徒と導き手、それとこれから
「ねぇ、明日までにヨマドの大樹に着けるのかな」
「どうだろうねぇ。そんなに心配?」
「心配だよ。分かれ道ばっか進んで、本当にあってるかどうかもわかんないし。方角すらわからないもの」
「うーん。アズサのいうことも最もだけど、僕は違う気がしてきたんだよね」
手のひらで2つの木の実をコロコロさせながら、シンはつぶやくように答えた。そのうちの一つを口に放り込んだ。もう一つをアズサに渡すと、彼女は困惑しながらも受け取った。
「どう違うの?」
「うーん……」
「ちゃんと言ってくれないと分かんないよ」
シンが振り向いてアズサの方を見る。膝をかがめて視線を合わせ、シンはにっこり微笑む。アズサは父親の仕草を思い出した。父に母のことを聞いたとき、よくこうやって話を逸らされたんだった。シンに限ってはそういうことしないと期待を寄せていただけに、それが少しショックだった。
「ところでアズサ、誕生日はいつ?」
「え?えーと、4月2日」
「じゃあそっちの暦だともうすぐ誕生日かな?」
「うん」
確かに、もうそんなになるのか……。アズサの中でこれまでの誕生日のことを振り返っていた。父親は常にいるわけではなかったけど、毎朝必ず誕生日プレゼントとカードがあった。この仕事のことを思うとかなり努力していたのかもしれない。
「いくつになるの?」
「19歳」
「おぉー、じゃあもうお酒は飲めるんだ」
「お酒は20歳からでは?」
「ありゃ、そっちの世界ではそうなんだね」
シンがどこからともなく取り出した瓢箪を袖の下に仕舞い込む。アズサにはその動作の意図が分からず、首を傾げるだけだった。
「ねぇねぇ、『シンは?』って聞いてよ」
「あっごめん、そういうの分かんなくて。シンはどうなの?」
「僕は1月1日。人類の始まりの日に生まれたのさ!!」
「は、はぁ……?」
アズサがシンの手を取る。シンは前を向き、再び歩き出した。
「じゃあ次はアズサの番ね」
「私の番?」
「そ。なんでも聞いて」
「なんでもって言われても…困る」
「本当になんでも良いさ。僕は君の徒だから、失礼なんて気にしなくて良いとも」
「えーと、じゃあ、ご、ご趣味は…?」
己のコミュニケーション能力の低さを、アズサは人生で初めて恨んだ。こんな事になるのならもっと受け答えの練習をしておけばよかったと本気で悩んだ。
「趣味か……。拳闘士の観戦とか?」
「けん……闘士?」
「えーと、アズサの世界で言えばプロレスみたいな感じかな」
「ふーん。意外」
「そう?」
「なんか暴力的なのは好きじゃないのかと勝手に思ってた」
「僕だって男の子だからね!それに好きな選手がいたんだ」
「推し的な?」
「そう、まさに推し!鉄腕ジェイコフって言ってね。まさに拳闘士の歴史を変えた偉大な人物なんだよ!!」
「ぐ、具体的にどう…?」
「もともと剣闘士は囚人の殺し合いを見せ物にするものでね。武器を一つだけ持ち込んで戦う決まりがあったんだ。ジェイコフは何を持ち込んだと思う?」
「鉄腕っていうぐらいだから…ガントレット?」
「違う!彼が持ち込んだのはアームガード。世界で初めて剣闘士の世界に防具を持ち込んだのさ!」
珍しくシンが熱意を持って話すので、アズサは少し引いていた。男の趣味に興味はなかったが、嬉しそうに話すシンを見て、こういうのも悪くないなと思った。
「それから剣闘士は拳闘士へと名前を変えてね。あ、拳の方ね。そう彼は武器ではなく防具をもちこんだことで、対戦相手の命すら護ろうとしたんだ!!」
「うんうん。それは凄いね」
「そうだろ!『その右腕は守るため、その左腕は護るため』!。彼に憧れて何度拳闘士になろうと思ったか……」
「ふふっ」
「ごめん、1人で盛り上がりすぎちゃったかな」
「ぜんぜん、楽しそうに話すシンをみるのは楽しい」
軽くステップを踏んでシンが振り向いた。手は離れてしまったけれど、アズサは悪い気分ではなかった。
「次はシンの番だよ」
「じゃあ、将来の夢は?」
アズサは少し考える。自分に将来の夢なんてあっただろうか。子供の頃は漠然とケーキ屋さんとか学校の先生とか、クールなOLみたいなのにも憧れてはいたけど、本当になりたいのかと問われれば自信はない。漠然と「こうなれたらいいなぁ」はあったけど、それが将来の夢かと問われると、明確に違うと思う。
「ない……かも?」
「そっか」
そっけないというよりは、深くは踏み込まない方がいいだろうという様子だった。これもシンなりの気遣いなのだろう。しかし、彼の気遣いはアズサにとって気持ちの良いものではなかった。なによりまず、彼に距離を置かれたかと感じたからだ。
「ねぇ、シン」
「お、今度は何を聞きたいんだい?」
「あなたにとって、私はなに?」
シンが歩みを止めて振り返った。危険があった時以外ずっと飄々としていた彼の見せる初めての表情に、アズサも思わず唾を飲み込んだ。聞かなきゃよかったとアズサは後悔した。
そんな彼女の後悔もお構いなしに、シンはアズサの目を見た。エメラルドグリーンの虹彩がアズサの焦点を捉える。堪えられなくなったアズサが焦るように口を開く。
「私のこと、ちゃんと見てよ」
「この通り、僕はずっとアズサを見ているよ」
「嘘。形だけ仲良しっぽくしないで。」
ケープのフード部分を両手でぎゅっと握る。アズサは自己嫌悪で胃が搾り取られるような気分だった。本当に聞かなきゃよかった。頬にシンの手が優しく当たり、熱を帯びる。
「最期の時ぐらい綺麗な自分でいようとしていたんだけど、却って君を不快にさせてしまったようだね。ごめん」
「これからはイヤなことがあったら正直に言ってよ。ちゃんと私に謝らせてよ。最後ぐらい我慢しないでよ」
「なら、大人しく甘えるようにしようかな」
シンが立って、アズサの後ろに回り込む。アズサの両肩に手を置くとゆっくりと力を込めて押し始めた。
「ちょちょちょ、どうしたの」
「そりゃアズサが導き手なんだから、先導してくれたまえよ」
「それはそうだけどっ…!」
「アズサの反応見て霧の中を進むのも楽じゃないんだぞー」
「分かったから押さないで」
「はいはーい」
先導する形になってはじめて、アズサは自分が道程でなにを見ていたのか気づいた。視界にシンがいないとこんなにも世界は暗いのか。風に揺れる茂みに木々の奥の暗闇……生き物の気配がする。頭上から届く鳥の囀りすら彼女の神経を徒に逆撫でする。
一歩踏み出すことすら躊躇われる。それに無性に振り返りたくなってしまう。シンは変わらずニコニコしていて、その表情を見ると今は大丈夫なんだと少しだけ気持ちが楽になる。……が、すぐにそれも不安が押しつぶしてしまう。シンが手を握りたがった理由をアズサは理解した。
「ごめん、私、シンの事なんにもわかってなかった」
「怖い?」
「うん……。それに導き手として何もできてなかったんだって気づいた。水も食事だって、シンのおかげで何とかなったのに、あんなひどいこと言って……ごめん」
ぽん、と頭に手が置かれる。頭にかかるこの圧力ですら今は頼もしい。
「結局、自分は卒業式から何も変わってなかった。ただ『高校生』から『導き手』に称号が変わっただけの、ただの人間なんだ」
「そこまで自分を卑下しなくても。お水もご飯も僕が急いで出発させたからで、もし1日猶予があったらアズサだって準備したと思うよ」
「そうかな……」
「そうだよ」
彼女の頭にのせている手を揺らしながら、シンはいつも通りの声色で答える。
「ねえ、不安そうなアズサに、win-winな提案があるんだけど」
「なに?」
シンが動き、アズサの右隣に移動する。
「徒や導き手としてではなく、一人のシン=サウウェとして君の隣に立たせてはもらえないだろうか」
「私としても願ったり叶ったりだけど、一つだけ条件つけていい?」
「なんだい?」
「頭撫でるの禁止」
「え~~~。身長的にちょうどいいのに」
「私も頑張るから、ね?」
「仕方ないな~」
2人は並んで歩き出す。オレンジ色の太陽が、彼らを迎え入れるように地平線の向こうへと沈んでいった。




