治癒魔法
ご覧頂きありがとうございます。
※少し時間が前後しています、解説回ですのでさっくり飛ばしても問題ありません
シトシトと雨が降っている中、俺は傘を差しながら講堂に向かった。今日の講義では初心者向けの医療魔法を教わる予定だ。最初の講義の日が雨というのもなんだか湿っぽい話だ、などと思いつつぬかるみを避けて歩いていた。今日の講義はそこそこの人数がいるらしく、俺のような不人気講義では使われることのない立派な講堂だった。
雨の日らしく講堂の中の湿度はかなり高く、思わず除湿の描画魔法を全開で使いたくなるような不快さだった。廊下も雨で濡れているためかなり滑りやすく、スカートの女の子が転んでパンチラチャンスでもないかな、なんて期待していた。しかしそんな淡い期待など叶うわけもなく、講義の時間が近づいていたため座席に座った。
幸いなことに一人分の座席が前のほうに空いていたため、すかさず滑りこみ安堵の息を吐いていると、間もなく講師が教室に入ってくるところだった。
「みなさん、はじめまして。私が初等医療魔法講義の講師ハーバーです。よろしくお願いします」
教壇に立っていた40代くらいの女性魔法使いは軽く頭を下げていた。白いローブを纏い、鋭い目つきと線の細さゆえか、随分と尖そうな印象を俺に与えていた。
なお同じ同期生は約40名と講義としては中規模であるが、医療系という区切りで見れば一番人気の講義らしい。らしいというのは、この講義を紹介してくれたのがカーエン学園長だったからだ。
「では、まず最初にこの講義でどこまで覚えられるか確認しましょう」
ハーバーは手慣れた手つきで、黒板にカツカツと音を鳴らしながら書き始めた。
「内臓や筋肉に未達の切り傷、単純骨折、擦過傷、軽度の火傷などいわゆる軽傷に分類される外傷を治癒できるようになるでしょう。それ以上は各専門分野ごとの対応になりますので、自身が習得したい分野に応じてください。ただ何れの分野も、初等医療魔法講義を可以上を習得しなければ受講出来ません。また、本講義を可以上取得した場合、学園外でも初等医療魔法使いを名乗る事が許されます」
誰かが疑問を持ったのか、身なりの良い生徒が手を上げて質問をした。
「その初等医療魔法使いというのはどれくらいの地位でしょうか?地位というか有用性というか…」
「軍なら軍医に即採用されます。兵は日常的にも怪我が多いため食いっぱぐれはありません。それ以外ですと…村に一人は欲しい人材ですから、開拓村や村の前任者の跡継ぎにはなれるでしょう。さらに薬学を修めれば町医者程度にはなれるくらいですね。あとは、冒険者のパーティーにも医療魔法が使える人物は重宝されるので、比較的勧誘されやすくなります。ただ、医療魔法しか使えない冒険者はあまり好まれませんので、他に武器や攻撃魔法などの技術を併せて習得することをお勧めします」
実際に生徒達を見ると、医者というより両手剣を振り回すほうが似合っている筋骨隆々の男や暗い部屋でイーッヒッヒッヒと言っていそうな女魔法使いだったりと、既に何らかの技術を持っている人が多かった。
「今後の講義予定ですが、本日は概要を、前半は基礎的な使い方や人体の構造を学んでいただきます。後半は他の講義と連携して実地訓練となります。そして最終試験はこれも他の講義と連携し、何人かとパーティーを組んで遠征することになります」
「遠征とは具体的に何をしますか?」
「他の講義を受けてる生徒と組んで、魔獣が蔓延る森を踏破してもらいます。詳しくは一ヶ月ほど前に告知しますので、その時に質問を受付ます」
ハーバーは生徒たちを見渡し他に質問をする生徒がいなかったため、話しを続けた。
「では今日の講義を始めましょう。古来、治癒魔法は”手当”と呼ばれてきました。その名の通り、手を当てながら治れと呟くと簡単な傷なら治すことが出来たためです。これがより複雑に、高度になり、そして他人に施せるようになった結果が現在の治癒魔法につながっています。さて、この治癒魔法ですがいくつかの欠点があります。これを…そこの人、分かるだけで結構ですので挙げて下さい」
おっと、指されたのは俺か。
「病には効果が薄いこと。治癒した状態を維持するために被術者の魔力を使い続けるので、一時的に最大魔力が低下すること。重傷ほど使用魔力が多くなるため、被術者の魔力量によっては治癒不可能になる場合があること。そして…魔力が無い者には効果が無いこと」
「はい、大変結構。魔力が無い人は殆ど居ないため、最後の項目はあまり重要ではありませんが、その前の三項目はとても大事なので覚えておいて下さい」
耳に残ったのは”魔力が無い人は殆ど居ない”という言葉だった。確証のある話ではないが、殆ど居ないという認識は、居なくなってしまった、が本当ではなかろうか。
一応孤児院くらいはあるのだが、それ以外の社会福祉などという考えが殆ど無いこの世界では、魔力が無い者はすぐに社会から排除されるだけだ。あれだけ優秀なミストさん一家がまさに排除される間際だったことを考えれば、簡単に聞き流せることでは無いのだが、他の生徒は気に掛けている様子はなかった。
そんな俺の葛藤を他所に、その後も普通に授業は続いている。
「では、そもそも治癒魔法とはなにかということから説明します。一般的に、魔力には恒常性があると考えられています。つまりこれは、魔力が行使出来る状態を維持しようとする力があると言うことです。直接的に証明されていませんが、魔力が多い者ほど寿命は長く、病にも掛かりにくく、老いも遅いというのは、一般的に知られていますが、これが魔力の恒常性に由来しているのでは、と推測されています。そしてこの恒常性を利用しているのが治癒魔法になります」
この魔力の恒常性ゆえ、一度間違ってくっついた骨は治らないそうだ。あと古い傷跡を消したりなんていうこともできない。
「術者の魔力で被術者の怪我を正しい状態に戻し、その正しい状態を被術者の魔力を使って維持し続けています。この状態はいつまでも魔力で維持しているのではなく、自然に傷口が塞がれば無くなります。また、治癒している期間は無理は禁物で、激しい運動などを行うと傷口が再び開くこともあります。時々治癒魔法をすぐに治るものと勘違いする人がいますので、必ず一言付け加えるようにしてください。それでは…」
と、まだまだ治癒魔法の概要は続いていた。色々と細かい注意点など挙がっていたが、驚いた点がいくつかあった。
まず、獣人系の人は場所によっては人体構造が違っているため、下手な治療を行うと死に至ることもあるらしい。初等治癒魔法程度の簡単な傷なら問題無いが、中等以上になると注意が必要になる。また獣人といっても多種に渡るうえ、種族の人数もあまり多くないため、獣人系の治癒魔法はあまり発展していない。あくまで人族の治癒魔法の応用でしかなく、重傷になると諦める人も多いとか。
一応、オウルフォレスト学園にも獣人系の治癒魔法の講義はあるが、そちらはあまり興味が無いため俺は受講する予定は無い。
また、部位欠損はどうにもならないそうだ。無い所に生やしたりするのは無理らしい。切断された指や腕なら、しっかりと冷却保管したうえで上等治癒魔法使いに診せれば治すことも可能ではあるが、中々そういった例は少ないようだった。
医療魔法の講義も終わり、少し時間も空いたため立座窟のジャンク屋にでも行こうと俺は足を向けた。




