工作と打開策
−主人公視点−
「皇子様、これは……王国の工作でしょうか?」
「そうとしか考えられんな。まさか、帝国領内の腐敗に王国が一枚噛んでいたとは……。諜報機関の設立を後回しにしていたツケが出てきたな」
俺とカレンは、帝国監査局から送られてきた調査資料を読んでいた。監査局が稼働し始め、ようやく地方の情報がまともに手に入るようになったと思った矢先、王国が帝国内の腐敗を助長していたという事実が判明したのだ。俺たちは苦虫を噛み潰したような顔で、資料を読み進めていた。
実は、帝国には大規模な諜報機関が存在しない。密偵のような者たちが個別に情報を集め、それぞれ報告するだけという、お粗末な体制だった。そのため、他国による工作にも気づけなかったのだ。
「この資料を信じるなら、王国は相当な人数を帝国に送り込み、地方から帝国を滅ぼそうとしているということになりますよ」
「この資料だけでは確実とは言い切れないが、おそらく真実だろう。くそっ、ここまでやられていたとは……。何より、それに気づかなかったのが痛すぎる」
「ヴェスト様……」
「手はある。だが、効果が出るまでには時間がかかるだろう。そもそも、防衛を目的とした諜報機関を一から作るのは、簡単なことではない。帝国監査局を設立したとはいえ、現状では他国の諜報活動に対して積極的に対応できる体制が整っていないんだ」
将来のことを考えて帝国監査局を設立したのはいいが、今から諜報機関を分離して新設するのは早すぎる。通常業務がようやく整理され始めたばかりだというのに、さらに新たな業務を押しつけるのは不可能に近い。
ただでさえ、監査局は血晶騎士団との連携や、発覚した腐敗の再調査などで忙しい。今ここで諜報機関を新設しようとすれば、監査局の人員に過大な負担がかかり、組織そのものが機能しなくなる恐れがある。
そのため、ヴェストにできるのは、監査局の人員に王国の間者についても調査させることくらいだった。
「悔しいが、独立した諜報機関を今すぐ作るのは無理だ。せめて帝国監査局の体制が整うまでは待たないといけない。だから今は、監査局の人員に調査を命じることくらいしかできないのだ」
王国が工作を行っていたことは、ほぼ間違いない。しかし、帝国ではそれを上回る速度で改革が進められており、腐敗が起こりにくい仕組みも各地に広まりつつあった。その結果、王国の工作員たちは撤退を余儀なくされ続けているようだった。
とはいえ、工作員が国内に入り込んだままという状況は、早急に解消しなければならない。
俺は、どうすれば諜報機関を少しでも早く設立できるのか考えながら、ほかの腐敗に関する報告書や、各町のその後の状況、対応策などが記された書類を処理していった。
書類の量は膨大で、とても九歳の少年が処理する量ではなかった。それでも、俺は気合いでなんとか片づけていた。
ちなみに、城で働く者たちは、皇子である俺が九歳にして、なぜあれほどの量の書類仕事をこなせるのか不思議に思っていたらしい。
「終わったあ……。書類仕事って、疲れすぎやしないか?」
「皇子様は、特にお忙しいように見えますね」
「ようやく休める……」
そう言った瞬間、執務室の扉がノックされた。俺とカレンは、顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
「入っていいぞ」
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、黒髪黒目で、四十代くらいのすらりとした文官だった。一見すると優しそうな中年男性だが、どこか油断ならない雰囲気をまとっていた。
「ああ、アーノルドか。監査局の報告か?」
「ええ。王国の工作について複数の情報が得られたのと、例の件の裏取りが終わりましたので、ご報告に参りました」
今、部屋に入ってきた男の名前はアーノルド。帝国監査局の局長であり、本人いわく、俺の部下でもあるそうだ。
彼は長年、帝国の腐敗をどうにかしたいと考え、出世を続けてきた。しかし、結局は一文官にすぎない自分だけでは何も変えられないと、失意に暮れていたらしい。そんなとき、皇子である俺が帝国監査局を設立すると知り、喜んで局長に立候補してきたのだ。
俺も、文官の中からある程度出世していて、帝国の腐敗をどうにかしたいと考えている人物を探していた。そのため、アーノルドはまさにうってつけの人材だった。
その後、皇帝やほかの文官たちからも、本人の優秀さと新たな大規模組織を運用する能力を評価され、無事に局長へ就任したというわけだ。
「では、王国の件と例の件について、報告を聞こうか」
「はい。まず、王国の工作についてですが、調査の結果、事実であることが確認できました」
「ちっ、やはりか。で、もう一つのほうは?」
「ビンゴです。いましたよ、生き残りが」
「よしっ! カレン、行くぞお!」
「えっ、皇子様、どこへ?」
「少数民族のところだ!」
―作者です―
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