バッソ再び
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いい天気の行程を順調にこなし、何事も無くフィールの門をくぐることになった。商隊を解散する時、商会の長であるキンタナが声を掛けてきた。
「みなさん、ご苦労様でした。襲撃もありましたが、人も荷物も無事でした。また私どもの依頼を見掛けましたら、是非手にとってみてください。ではこの辺で」
そう挨拶をして商隊の人達は去っていった。ただ去り際に、「もし香辛料がご入用でしたら私達の商会まで」と宣伝も忘れずにいたので、冒険者の面々は苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ僕達もこれで解散かな。ソーイチロー君はこの後どうするんだい?」
「ギルドで完了手続きをしたら、少しフィールで買い物をして地元に戻るつもり。モンドさん達は?」
「僕達は少しフィールで骨休めをしたら、今度は村のほうに向かう護衛依頼を探すことになるかな」
そんな男性達の会話を横目に女性達は、
「ティアラ、コロネちゃん…うう、寂しいよ!」
「ルーナちゃ~ん…えぐっ」
「…」
コロネとルーナは涙を浮かべながら抱き合い、ティアラは涙こそ浮かべていないが落ちた肩が彼女の心情を物語っている。
世の中に女性冒険者は結構いるが、かなりきつい性格の人が多いそうだ。腕っ節や口先一つで生き抜くためにそうなるのも仕方がないのだが、特に同じ女性同士だと意地の張り合いと足の引っ張り合いが多かったらしい。友達になるどころではなく、騙されないようにするのが精一杯だったとか。そこに同年代且つ控えめな性格 (冒険者としては)をしたティアラとコロネが現れ、寝食を共にし戦闘までこなせば仲間意識が芽生えるのも道理と言える。
またティアラとコロネもその生い立ちから、友達と言える者は居なかった。そこに元気で明るい性格のルーナが現れ、ティアラ達と友誼を結んだ。
一般的な通信手段が乏しく、交通手段が未発達な上、冒険者という浮き草のような家業であれば、ここの別れが正に今生の別れになってもおかしくはない。初めて出来た友達なのに、あっという間に別れが訪れてしまうのは…。
「モンドさん、ちょっとご相談が…」
「ソーイチロー君、物は話だが…」
傍とモンドと目を合わせ、同じことを考えていたと気づいた。男同士で見つめ合っても気持ち悪いが。
「僕達はそうだな、一週間を目安に滞在するが、そっちはどうだい?これ以上は懐具合の関係で難しいが」
「こちらも構いませんよ。では、感動の別れに水を差しますかね。ティアラ!コロネ!ちょっといいか?」
「うぐ…な~に、おにいちゃん?」
「…?」
「今日から一週間、フィールに滞在する。その間はお前たち自由に行動しろ。いいな?」
「ひっく…どういうこと?」
「…まさか」
「ルーナ、僕達も一週間ほどフィールに滞在するから、次の依頼まで遊んでていいよ」
「兄貴、それって…」
一瞬だけ時が止まり、再びティアラ達は顔を見合った後、喜びを爆発させていた。
「やった!まだ一緒にいられるよ!!」
「ルーナちゃん、遊ぼうね!」
「…」
ティアラだけは口を開くことはなかったが、ほころぶ口元は隠しようもなかった。
それからモンドとルーナは宿も俺たちと同じ音の鎖亭にし、朝から夜まで一緒に過ごしていた。ティアラにとっては元気な妹が増え、コロネにとっては一緒に遊ぶ姉が増え、ルーナに至っては見守ってくれる姉と元気な妹が一挙に増えたという感覚だろうか。コロネとルーナは宿にいる時に取っ組み合いの喧嘩までしていたが、1時間も立つと何事もなかったかのように遊び始めたり、本当に気が置けない姉妹のようになっていた。
こんな時でもティアラは俺の面倒を見たいと言っていたが、さすがに姦しい状態で男が入ると碌な目に合わないため、「女同士で楽しんでこい」と送り出したら甚く感謝していた。
余った男はどうするのかというと、モンドはフィールの知り合いに顔を見せに行ったり、武器防具のメンテや新調などで忙しく、結局俺一人になってしまった。まあ空いた時間はいつもの様に描画魔法の開発に時間を当て…ようかと思っていたが、宿にこもって描画魔法を作っているとティアラが何のかんので俺の面倒を見に部屋に訪れるため、宿の外に出て適当に時間を潰す事にした。
そんな暇つぶしの一環で、何か面白い依頼が無いかと思って冒険者ギルドに訪れた時のこと。
「てっめえ!ソーイチロー!ここで会ったが100年目!俺と勝負し…るのは禁じられてたな、くそ!俺と会ったのが100年目だ、覚えとけよ!」
「一体何を言いたいんだ…」
王都で会ったペーターの息子バッソが、俺の方を指差しながら大声を上げていた。そのため一斉にギルドに居た人たちから注目を集めてしまい、かなり恥ずかしい。
「それで殿下が何故このような場所におられるのですか?」
「今の俺は単なる冒険者だ。それに貴様に敬語を使われると虫唾が走る。普通の言葉使いで構わん」
「はあ、そうですか。それで何故フィールに?」
「貴様は何を聞いていたのだ。だから俺は一冒険者として経験を積むためにフィールに来たのだ。それ以外の目的は絶対に無いからな」
それ以外の目的がありますって言ってるようなもんじゃないか。
「そうですか、では自分はこれで」
面倒だしとっととこの場を離れようと考えたのだが、バッソは許してくれなかった。それどころか誰かを探すようにキョロキョロとしだし、かなり挙動不審になっていた。
「まてソーイチロー、ところでその…こっこっこっこっ」
「コケコッコー?」
「違うわ!コロネさんはどちらにおられるんだ!」
「コロネは新しくできた友達と遊んでいますよ」
「なるほど…ってちょっと待て、まさかその友達とやらは男じゃないだろうな?」
「女友達ですよ」
そう言うと、バッソはあからさまに安堵していた。
「そうか…よし、俺は用事を思い出した、さらばだ」
「ちょ、ちょっとま待ってちょっと待って!」
くるりと背を向け外に向かって歩き出したバッソを、今度は俺が引き止める番だった。
「まさかコロネ達に会いに行くんじゃないでしょうね?」
「まっまっまさかそんなわけないだろ?」
「はぁ…今は新しくできた冒険者の友達と精一杯思い出になるよう遊んでいるところです。そんなところを邪魔したら、コロネに嫌われますよ?」
図星を突かれたバッソは分かりやすいほど表情を変えうろたえていた。そんなバッソに俺はため息を一つ付き、コロネ達の現状を説明した。バッソは猪突猛進ではあるが、それでも好きな相手なら慮る事は出来るようで、俺の話を信用し彼女たちに水を差すようなことをしようとはしなかった。まあ、コロネに嫌われるという言葉が一番効いてるのかもしれないが。
「そういうことなら仕方あるまい。よし、ソーイチロー、依頼を受けるからお前も付き合え」
「はぁ?!何で俺が」
「今日やりたいことが全部無くなってしまったからだ。後はコロネさんを影から見守…フィールを散策するくらいしかないから、それなら一つ依頼を引き受けようかと思っただけだ」
こいつを野放しにするとティアラ達の邪魔をしに行きそうな気がするな。下手に野放しにするよりは、一緒に依頼でも受けたほうがよさそうか?
「…分かりました。あまり無茶な依頼はゴメンですよ」
「ふん、当たり前だ。では俺が見繕ってやるから貴様はそこで待機してろ」
自信満々で依頼を探しに行ったバッソを俺はとても不安だったのだが、持ってきた依頼票は至極まともだった。
【下水道のスライム討伐(定期)】
【下水道管に入り込んだスライムの間引きをお願いします】
【2名 (内、Eランク以上1名必須)、一人500z】
【討伐の結果は自己申告制ですが、虚偽報告したら沈めます】
【一部地区にて汚水の匂いが漂っていると報告が上がっています】
【原因を究明した場合、粗品進呈】
「普通の依頼だけど、よりによってこれかぁ…」
この依頼は兎に角人気が無いため、結構長い間掲示板に貼られている。下水管の中での作業ということと、労力に見合わない報奨金のせいだ。冒険者見習いである仮組みにやらせたこともあるそうだが、仕事がいい加減だったり手を抜いて二度手間だったりで、結局は正規の冒険者が必須となったらしい。
「なんだ、文句あるのか?」
「どうしてこれを選んだのか聞いても?」
「ふん、聞かせてやろう。父上が言っていたのだが、この依頼は人気は無いが重要度は高い。放置しすぎて汚水が噴出したら病気が蔓延するかもしれないだろ。民の健康を守るために、こういう依頼こそ我々のような者が率先して動かねばいかんのだ」
胸を張りどうだと言わんばかりの尊大な態度をしており、ぶっちゃけイラッとしたのは確かだが、それでもバッソが言っている事はとても立派で、本気で信じているのが見て取れた。
「まあ分かりました。では各自用意をしてから…」
「何をのんきな事を言ってる!このまま向かうに決まってるだろう」
「いやいや、下水管の中に入るんだから」
「ええい!うだうだと細かいことを!男なら黙って剣を動かせばいいのだ!ほらいくぞ」
そう言ってバッソは俺の話を聞かず、受付に向かって歩いて行ってしまった。当たり前ではあるのだが、下水道内で作業をすれば服に匂いやシミが付いて大変なことになる。そのため捨ててもいい服装に変えたりするのが一般的なのだが…。そのことを知ってか知らずか、それとも実は今の装備は捨ててもいいものだったりするのかもしれない。あんなのでも王弟の息子なのだから、結構お金持ってるだろうし。
依頼表を受付に提出すると、受付嬢から「なんであんたがこんな依頼受けてんの」という視線を向けられた。バッソの背後でこっそり指をさすと、「あーなるほど」と納得しているようだった。良くも悪くも、声は大きいし存在感もあるバッソは、ギルド職員や同僚の冒険者からさっそく顔を覚えられているようだった。
「よし、これで受付終わったな。では向かうぞ」
「って、バッソは場所知ってるのか?」
「ふん、馬鹿にするな。よくフィールには来ていたからな、ある程度の地名くらいは知っている」
「ああ、なるほど。ところでいつフィールに?俺たちよりも先に到着してたみたいだけど」
「4日ほど前だな。馬をかっ飛ばしてきた…って、思い出した!お前、俺との決闘をすっぽかしただろ!」
藪蛇だった。足を止め、くるりこちらを振り向いたバッソの目には怒りの炎が浮かんでいた。
「護衛依頼を受けた後にあんなこと言われても、対応出来るわけないでしょ。用意とか色々あったし、こっちの予定を聞かずに強引に決めた人が悪いんじゃないの」
「ぐぬっ…その通りだな、すまん」
そう言って素直に謝っていた。ちなみに勝負の内容を決めたりする必要ないんじゃないの?と気付かれたら、笑って誤魔化すつもりでいた俺は、ちょっと汚れてる気がしないでもない。