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*ジョシュア視点です
王都を出発して丸二日、ブレイクの部隊はとにかく急げと馬を飛ばし続けた。
馬を走らせるのは嫌いじゃない。しかし、ほとんど休憩を取らずに一昼夜駆け続けるのは体力のあるジョシュアでもキツイと思うことがある。
細身の体なのに疲れの色を見せずに一隊を率いるブレイクは、やはり大したものだと内心感服した。
三日目にようやくサイクス侯爵領に到着し、ちゃんとした休息を取ることができた。
久しぶりのまともな食事が体に沁みる。
翌日からの予定をブレイクと打ち合わせた後、城の自室に戻りスマホ型魔道具を見つめた。
(アリシアはどうしているだろうか?)
通信を試みるが繋がらない。
(はぁ……忙しいのか)
大男が肩を落とす。
馬を駆けている時も考えるのはアリシアのことだけだった。
スウィフト領が侵されないように俺が守るという意気込みで出発したが、すぐに彼女が恋しくなってしまう。
情けないと思いながらも未練がましく画面を見続けていると、突然着信が入った。
アリシアからだ!と胸を弾ませて応答すると愛おしい彼女の声が聞こえてきた。
鈴の鳴るようなというのがピッタリの心地よい声に加え、画面を通じて彼女の可愛い顔が見られるのも嬉しい。
(ああああああああ! 可愛い。とにかく可愛い。死ぬほど可愛い。なんでこんなに可愛いんだ!)
夢のような時間を堪能していたのに、突然部屋にレイリが入ってきた。
「ジョシュア兄さま~!!! 今日は一緒に寝て下さるんですよね!!!」
「おいっ! ばかっ! そんなことするわけないだろう! いいから、あっちに行ってろ! 大事な話をしているんだ!」
慌てて叱りつけたが、レイリはスマホを奪い取って勝手に通話を切ってしまった。その上、スマホを持ったまま逃走した。
あんな風に切ってしまったらアリシアがどう思うだろうか、と従妹ながら腹立たしくて仕方がない。
疲れもあって苛々していたジョシュアは、レイリを追いかけて捕まえると思わず怒鳴りつけてしまった。
「おい! 魔道具を返せ! アリシアに失礼だろう!?」
大人しくなったレイリだが、スマホを返そうとはしない。
恨めしそうに上目遣いでジョシュアを睨みつけると、その瞳からポロポロと涙が溢れた。
ジョシュアはぎょっとした。
女性の涙には慣れていない。
というより女性に関することでジョシュアが慣れていることは何もない。
「お、おい……どうした? いきなり泣き出して……」
「ジョシュア兄さま。昔、城に来た時は一緒に添い寝して下さるって約束したわよね?」
「それは……お前が三歳くらいの時だろう? しかもお前が雷に怖がって一人じゃ眠れないって言ったから……」
「それでも約束は約束です! 今夜は一緒に寝てもらいます!」
「そんなことできる訳ないだろう? 何馬鹿なことを言ってるんだ? お前の両親だって許すはずがない。もう少し貴族令嬢としての自覚を持て。子供じゃないんだから」
呆れたように言うジョシュア。
彼を睨みつけるレイリの瞳から滝のように涙が流れ落ちる。
「私は子供じゃありませんっ! ずっとずっとジョシュア兄さまのことが好きでした! 愛しています! 男性として! こないだもそう言ったのに、全部忘れちゃっているんでしょう!? ひどいわっ!!!」
レイリは泣き喚いた。
「は? なんの話だ!? す、すすすすき? 俺のことが?」
ジョシュアの顔が赤く染まる。
騒ぎを聞きつけてブレイクがやってくる。
「ああ、君たち、またやっているのかい? ジョシュア、いい加減にしたまえ」
「え、いや、『また』ってどういうことですか?」
「先日も王都のサイクス邸で、彼女に告白されていたじゃないか?」
「え!? 大変申し訳ありません。何も……覚えておらず……。レイリがアリシアに失礼なことを言ったのは覚えているんですが……」
ブレイクは呆れて溜息をついた。
「ジョシュア、君はアリシアに関すること以外は何も覚えていないんだな。ちゃんと自分の気持ちを伝えてあげた方がいい。彼女のためにも……」
そう言って肩をすくめるとブレイクは去っていく。
パニックになったジョシュアはレイリに視線を向けた。彼女はまだヒックヒックと泣きじゃくっている。
ジョシュアは深呼吸を一つして、レイリの肩に手を置いた。
「レイリ。すまない。俺の中で女性として愛しているのはアリシアだけなんだ。無論、お前のことは妹のように大切に思っている。でも、お前を恋愛対象として見ることはない。お前だけじゃない。アリシア以外の女性は全員恋愛対象外だ。それは一生変わらない」
レイリは恨めしそうに濡れた瞳でジョシュアを見上げた。
「……分かってるの。お母さまからも叱られたわ。でも、どうしてもジョシュア兄さまが好きなの。妾でもなんでもいいから傍に置いて欲しいの!」
「それはダメだ。俺は、アリシア以外は欲しくない。生涯、それは変わらない。レイリ、自分を貶めるようなことを言うんじゃない。いつか、お前にも心から愛せる相手が現れるよ」
ジョシュアは侍女に泣きじゃくるレイリの世話を頼むと自分の部屋に戻った。
(もう遅い……かな? アリシアは眠ってしまったかもしれない。結局、魔道具も返してもらえなかった。後で理由を説明したら分かってくれるだろうか? アリシア、堪らなく君に会いたい。君が恋しい)
夜空を見上げながら、ジョシュアはアリシアの面影を切なく思い出していた。




