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当然ながら、薬の混入で真っ先に疑われたのは新しく厨房に入ったばかりの孤児院の少年だった。
他の料理人はブレイクが自ら選んだ者ばかりで、国王の信頼も厚い。
しかし、少年は泣きながら自分は何も知らないと訴え、悲痛な泣き声に取調官も困惑した。
少年は確かに料理が好きだったが、本当は孤児院の仲間のために料理を続けたかった、好きで王宮に来たわけじゃないのに、どうしてこんな目に遭うんだと号泣した。
一方、少年が一人でこんなことができたはずがないと、国王は彼のいた孤児院の院長を呼び出したが、彼も何も知らないと無実を訴えた。
それに少年の持ち物を全て調べてもコリンが言うような調味料らしきものは出てこない。
八方塞がりだと思っていた状況でコリンが協力を申し出てくれた。
調味料の匂いを辿ることが出来るかもしれないから厨房に連れて行って欲しいという。
捜査が行き詰まっていたので藁にも縋る思いで協力をお願いした。
(獣人の能力ってすごいわ……)
アリシアだけでなく、その場にいた全員がそう思った。
コリンは、あっという間に薬の痕跡を辿り一人の料理人の荷物の中に調味料の容器を見つけたのだ。
その料理人は自分の荷物が捜索されている最中でも、慌てることなくただボーッと突っ立っている。
「この人も操られている……」
ポツリと呟いたコリンの言葉は正しかった。
薬を知り尽くしたポーションマスターがその料理人の解毒を行うと彼は自分が何をしたのかまったく覚えていなかった。
調味料にも覚えがないという。
ただ、王宮を歩いている時に、謁見に来たという商人から挨拶をされた記憶が微かに残っているらしい。
あの大麻を売りに来た外国の商人だ。
国王は急いで商人の行方を追跡したが、奴らは何の痕跡も残さずに消息を絶っていた。
どこの国の商人だったのか?
言うまでもないだろう。スコット王国である。
調味料の容器の指紋を調べたところ、王宮の料理人の指紋しか残っていなかった。
あれだけ大々的に指紋捜査について発表したのだから、犯罪者が指紋を残さないように気をつけるのは当然かもしれない。
今後、厨房の人間は自分が口にする物に対しもっと警戒するように、と国王は通達した。
孤児院の少年は結局王宮の厨房での仕事を辞めて元居た孤児院に帰っていった。
仲間に美味しい食事を作る方が何倍も楽しいと別れ際に初めて子供らしい笑顔を見せたそうだ。
徐々に周辺がキナ臭くなってくる状況で、アリシアはジョシュアたちのことが心配でならなかった。
そして、その不安は当たることになる。
彼らが出発してちょうど七日目の夜。
タブレットにジョシュアから着信があった。
ジョシュアは頭に怪我をしており、包帯に生々しい血が滲んでいる。
「スウィフト領にスコット王国が侵攻した。今何とか食い止めているが援軍が必要だ。獣人まで混じっているんだ。ブレイク殿下も国王陛下に連絡したはずだが、アリシアからも伝えてくれないか? すぐに援軍の要請を頼む」
「ジョシュア様っ!? ……分かりました、すぐに連絡します。でも……ジョシュア様は大丈夫ですか? 怪我を負われたのですか?」
ジョシュアは目を潤ませるアリシアを切なそうに見つめた。
「アリシア。心配しなくていい。俺は必ず君の元に戻る。ただ、予想以上に敵の軍勢が多い。敵はこれほどの規模の軍を展開していて、我が国の諜報はその情報を掴めていなかったという方が問題だな。ま、でも大丈夫だ。俺たちが何とかする!」
「でもっ……でもっ……」
涙が溢れて何を言っていいのか分からない。
「すまない。こちらもバタバタしていて…もう行かないと…アリシア、愛してる」
「私もっ、私も愛しています。必ず戻ってきてください!」
アリシアが叫んだところで、そのまま通信が途絶えた。
メアリにジョシュアから連絡があったことを伝えると、すぐに国王との面会を手配してくれた。
国王の顔にも疲れの色が滲む。
「アリシア。ジョシュアから連絡があったそうだな。ブレイクからも援軍要請が届いている。既に援軍の手配を始めているから安心して欲しい。ただ、到着まで一週間はかかる。ジョシュアは桁違いに強いから、持ちこたえてくれると信じたい」
「でもっ、ジョシュア様は頭に怪我をされていました! それに敵方に獣人が混じっていると言っていたので……。獣人は人間よりも遥かに強いのですよね?」
それを聞いた国王が驚愕の表情を浮かべた。
「まさかっ!? 獣人は絶対に人間の争いには加わらない……はずだが……」
「もしかして、薬で操られているのでしょうか?」
例えば、コリンの家族が薬で操られて戦闘に加勢させられているとしたら……?
薬を王宮の厨房に仕込んだ人間がスコット王国から命じられていたとしたら……?
間違いなく全面戦争への第一歩だ。他の地域に広げないためにもスウィフト領で食い止める必要がある。
「薬を使われている可能性は否定できない。ポーションマスターも援軍と一緒に派遣することにしよう。それからブレイクに獣人が薬で操られている可能性を伝える。サイクス侯爵領は王都よりも近い。そこからポーションに詳しい人間を派遣できるかもしれない。大丈夫だ。国の一大事だ。最大限の支援を行うことを約束する」
国王は優しくアリシアの肩を叩いた。
しかし、国王との面会が終わった後でもアリシアの不安は止まらなかった。
スウィフト領にどれだけ軍備が整っているのかは分からないが、これまで友好国とされていたスコット王国からの攻撃に耐えられるほど配備されているとは思えない。
ジョシュアの口ぶりだとスコット王国は本腰を入れて攻めてきた。
ずっと前から時間をかけて準備をしてきたのであろう。
ブレイク、ジョシュアと騎士たちが加勢したとしても、獣人まで加わった敵軍に太刀打ちできるのか?
(一週間も持つのかしら…ジョシュア様、みんな、どうかご無事で)
アリシアは天に向かって祈ることしかできなかった。




