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謁見が全て終わった後、国王はアリシアに感想を尋ねた。
参考になるか分かりませんが、と前置きしてアリシアは思ったことを口に出した。
「最初の商人が売りたいと言っていた商品ですが、あの植物はカンナビスと呼ばれ葉などを乾燥させて吸うと依存症になる可能性があります。危険なので禁止した方が良いのではないかと……」
「君はあの植物を知っているのかい?」
「はい、あの、外国で見たことがあります。そこでは違法でした。麻薬の売人は法の網をかいくぐって人々に売ります。闇で売られないようにあの商人の動向には注意された方がいいかもしれません」
嘘ではない、と思いながら返事をした。
「なるほど、分かった。参考にさせて頂こう。他にはあるかい?」
「あの、厨房に新人を雇い入れる時はご注意された方が良いかと……」
「あの孤児院の少年のことかい? 毒を心配しているんだね? ブレイクも同じことを言っていた。ただ、まだ子供だし厳しく取り調べるのも……」
国王は難しい顔で躊躇している。
「もちろん、彼に謂われのない疑いをかけて取り調べをするのは良くないです。ただ防止策として、例えば、国王陛下やご家族の皆様の食事に使用する食器を銀に替えられませんか?」
「銀器? 特定の毒に反応して色が変わるのはっ知っている。実は昔はそうしていたんだが、最近はブレイクがいてくれるのでつい油断していたかもしれん」
銀はヒ素や青酸カリに反応するということも涼から借りたミステリーで学んだ。
「分かった。そうしよう。そうすれば、あの少年も疑われていると嫌な思いをしなくて済む」
「ありがとうございます」
アリシアの提案を快く聞いてくれる国王は懐の広い方だ。
「あの……それから獣人の少年ですが、陛下はどうされるおつもりでしょうか?」
アリシアの自分のドレスにヒシッとしがみついている少年を見ながら、国王に尋ねる。
獣人の子はアリシアには懐いたのだが、彼女から絶対に離れるまいとずっとドレスにしがみついている。
国王は溜息をついた。
「アリシアはどうしたい?」
「私は……あの、せっかく懐いてくれたので、お世話したいと思います。徐々に慣れてきたらいずれ私は必要なくなるのではないかと……」
「そうだな。では、アリシアに任せることにしよう。彼の家族を捜索するように既に手配してある。家族が見つかるまでの間、アリシアに任せて良いか?」
「はい。もちろんです!」
アリシアは元気よく返事をした。
***
その日の午後、侍女たちに手伝ってもらって少年は湯浴みをし、小ざっぱりした格好になった。
まったく喋ろうとしなかった少年から、ようやく聞き出した彼の名前はコリンという。
とても疲れていたようで夕食後にうつらうつらしていた彼をアリシアの隣室のベッドに寝かせる。
アリシアの手を握りながらコリンはあっという間に眠りに落ちた。
深い寝息が安定したのを確認して、アリシアはコッソリと自分の部屋に戻り、タブレット型魔道具を取り出した。
最初の二日は走りっぱなしで夜は野宿だと言っていたけど、三日目の夜には馬を替えるためにサイクス侯爵領に立ち寄るから、夜には連絡できるかもしれないとジョシュアが言っていた。
タブレットを見ると一度着信があったようだ。
アリシアは慌ててジョシュアのスマホに連絡する。
すぐに繋がって、タブレットの画面にジョシュアの顔が映った。
たった数日会えなかっただけなのに、彼の照れくさそうな顔を見て胸が一杯になった。
「アリシア、元気にしてたか?」
「はい! 旅は大丈夫でしたか?」
「ああ、昼も夜もほぼ駆け通しだったからな。今夜はサイクス侯爵領の城でやっとまともな飯が食えた。馬を替えて明日の早朝に出発する予定だ」
「どうか……ご無事で。ご領地は何もお変わりなく?」
「ああ、久しぶりに来たが、変わらずいいところだ。いつかアリシアを連れてきたい」
ジョシュアの顔は晴れ晴れとしていて、領地の居心地が良いことが伝わってくる。
しかし、その時ジョシュアの後ろから聞き覚えのある声がした。
「ジョシュア兄さま~!!! 今日は一緒に寝て下さるんですよね!!!」
ジョシュアの従妹のレイリが通話中のジョシュアの首にしがみついた。
(そうか、彼女は領地に住んでいると言っていた……)
アリシアの胸がズキっと疼いた。




