不意打ち
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「…う・し・ろ?」
セフィリアがそう言っていると気づいた瞬間、脇腹が燃えるように熱くなり、手を当てると血が付いていた。
「…なんだこれ?」
と手のひらを見ながら呟くと、喉の奥からコポリと血が溢れセフィリアから貰ったローブを汚してしまった。
血だと気づいた途端に体から力が抜けていき、膝が折れるように、自分の血溜りに向かって俺は倒れていった。
「は…はは!やった、やったわ!とうとうあの卑怯者を倒したのよ!!そうよ!私が男如きに負ける訳にはいかないのよ!!ちょっと何よ!私に触らないで!あいつが、あいつが先に攻撃してきたのよ!!じゃなきゃ私が負ける訳が…!!」
頬を自身の血で汚しながら後ろを見ると、こちらに手を向けたままのバニルミントが喚き散らしながら立っていた。周囲の人達はバニルミントを取り押さえようとしているようだが、腕を振り回し鬼気迫る彼女の様子に気圧され、取り押さえるには至っていないようだった。
「ソーイチロー様!!」
「おにいちゃん?!」
急いで俺に駆け寄ってくるティアラとコロネに「大丈夫だ」と言おうとしたが、出てくるのは血だけだった。
ほんの少し遅れてやってきたシルクさんも顔を白くしながら急いで何かの指示を出しているようだったが上手く聞き取れなかった。口の中に溜まっていた血を吐き出し、シルクさんに伝えなくちゃいけないことを伝える。
「……ペッ。シルクさん、まだ森に巨大種が居ます…追撃を」
それを聞いたシルクさんはコクリと頷きどこかに指示を出していた。それを見た俺は、やるべき事を終えたと思えた瞬間、目の前が暗くなっていくのを感じた。
………
……
…
夢すら見ることのない眠りから目が覚めると、俺は妙にふかふかなベッドに寝ていた。
「…なんだここ?」
そうつぶやいたつもりだったが、出た声は随分としわがれた声しか出なかった。
右手が動かないと思って見ると、泣き疲れたコロネと目にうっすらと隈を作ったティアラがベッドの脇で俺の手を握りながら仲良く寝ている姿だった。
そんな二人の様子を見て意識が落ちる前の事をやっと思い出せた。
コロネの頭をゆっくりと撫でていると、
「…ん…おにいちゃん?」
「おう」
「おにいちゃん…?おにいちゃん、おにいちゃんあああああんうわあああああん!」
ボロボロと泣きながらコロネが飛びついてきた。まだ若干穴が開いた腹が痛いのだが、泣く子には勝てなかった。
「ご主人様…」
「おう、ティアラもおはよう」
「よかった…よかったです…」
コロネのように飛びつくことも無かったが、手を強く握りしめポロポロと涙を流していた。
まったく、女の子は泣かすもんじゃないね。
コロネの声が外にまで聞こえたのか、しばらくするとセフィリアとミストさんも部屋にやってきた。
「よ」
「何が、よ、じゃ!!心配させおって…」
「ごめん、心配掛けちゃって」
「ソーイチローさん、体調はどうです?」
そう声を掛けてきたのはミストさん。セフィリアもミストさんもあまり寝ていないらしく、本当に心配かけたようだった。
「まだ力が入らないくらいですかね。ああ、ちょっと飲み物取ってもらっていいです?」
それを聞いた瞬間、ティアラはピタッと涙を止め、すぐに飲み物を用意し手渡してくれ…ずに飲ませようとしてくる。自分で飲めると言ってもティアラは聞く耳持たず、まあ気が済むまでやらせればいいかと考え、飲ませてもらった。
「ふう…身に染みるね。それでここどこ?できれば状況の説明をお願いしたいところだけど」
周りを見渡すとシンプルだが品の良い家具が備え付けられている部屋だった。今俺が寝ているベッドにしても、そんじょそこらの宿にあるベッドとは比較にならないほど寝心地が良い。着ている寝間着もシルクのような肌触りで非常に着心地がよく、見掛けも実用性も重視した部屋だった。
「ここはフィール辺境伯の別邸じゃな。街を救った英雄を宿に戻すのも忍びなかろうということでここの世話になっておる」
「どうりで…」
「お主の腹に風穴が開いた後はな、出番が無かった治癒術士が寄って集ってお主に治癒魔法を掛けていたぞ。あんな贅沢な使い方は見たことが無かったわい。まあ近くに治癒術士が居なかったら命が危なかったんじゃから、ありがたいことじゃ。治癒魔法を掛けてからお主は2日ほど寝ていたぞ」
治癒術士の出番を尽く潰した俺に恩返しというか八つ当たり気味だったのかもしれない。助かったのだからありがたい事だ。
それにしても初めて治癒魔法に掛かったが、腹に開いた穴が2日で治るのか…
「大暴走じゃがお主がゴブリンの殆どを全滅させた後、巨大種のゴブリンロードをガイルとファフニールコンビが倒して終了じゃ」
「追撃が間に合ったんだね、それは良かった」
「あとは大暴走の防衛に最も貢献した者は間違いなくソーイチローになるそうじゃ。ギザルムが言っておった」
「よし、目標達成だね」
「うむ、本当にようやってくれた」
と一息ついて、
「それでバニルミントじゃが…」
セフィリアがその名前を出した途端に、熱を伴う殺気が放たれ俺に向けられたものでもないのに鳥肌が立った。残りの三人もセフィリアの様子に驚き少し怯えているようだった。
「セフィリア、落ち着けって」
「む、すまんな。今は捕まって取り調べを受けておる。まあ結果は間違いなく死罪じゃろうな」
「そうなんだ?」
「ただの傷害なら死罪にはならんが、今回は大暴走の防衛中の傷害、しかも最も防衛に貢献した者を己が欲望のみで殺そうとしたんじゃ。下手をしたら街が大暴走に飲まれていたかもしれんからの、絶対に街の住人は許さんじゃろ」
「まあ俺も擁護する気が起きないしなぁ」
ふう、と一息ついてベッドに身を沈めるとドアがコンコンとノックされた。するとドアの向こうから男の人の声が聞こえてきた。
「はい」
「フィール辺境伯の侍従長を勤めておりますアリオスと申します。ソーイチロー様がお目覚めになられたと聞いて伺いました。入室してもよろしいでしょうか?」
「あ、どうぞ」
物音を立てずに入っていた侍従長はパリっとした燕尾服を来たバリトンボイスの老紳士だった。
「ソーイチロー様、ご快癒おめでとうございます」
アリオス侍従長はそう言って折り目正しくお辞儀をしてきた。
「あ、いえいえ、こちらこそこんな素晴らしい部屋を充てがって頂きありがとうございました」
俺もベットの上から頭を下げると、何故かみんなも頭を下げていた。
「お起きになったばかりで大変恐縮ではありますが、もしソーイチロー様がお話出来そうでしたら、我が主が少々話しをしたいと申しております。如何でしょうか?勿論ベッドに寝たままで構いません」
「はい、大丈夫です」
了解するとそのままアリオス侍従長は退室し、フィール辺境伯を呼びに向かった。
主人公がこのような目に会うことに批判があるかもしれません。
ですが、どうしても実感したほうが良いと考えこうなりました。
この件で3名の意識が変わります。
またバニルミントの罰し方が甘い!とも言われるかもしれませんが、
これくらいでご容赦を。