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墓王!  作者: 菊次郎
オウルフォレスト学園
118/129

入江の魔獣

ご覧頂きありがとうございます。

 まだ日は昇らず薄っすらと朝靄が漂う中、猫人族の男二人は大きな魚籠びくと背丈の二倍ほどの長さの竿を持ち、鼻歌を歌いながら小さな釣り船に慣れた手つきで乗船した。


「ふぁぁ…やっぱ眠いや」


 大きなあくびをしかなり眠そうな茶髪の猫人族の男はそう文句を垂れていた。しかし、もう一人の黒い猫人族の男には眠気は無いようで、茶髪の猫人族をたしなめていた。


「何言ってんだよ、朝マヅメの時間帯が一番釣れるんだから我慢しろって。あと俺だけにオール漕がすな」


「眠いもんは眠いんだから仕方がないだろ?帰りは俺やるから行きは任せた!」


「そう言ってやらねえつもりだろ。よし、ここらでいいか。今日こそはお前より大物釣って、貴様の妹にプロポーズ申し込んでやるからな」


「へへっ、やってみろ。俺に勝ったら妹くれてやる」


 それ以降、黒い猫人族は結婚するために、茶髪の猫人族はそれを祝福するため、二人は黙って釣り竿を垂れていた。しかし今日はいつもと違って一匹も釣れなかった。さすがにおかしいと感じたのか、黒い猫人族の男が口を開いた。


「全く釣れる気配無いな…」


「そうだな、今日はもう仕舞にするか。これでお前の結婚は伸びたな」


「くそっ…おい、ちょっとまて、今水面に巨大な影が映らなかったか?」


「結婚できないからって幻覚でも見たんじゃないか?」


「違うって、確かに…」


 そう言って黒い猫人族の男は水面に顔を近づけた。その瞬間、黒い影は一気に大きくなり、それとともに一匹の巨大なサメが飛び出してきた。悲鳴を上げる間もなく黒い猫人族は水面下に引きずりこまれ、余波でボートは転覆してしまった。

 突然水に放り込まれた茶髪の猫人族は、引き起こされた異常事態に混乱を来していた。


「げほっげほっ、な、なんだいったい!?おい、おい、どこいった?冗談はよせ、早く上がってこい!」


 目の前で見せられた光景を受け入れることができなかった茶髪の猫人族の男はひたすら叫び、黒い猫人族の男を探した。しかし、水面に広がる血潮とその静寂さから、徐々に事態を飲み込んでいった。

 茶髪の猫人族の男は事態を飲み込むほど頭に血が上り、近くにあったオールを握りしめ、やたらめったらに水面を叩き始めた。


「ちきしょ、ちきしょ、チキショォォォ!!」


 入江にいつまでも叫び声が響いていた。



─────10日ほど後、学園教職員棟中会議室─────


 主要メンバーが集まり、最後に議長たるカーエン学園長が着席したのを見て、議事進行係が開催を宣言した。


「では『入江の魔獣対策会議』を始める。現時点で被害者は15名、数少ない生き残りの目撃情報から敵はサメ型の魔獣ということまでは判明している。また現在は入江内の小型船の航行禁止を継続しているため、被害者は増えていないが、禁漁期間も長過ぎると漁師の生活が立ちいかなくなる。そこらへんを踏まえて、各科に実行してもらった対策結果を発表してくれ。まずは薬学科から頼む」


 そう言った議事進行係だが、全ての対策は功をなさなかったことは知っていた。そして薬学科の代表は失敗したということをあまり大きな声で言いたくなかったのか、ぼそぼそとした声で話し始めた。


「生き餌に牛を使って入江の魔獣に毒を食らわすことには成功した。しかし、どの毒薬も効果はなかった」


「ふむ…何の毒を使ったか分からないが、もっと強い毒を使は無いのか?」


「これ以上は入江が汚染されて魚が食べられなくなる。それでもよければ試すが…」


 そう言ったとたん、入江付近を治める行政長が声を大にして反対した。


「それは困る!!あの入江の魚は地元民の主食だ!それに漁業を仕事にしている人達をどうするつもりだ!!」


「…強い毒はまだ様子を見よう。続いて攻城科の結果を頼む」


「俺たちは銛を射出する機構を作って攻撃してみが、殆ど当たらん。また当たっても水で減衰してダメージらしきダメージも無理だ。肌が柔らかければ、と思って試したが銛が跳ね返ってきた。おまけに一発当てると潜られてどうにもならん。やるなら強烈な一撃を当てるしかないんだが、やはり当たらん」


 打つ手が無いと攻城科の担当は首を横に振った。


「そうか…次、攻撃魔法科、頼む」


「無理、以上」


「…もう少し詳しく頼む」


「そんなことも分からないのですか…まず、水中にいる敵に火炎系や風系の魔法など無意味、石系の魔法も攻城科と大差ない、水系の魔法も相手が巨大かつ俊敏すぎてどうにもなりません」


 女魔法使いはそう尊大に答えていた。何もできないわりにその大きな態度に、議事進行係はぴきりと青筋を浮かべていた。議事進行係は冷静に冷静にと念仏のように唱えながら、他の対策を取った担当に発表をさせていたが、やはり色よい結果を出せたという発表は無かった。


 それからは新たな対策が無いかと喧々諤々に会議は進んだが、入江を封鎖して水を干上がらせるなど荒唐無稽なアイデアしか出ずろくに議題は進まなかった。

 しかし一人の参加者がふと思いついたように声を上げた。


「そうだ、今この学園にはセフィリア様がおられるではないか。彼女なら今の事態をどうにかできるのではないか?」


 すると他の参加者も次々と賛同の声を上げ、会議はセフィリアに依頼するということで決着が付きそうになっていた。しかし、それまで黙っていたカーエン学園長はおもむろに口を開いた。


「実はのう、事前にセフィリアに聞いておいたんじゃ」


「おお!それなら!!」


 喜びの声を上げる参加者とは裏腹に、カーエン学園長の表情はどこか疲れていた。


「そうしたらこう言いおった。「ワシの火力を入江なんぞにぶち込んだら、周囲の建物は全部壊れるぞ。それでも良ければやってやるが」だ、そうだ。具体的には入江沿いにある桟橋から周囲の倉庫や市場、旅宿などが全壊から半壊じゃな」


「「「「「…」」」」」


 あまりの被害予測に口をあんぐり開けた参加者は、そういえばとセフィリアの二つ名を思い出していた。傾壁やら竜肉喰やら、いずれも何かを破壊したり倒したりした物騒な名称ばかりだった。


「そういうわけで、セフィリアへの依頼は最終手段としたい」


 カーエン学園長に食い下がる参加者はいなかった。結局会議は元に戻り、お互いが思う事を言いまくるだけの場に成り下がり、その様子を見ていたカーエン学園長はため息をついた後、再び発言した。


「実はセフィリアから代案を示されておる」


 それまでの喧騒がウソのように鎮まり、参加者達はカーエン学園長の言葉に耳を傾けた。


「それは一体?」


「ソーイチローを使ってみれば良い、とのことじゃ。ソーイチローは知っておるか?」


 カーエン学園長がそう尋ねると、どこかで名前を聞いたことがあるような、という参加者が半分、残り半分は記憶になかった。それでも数少ないソーイチローの事を覚えていた参加者が、自分の記憶をなぞるように答えた。


「確かセフィリア様の弟子ということでしたな。たった数名の生徒に描画魔法系の講義をしていると聞きましたよ。おまけに魔力はまさかの最低ランク、赤級だとか。セフィリア様の推薦とはいえ、一体何をできるというのでしょうか?」


「そんなことワシも知らん。どうせ今だって大した案が出んのだから、ダメ元で依頼しても良かろう」


 そこまで言うと特に反対意見も出ず、なんとか意見が通ったことにカーエン学園長は誰にも聞こえないようにため息をついていた。


………

……


「と、言うわけでソーイチロー、なんとかしてくれ」


 セフィリアと共に自宅で魔法を開発中、カーエン学園長がいきなり家に尋ねてきたと思ったら、こう言っていた。


「…詳しい説明を求めます」


「セフィリアから何も聞いておらんか?」


 セフィリアの方を見ると、「あ」という口の形をしていた。どうやら俺に伝え忘れていたようだった。


「学園長絡みで話は聞いていないと思います」


「むう、しょうがない。一から話すか…」


 そう言って説明を始めた。そうして一通り話を聞くと、


「サメ型の魔獣討伐ですか。それはまた難度が高い依頼ですね」


「うむ…それで難儀しておってな」


「今わかってるだけの敵と入江の情報を教えてもらえます?」


 そう聞くと、現状分かっている事を教えてくれた。

 学園の文献を調べた所、過去に同じような魔獣の発見例は数例あるようだが、討伐例は無い。名前は付けられていなかったため、今回の騒動でオオセビロザメと名付けられた。体長およそ25mとかなり巨大で、水中に放った銛を跳ね返すほどの硬さを誇り、今のところ効いた毒も無い。

 入江は多少浚渫しゅんせつされているが深度5~20mと浅く、こんな所にオオセビロザメのような巨大な魔獣がいるのは異常だそうだ。恐らく餌場として覚えてしまったのだろう。


「聞けば聞くほどやっかいな相手ですね」


「で、どうじゃ?目処はあるか?」


「うーん…保証はありませんが」


「で、できるのか?!周辺住民もほとほと困り果てておるんじゃ、なんとか頼む」


 カーエン学園長はそう言って頭を下げてきた。色々と恩のある人だから、引き受けるのもやぶさかではないが、その前に…


「で、報酬はいかほどになりそうですか?」


 ごく当たり前のことを聞いたのだが、何故かカーエン学園長は妙に申し訳ない顔をしていた。


「それなんじゃがな…手付金無しで成功報酬のみで1000万zゼルじゃ」


「手付金無しかぁ…」


 俺は思わず渋い顔と渋い声を出してしまった。というのも、この手の依頼は普通は手付金が払われる。そうでなければ途中に掛かる経費を全部自腹になってしまい、依頼受諾者のみリスクが高くなってしまう。


「ただその代わりに成功報酬は高めじゃぞ」


「確かに高めですが…というか、ちょっと高すぎる気も?」


 日本円にして1億くらいだから、やはりかなり高い。


「財政課が手付金を出すのを渋ったのは、ソーイチローの実績が少なくてな。それを逆手に取って「どうせ出来ないと思うなら、成功報酬は高くしても問題無かろう?」とふっかけたら乗ってきおった」


 と、カーエン学園長も報酬に関して結構頑張ってくれたらしい。


「分かりました。できうる限り手を尽くしましょう。ですが、いくつかお願いを聞いてもらってもいいですか?」


 カーエン学園長に簡単なお願いをしたところ、快く引き受けてくれた。まあお願いといっても、単に当日オオセビロザメを引き寄せるような餌を用意してくれということだけだが。


 それからもう少し手続きや報酬に関して話を詰め、それが終わるとカーエン学園長は勧められた夕食を食べ、ご機嫌な様子で帰っていった。

 カーエン学園長が帰った後、のんびりと食後のお茶を楽しんでいると、セフィリアが今までの話で抱いた疑問を口にした。


「のうソーイチロー、カーエンの約束の期限を二週間としておったが本当に間に合うのか?さすがに水中となると勝手は違うぞ」


「うん、実は対潜攻撃の設計構想までは終わってるんだ。水深があそこまで浅いのはちょっと想定してなかったけど、基本的には既存技術で行けそう。とは言ってもいくつか懸念事項はあって、水中の挙動確認と弾道特性調査…かな?」


「話を振ったワシが言うのも何だが、妙に用意が良すぎんか?普通は水中の敵と戦うとは考えはせんぞ…」


 セフィリアは少しだけ呆れたような顔をしていた。


「まあ簡単に言うと、やられたら嫌な攻撃を想定し、その対策を練るっていう思考実験を繰り返した成果なんだけどね。対空、対地下とまあ色々と考えてあるよ」


「なるほどのぅ、ではその思考実験の中で、やられたら一番嫌な攻撃というのはどんなことじゃ?」


 セフィリアは半ば世間話程度のつもりで聞いてきたのだろうが、俺は思わずセフィリアにジトッとした視線を向けながら答えた。


「飽和攻撃だよ。特に全周を火炎で包んでくるような、誰かさんが好んで使うタイプの攻撃だね」


 飽和攻撃と言っても様々なタイプがあるが、一般的な飽和攻撃は弓矢などを使ってハリネズミにするような攻撃だ。しかし俺にとっては矢が雨の如く降ってこようと、『楔の盾』で防ぎつつ防壁に都度穴を開けて反撃すら問題なく出来る。

 ただ、セフィリアのようにまるでロケットの火炎にさらされるような攻撃だと、防壁に穴を開けた途端、内部は蒸し焼きになってしまう。だからセフィリアの攻撃魔法の場合は、亀の甲羅に閉じこもるようにひたすら耐えるしかないのだ。


「ほう、それはそれは」


 俺の湿った視線と少し棘の混じった言葉を向けられても、セフィリアはたじろぐどころか何故かとても機嫌が良くなっていた。


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