを期に値下げ交渉が行われる可能性もあるかもしれない。
「なるほど、理解しました。ではこの薬草を高く買ってもらえるということでしょうか?」
「いや、それとこれとは話が別だ」
「なんでやねん…」
がくりと脱力する話だった。
「当たり前だろ。俺はギルド職員で買う立場なんだからよ、高く買います、とか言うわけないだろ?」
「ごもっともですね」
そこまで言われて少し冷静になろうと考え、息を大きく吸った。
「価格の件ですが、やはり10zのままで構いません」
「ほう?」
腕毛は目を細め、俺に言葉の先を促した。
「元々この薬草は仲間の解熱の為に採ってきました。それの余りなんです。で、この薬草を採ってくるためにギルドから優先通行証を発行してもらいました。薬草の鮮度を守る為という名目はありましたが、それでも私事が大半でしたし、それを踏まえた上で通行証を発行してくれました。その恩義に報いる為にも提示された価格のままで構いません。その薬草をどれだけ高く売るかはギルド側の自由にしてください」
「ほう」
腕毛はしばらく腕組みしたまま考えていたが、薬草を定価で買うことに決めたらしく460zと薬草を2本俺に渡してきた。
「これは?」
「Eランクの依頼の中央上の依頼を見てこい」
それだけ言って、腕毛はバックヤードのほうに戻ってしまった。
「なんだったんだ…まあいいや、依頼見てくるか」
そうして首を傾げながらEランクの依頼を見に行くと、
【急募!】
【”熱さまし”の薬草を1本1万zで2本まで買い取ります。】
【期限は本日中、ナルニール商会まで直接届けてくれる方に限ります】
【薬草の状態によっては買い取り価格の上乗せもあります】
「こんな依頼あったのか…ここまで高値ってことはよっぽど薬草が必要な人なんだな」
かなり美味しい依頼にも関わらず、やはり期限が足を引っ張っているようで誰かが手に取ることは無かった。依頼を受ける前に品物を揃えようとしている冒険者はいるのだろうが、偶然とはいえ薬草を持って帰れたのは俺が最初のようだった。
腕毛に感謝しつつ、ペリッと依頼書を剥ぎ取り受付を済ませた。すでに現物はあるため帰りの足でナルニール商会とやらに向かうだけという、お使いイベントが霞むほど簡単な依頼だ。
なお、ナルニール商会は王都に本店を冓えフィールは一支店でしかないのだが、それでもフィール最大の商会といえばナルニールになるそうだ。
もちろん街の者なら誰もが知っているため受付嬢に場所を聞いた時、なんでそんなこと知らないんだ?と怪訝な顔をされたのはちょっと恥ずかしかった。
大通り沿いの角という絶好の立地であるため道に迷いようもなく現地に着くと、
「え~と、ここか…ってデカ!」
複数の落ち着いた色合いのレンガを綺麗に配色し、窓は立板ではなく魔獣の羽をふんだんに使い太陽の光を建物の中に取り入れ、採光を注力した美しい建物だった。人の出入りも激しく、客層は裕福な人が多そうで立派な服を着た人が多かった。
一方俺はというと鎧大トカゲと戦った影響で服は破れ泥まみれのままで、浮浪者と思われてもおかしくない格好だ。目に見える泥は落としたが、ローブの染みや泥臭さまで消せるものではなかった。
「やべ、この格好でも平気か?今更戻るのもなぁ…」
それでも薬を早く必要としている人がいるだろうと考え、無礼を承知でこのままでいくことにした。
店の大きな入口には店を警護する大男が両脇に控えていて、俺が近づくと警戒するように手に持っている棍棒を俺に突きつけ、俺を呼び止めてきた。
「そこの男、止まれ!貴様のような者が店に近づくんじゃない!」
「あー、俺は冒険者ギルドで薬草採取の依頼を受けた者です。薬草を持ってきたので担当者にお取次を願えませんか?」
そう俺がお願いすると、警護の男は俺を下から上まで舐めるように見た後、侮蔑したように言い放った。
「はっ、馬鹿言うな!このナルニール商会にへ来るのにそんな薄汚い格好で来る奴なんかいるわけ無いだろ!」
実際その通りで、店を出入りしている人達は俺のことを薄汚い浮浪者のような目で見ていた。まあ仕方がないとはいえ、この仕打は中々に辛い。しかし、一人の客が俺を訝しげに見た後、慌てて店内に戻っていった。
「では薬草を納入できる裏口などを教えて頂ければそちらに…」
「しつこい!昼から貴様みたいな偽業者が何度も何度も来てるんだよ!これ以上口を開くなら力を持って排除する!」
「ですから、ギルドから依頼を受けたと。これが依頼書」
最後まで俺に言わせず、袋から出した依頼書を男は振り払った。有言実行がこの男の信条なのか、次の警告も無しに棍棒を振り下ろし骨の一つは折れるだろうという強烈な一撃を放つ。が、
「『楔の盾』」
瞬時に展開された堅牢無比たる魔法の盾は、その棍棒の一撃を受け止めびくともしなかった。
『楔の盾』に自分の一撃を防がれたことに男は驚き、しかし諦めることなく連撃を放ち続けている。足を狙い金的を狙い頭を狙い、もはや大怪我も厭わない攻撃をしている。
「この!きさま!抵抗、するなぁぁぁ!」
男は大上段からの全力の一撃を放ってきたが、これに棍棒が耐え切れず、ボキリと折れどこかへ飛んでいってしまった。
「あまり良い武器じゃ無かったみたいですね。で、気は済みました?俺も依頼でここに来てるので簡単に引き下がるわけにはいきません。いい加減話が分かる人を連れてきてくれませんか?」
「くそ!おい、応援を」
「呼ぶ必要はありません」
そう言ったのは店内から現れた一人の男だった。年の頃は40を少し過ぎ、男だが紺色のエプロンを付け、表情は柔和だが目はしっかりと俺を捉えていた。そして俺の近くまで来たと思ったら、がばっと土下座を始めた。
「うちの従業員の無礼、誠に申し訳ありません」
「何言ってるんですか支配人、浮浪者相手に」
「馬鹿者!!」
支配人と呼ばれた男の行動と言動に、男が狼狽えオロオロし何をしていいのか分からないようだった。
「早く膝をつき頭を垂れろ、愚か者!この方はフィールの守人にして”星屑の夜梟”、ソーイチロー様であるぞ!!」
「え?こんな小汚いのが?」
いつまでも戸惑っている男に苛ついた支配人は強引に男に膝をつかせ額を地面にぶつけるように頭を下げさせた。男はうめき声を上げているが、支配人は一顧だにしなかった。
「誠に、誠に申し訳ありません!」
正直、大商会とはいってもこんな門番を雇っているなら印象最悪だ。だが敵対すると面倒な事になるかもしれないから、とっとと依頼を済ますに限る。
「いえ、そういうのいいんで。それより依頼の遂行をしたいのですが構いませんか?あ、依頼書が捨てられたままだった」
キョロキョロと探すと少し離れたところに落ちていた。あまり風が無い日で良かったが、依頼書には足跡が付いていた。
「ちょっと足跡が付いてて申し訳ありません。それで”熱さまし”の薬草はどこで渡せばいいですか?」
「許して頂くまで頭を上げるわけにはいきません」
「…薬草を早く欲しい人がいるからこそ、この値段になったんですよね?でしたら手続きを済ませ早く薬草を届けてあげて下さい。では薬草をお渡ししますので確認願います」
人通りも人目もあるが、早く渡してとっととコロネの看病に戻りたい。袋から薬草を取り出し、支配人に差し出すとやっと立ち上がって受け取った。
「………確かに。良い薬草です」
使用人にペンを持ってこさせた支配人は依頼書にサインをして依頼完了となった。薬草は使用人に持たせ、さっそく熱を出している人のために使うようだった。
「これで病気も治るでしょう。ソーイチロー様、よろしければ店で歓待させて頂きたいのですが」
「それはまたの機会で。仲間が高熱を出しているので様子を見に行きたいんですよ」
「…左様ですか。ではまたいずれ。我が従業員の無礼、重ねて申し訳ありませんでした」
「早く熱が下がるといいですね。では」
たかがお使いだと思った仕事が随分と時間を取られてしまった。早くコロネのところに戻ろう。時間が掛かってしまったからお土産に美味しい果物でも買って。段々と品物が充実してきている市場を見ながら、ミストさんの家に向かった。