高熱
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翌朝、コロネが熱を出した。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「コロネ?どうした?」
「コロネ、調子悪いの?」
おでこに手を当てると熱い。39度くらいだろうか?昨夜は3人共裸で寝たため、ひょっとしたら風邪を引いたのかもしれない。
服を着てリビングに出るとちょうどミストさんがセフィリアを出迎えていた。おはようと挨拶をしようと思ったが、セフィリアはいつも持っていないカバンを脇に抱えていたので少し考えてしまった。
「おはよう、ソーイチロー。昨夜はお楽しみのようじゃったな」
ニヤリと俺に笑いかけていた。しかしセフィリアの軽口に言い返すこともせず、
「おはよう、セフィリア、ミストさん。コロネが風邪を引いたかもしれません」
そう言うと、セフィリアとミストさんはお互いを見、ティアラとコロネの部屋に向かった。すでにティアラがコロネの服を着せていたようで装いはいつもどおりになっていた。
「コロネ、大丈夫?」
「コロネや、どこが辛いのかのう?」
幸い、コロネの意識はあるようで、辛そうながらもそれぞれ答えていた。
「えへへ~…大丈夫だよ?頭がぼ~っとするけど…」
「他に痛いところは無いかの?」
「う~ん…からだじゅう、なんか痛い気がする…」
「なるほどの。ティアラ、水タオルで頭を冷やしてやってくれ」
ティアラは急いで用意しに向かった。
「まだなんとも言えんがの、コロネ、お主は急変性魔力拡大症かもしれん」
「昨日お話してくれたこと?」
「そうじゃ」
それだけ聞いたコロネは再び寝入ったようだった。ここで話し続ける訳にも行かず、看病のティアラを残し俺たちはリビングに戻った。
「で、急変性魔力拡大症って?」
昨日、ミストさんの家に居なかったのは俺だけだから、知らないのも俺だけかもしれん。
「うむ、ソーイチローには話していなかったがの、コロネの現状は予測のうちのひとつじゃ。急変性魔力拡大症とはな、その名の通り急激に所持魔力が増えた時に掛かる症状じゃ。主に小さな子供が成長と共に魔力が増えた時になる場合があるのじゃ。体が急の魔力増大についていけず、発熱や倦怠感、嘔吐、全身が痛くなる等の症状がでる」
「それは命に関わる病?」
「いや、症状の軽重はあるが、だいたいの子供は掛かるからの。ティアラはすでに終わっていて、コロネはまだだったそうじゃ。コロネは生まれた時から魔力が0らしいからの、掛かりようがなかった、が正解かもしれん」
「なるほど…。切っ掛けは間違いなく俺のアレだよな、いやまて、知ってたなら!」
そこまで叫んで俺は止まった。コロネは俺に抱かれたら急変性魔力拡大症になるかもしれないと知っていた。それを押してでも俺を求めたのは彼女の贖罪と強くなりたいという想い。もし俺が事前に急変性魔力拡大症になると知っていたなら止めたかもしれない。だから俺だけには知らせなかったのか…。
「そういうことか…」
「そうじゃ。事前に想定されることは話してあったのじゃが、それでもと言ってきたのはコロネじゃ。それにどうせ抱くことになるのじゃ。今か先かの違いでしかないのなら、黙っていたほうが余計な気を使わんでも済む。それに存外、男は繊細じゃとも言うしな」
自分の頬をパンと叩いて頭を切り替える。
「分かった。で、俺にできることは何か無いの?」
「無いぞ」
「えええ…ここまで引っ張っておいてそれかよ…」
「元々2,3日で治る病じゃからな。栄養取って水タオルで頭冷やしておればなんとかなる。ああそうじゃ、水タオルの代わりに頭を冷やす魔法をお主の描画魔法で作れんか?」
「お安いご用だ。凍えるぐらいに冷やしてやるさ。そういえば魔法で絶対零度って出来るのかな?」
「ほどほどに、ほどほどにじゃぞ?何やら不穏な言葉が聞こえたのが気になるがな…」
それから三日間、適当に作った『氷嚢』の描画魔法をコロネの側で使い続けていた。『氷嚢』には魔力電池を組み込んであるため、多少俺が席を外しても『氷嚢』の描画魔法が途切れることはないようにしてある。
しかしその後も、一向にコロネの熱が下がることは無く、相変わらず高熱にうなされていた。果物のすり下ろし等の食べ物は辛うじて口に入れてはいるが、段々と熱が上がってきているためか意識が朦朧としている時間も増えてきている。さすがに心配になってセフィリアに確かめた。
「セフィリア、コロネの熱が下がらないのは他の病が考えられないの?」
「いや…急変性魔力拡大症で間違いは無いはずじゃ。症状はまったく同じじゃし、罹患したタイミングを考えても他の病とは考えにくい。ただ、魔力が全く無かったことと、些かコロネは年齢を過ぎている事もあるのかのう、症状が重いんじゃ」
「うーん、さすがに高熱が続きすぎてないか。解熱剤は無いの?」
「ある。あるが、副作用もあるのじゃ」
「どんなの?」
「最大放出量が下がるらしい。他にも色々と不具合が出るようじゃな。魔力を扱うのに最適な体を作っているところに、薬で熱を下げてしまえば本来とは違った体になるのではないか、と言われておる。まあはっきりしたことは不明らしいがの」
コロネの望みは強くなること。それに反して解熱剤を使えば望みが叶えられない可能性もある。しかし、このまま高熱が続いては…
「だけどこのまま放っておく訳にもいかないよね。あと1日待っても熱が下がらなかったら解熱剤を使うということでどう?魔法を使う前に高熱で後遺症が出るほうが問題だと思うんだけど」
「そうじゃな…その通りじゃな。今日一日様子を見て、熱が下がる様子が無かったら解熱剤を飲ませようかの。よし、ワシは解熱剤を買いに行ってくる。ソーイチローはそのままコロネの看病を頼む」
「了解」
セフィリアはミストさんに現状を説明し、解熱剤を買いに行った。セフィリアを見送った後、俺はティアラとコロネの部屋に戻り『氷嚢』の描画魔法を再起動した。人の気配に反応したのか、コロネが薄っすらと目を開け、
「おにいちゃん、ごめんね…早く元気になって…守るから…」
それだけ言って、再びコロネは気絶するように寝入ってしまった。
「コロネ…俺を守る前に自分を守れよ…」
ティアラがコロネの汗を拭き、水差しで口に水を含ませていた。
「この子も誰に似たのか頑固ですから」
「ティアラ、昨夜あまり寝てないだろ。俺が代わるから寝ておけ」
「少し交代の時間には早いようですが」
「やる事変わらんから気にするな」
「分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます」
ティアラは仮眠の用意をし、ミストさんの部屋に向かった。コロネの看病はミストさんとティアラで看ると言われたが、『氷嚢』が使える俺も側に居た方がいいと言い張りコロネの看病をしている。結局セフィリアも含め4人ローテーションを組んでコロネの看病をしていた。
ティアラが居なくなった部屋にはコロネの荒い息だけが部屋に響き、彼女の様子が良くなることは無かった。
お昼も近づいた頃、セフィリアが慌ただしい様子で戻ってきた。
「ソーイチロー、少しこっちでいいか?」
とリビングに手招きされたため、『氷嚢』の魔力電池に多めの魔力を注ぎリビングに向かった。リビングに入るとセフィリアとミストさんがが難しい顔をしていた。
「どうした?解熱剤買ってこれた?」
「その解熱剤が売っておらんのじゃ」
「どういうこと?」
「解熱剤は魔獣の森ならどこでも生えている”熱さまし”という薬草から作られておる。じゃがな、先の大暴走でこの薬草をゴブリン共が食い尽くしたようでな」
この薬草は入手が容易である一方、保存は利かない。根っこごと持ってきても薬効成分が消えてしまい意味が無いらしい。普段は街に近い所で採取できて年中を通して採取可能なため、冒険者の採取依頼でまず最初に受ける依頼の一つとも言われている。
しかし、その薬草を悪食で有名なゴブリン達が数に任せて食い尽くした、ということらしい。根が残っていればいずれ生えてくるので全滅という訳では無いが、必要な時に無いのが問題だった。
「すまん、ワシが見通せてなかった」
セフィリアは悔しそうに頭を下げているが、事前にゴブリンの大暴走の食害まで見通せというのは無理な相談だ。
「セフィリアのせいじゃないって。魔獣の森ならどこでも生えてるってことはある程度奥にいけばあるんだよね?」
「その通りじゃ。ワシの家の近くなら恐らく残っておると思う。そこでソーイチローにお願いがある、ひとっ走りして採ってきてはくれんか?」
「お安いご用だ。だけど”熱さまし”の薬草って保存利かないんだよね?どうやって持ってこればいい?」
「冷やして持ってこれば五日は持つそうじゃ。じゃが、冷やしながら魔獣の森を駆け抜けねばならん。かなり難しいとは思うがなんとか頼む」
セフィリアの庵まで片道およそ150km、尚且つ手に運搬物を持ちながら魔獣が闊歩する森林を三日以内に駆け抜ける。普通の冒険者なら絶対に不可能なこの任務だが、長距離走に特化した俺ならやれる。
「任せろ、じゃあちょっと行ってくる」
さっそく身一つで飛び出そうとした俺をセフィリアは止めてきた。勢いが削がれるんだけど…。
「まてまてまて、まずはギルドで薬草採取の依頼を受けていけ。受付で事情を話せば優先通行証を発行してくれるじゃろ」
フィールの街に入る時、普通は入り口で長い長い順番待ちをしてやっと入門できる。しかし特別な事情がある場合は事前に優先通行証を発行してもらい、順番待ちを飛ばすことができる証書だ。
確実に発行してくれる訳ではないが、もし発行されなかった場合は依頼を受けなければいいだけだし、寄り道する価値は十分にあるだろう。
「分かった。じゃあちょっと行ってくる」
「あ、ソーイチローさん。待って待って」
と、今度はミストさんが止めてきた。こう、出足がくじかれるんですが…。
「はい、道中のお弁当。お腹すくでしょ?時間が無くて簡単な物しか出来なくてごめんなさいね」
ミストさんはお弁当を渡してきた。確かに簡単に作ったサンドイッチのようだったが、いつのまに作ったんだ?容器も途中で捨てられるように包み紙で包んであるだけだし。
俺は普通の冒険者より随分と移動距離を稼ぐことができるが、走ってる最中は猛烈にお腹が空くためありがたい配慮だった。
「ありがとう。道中楽しみだよ。では今度こそ行ってくる」
今度はティアラの番かと確認したが、薬草を入れる袋を手渡されコロネをお願いしますと頭を下げるのみでそのまま見送ってくれた。