しつこい
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「誰じゃ、この偉そうな女は?」
「ああ、ほらあの話しに上がってた魔法使い。稼ぎに行こうとしてたのに…厄介事が…」
「あのあほう使いか。で、なんの用じゃ?」
バニルミントはあほう使いについては聞こえてなかったのか気のせいだと思ったのか、何も言ってこなかった。
「誰よあんた?まああんたなんかどうでもいいわ。そこの男、よくもこの間は不意打ちしてくれたわね。黙ってあの宝石箱を寄越すか…さもなくば決闘しなさい!」
「え?嫌に決まってるでしょ」
「嫌、じゃないわよ!あなたのずる賢さのせいで、まるで私が赤級のカスに負けたような噂が広がってるのよ!!」
赤級とは魔法使いのランクを示し、赤・オレンジ・黄色・緑・青・紫と上にくるほど強力と言われてる。それにしても俺の居場所がバレたり赤級って知ってるってことは、どこかで情報屋でも雇ってるのか…
「はぁ…それはご愁傷様です?」
「あなたね…どこまで馬鹿にすれば…」
ギリギリと歯ぎしりがここまで聞こえてきそうだ。
「馬鹿にしたつもりは(それほど)無いんだけどね。それにあの場はああしないと被害が広がりそうだったしな」
そう言った途端、バニルミントはニヤァと非常に厭らしい笑みを浮かべ、
「へぇ…私はちょっと驚かそうとしただけよ?それなのに、あなたは先に魔法使って、こ・う・げ・き、してきたじゃない。本当ならあなたが逮捕されなくちゃいけないんだから、私が官憲に進言したらどうなるのかしらね?」
例えバニルミントが告げ口しても逮捕されることは無いと話しには聞いている。しかし、その判断も結構灰色な決着であるため、ある程度は官憲が動かなくちゃいけないことは確かだろう。最悪は幾日かの抑留があるかもしれないし、便宜を図ってくれたコワード達に迷惑を掛けることにもなる。また、大暴走対策の描画魔法作成や魔力欠損症の治験が遅れることにもなり、今のこの時期は非常にまずい。
かと言ってこれで決闘を引き受けたら弱みを晒すだけなので、少し誤魔化すように仕向けるか…
「負けたからって今度は官憲に告げ口?随分とご立派な性根をお持ちですね。本当に魔法使いなのか?」
「な、なんですってぇぇぇぇ!!なんで男にそんなことまで言われなくちゃいけないのよ!そこまで言ったからには分かってるでしょうね!」
「分かった分かった、そうまで言うなら決闘くらい受けてやる」
先の逮捕云々は妙に小狡いと思ったが、今はかなり扱いやすい。ちょっと落差が大きすぎる気がするな…バニルミントに入れ知恵したやつでもいるのか?
そんなことを考えていると、バニルミントはこちらの意思を確認することもせず歩き出した。
「じゃあ付いてきなさい。場所は魔法使いギルドにある修練場よ」
「まて、ルールとかどうなってるんだ?」
「あなたそんなことも知らないの…相手が降参するか戦闘続行不可能になったら終わりよ。あ、そうそう、一応治癒術師はいるから大抵の怪我は治るわ。安心して嬲られてね」
バニルミントはチラリとだけこちらを見てきたが、その目はまるで鼠をいたぶる猫のようだった。
そんな目で見られて非常に機嫌が悪くなったが、気を紛らわすためかセフィリアがバニルミントには聞こえないように話しかけてきてくれた。
「で?何故決闘を引き受けた?普段のお主なら断ると思ったが」
「最初の騒ぎで俺から魔法使ったって話しだけどさ、それを官憲に言うって言ってるんだよね。一応決着は付いて官憲の人達もこっちの味方ではあるんだけど、判断としては結構灰色な所があったんだよ。それをあいつに突かれると呼び出しや拘束やらで結構無駄な時間を浪費しちゃうし、官憲の人達にも迷惑掛けちゃうからさ。ここで決着つけたほうが総合的に早く済みそうなんだよね」
「なるほどのう。それで、どうやって勝つんじゃ?」
「勝つこと前提かよ」
「当たり前じゃ。ワシに勝てる男などこの世にお主だけじゃろ」
口端を上げながらセフィリアは言ってきた。心地いいプレッシャーなんてものがあるとは思わんかったな。
「嬉しい事言ってくれるね。まあ多分『ショットガン』は対策取られてそうだから、押しつぶす、かなぁ。派手さは無いけどね」
「なるほどのぅ」
「あとさ、あのバニルミントの行動と言動があまり一致してないように思えない?」
「そうじゃな…うむ、言われてみればそうじゃの。あれが振りで無いのならば、内容と言動が合わんな。背後に誰かいるか…そういえば…」
「そういえば?」
「魔法使いギルドのな、議長がやたらと暗躍するのが大好きな奴なんじゃ。何らかの意図があるやもしれんな」
「じゃあこの決闘も?」
「どうじゃろうな。さすがに判らんわ」
「やる事は変わらないから、まあいっか」
それから10分ほど無言で歩くと、左手に妙に豪奢な建物が見えてきた。ゴシック建築風というのが一番近いだろう。太い大理石の柱一本一本に彫刻が施されていて、その上にアーチ状の石積みが乗っている。扉も分厚い一枚板に所々透明なガラスのような物がはめ込まれ、取手は銀に輝いている。観光名所にでもすれば入館料でも取れそうな建物だった。
建物は大したもんだが、問題は中にいる人々だった。バニルミントに連れられてセフィリアと俺も建物内に入った途端に突き刺さる視線。ギルドの中には女性しかおらず、まさに女の園…なのだが、俺だけ男とのなると周囲から「何あの男」という胡乱げな眼差しが向けられる。
「本当に排他的な雰囲気があるなぁ」
「ワシもこの雰囲気が嫌いでな。あまり近寄りたくない場所じゃなんじゃがな。前来たのも8年くらい前かのう、知り合いも殆ど残っておらんはずじゃ」
「何をしているの!!グズね!はやくこっちに来なさい!」
バニルミントの罵声と共に急かされ、そう言われた俺とセフィリアは偶然顔を向き合うと同時に肩をすくめ、やれやれといった感じで彼女についていった。
幾つかの扉をくぐると一気に視界が開け、室内に慣れた目には些かキツイ日差しが目に入ってきた。目が慣れると直径50mほどの円形の庭のような広場が伺えた。しかし庭と言っても草木は一切無く、地面は踏み固められた土のみでそれ以外には何もない。天井は無くそのまま空が望め、周囲を囲んでいる壁も外のゴシック風建築とは全く違い、堅牢な石積みで出来ている。所々に覗き窓のようなものが見え、その覗き窓からは幾人かこちらを覗いているようだった。ただその視線は…
「なんか感じ悪いなぁ…」
「まるで見世物小屋の動物じゃな」
「だよな。せめて実験動物くらいには関心払ってくれてもいいと思うんだけど」
「お主はそれでもいいのか…」
「そろそろ覚悟は良くて?お祈りも済ませましたか?」
「お天道さまには何時だって祈ってるさ…ところで治癒術師の姿が見えないんだが?」
「後から来るわ、後から、ね」
胡散臭えー…
「さて、始めますわ。そこのあなた、場外に退避していた方が安全ですよ。見学できる場所を誰かに案内させましょうか?」
セフィリアに…ではなく、女の人には優しいのか。偏ってるなぁ。
「いや、ワシはそこの壁際にでも控えておる。気にせず始めるといい」
「そう…くれぐれもお気をつけを」
そう言ってそれぞれの立ち位置に向かっていった。
戦闘は次回です。ごめんなさい。
あと戦闘の内容もごめんなさい。