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指紋の実証実験の当日。
実施場所はなんと王宮の議場である。
アリシアとジョシュアは王族の隣に設けられた特別席に腰かける。広々とした議場が一望できる素晴らしい席だ。
物珍しそうに周囲を見回しているジョシュアは、カジュアルなシャツにパンツというシンプルな服装だが、男らしい骨ばった肩やシャツの上からでも分かる筋肉の盛り上がりに、アリシアは密かに胸をときめかせていた。
アリシアは一応正装のドレス姿だが、地味なものを選んだ。それでもハニーブロンドのふわふわの金髪と愛らしい容姿は人目を惹く。
しかし、アリシアに目を留める男がいると、ジョシュアが鬼の形相で不穏な視線を送るので誰もが恐れをなして目を逸らしていることを彼女は知らない。
「アリシア」
始まるのを待っている間に、ジョシュアがアリシアに優しく声を掛けた。
(なんて甘ったるい声だ。自分はこんな男だったか?)
内心そう思いつつも止められるはずがない。隣にいるアリシアはこんなにも愛らしいのだ。
「はい?」
「会いたかった。お互いずっと忙しかったろう? 会えない時間が辛かった。ずっとアリシアのことを考えていた」
甘い声が耳元に聞こえて、アリシアの背中がゾクっとする。
「かわいい……」
そう呟くジョシュアの大きな手がアリシアの頬に触れると、そっと顔の輪郭を撫でる。
「無事に解決、ではないのかもしれないが、グレース夫人たちが逮捕されて良かった。スウィフト邸も取り戻すことができたしな」
「ええ。でもウィロー様が仰った通りなら、ギャレット侯爵はまだ私を狙っているかもしれないですよね……?」
「分からん。だが、俺が必ずアリシアを守るから安心して欲しい」
力強くそう断言するとジョシュアはアリシアの手を握りしめた。
***
今日の実証実験は誰でも見られるように一般公開されている。
法曹関係者だけでなく、貴族や平民も新しい犯罪捜査の実証実験に興味津々らしい。議場には続々と人が入ってきて、ほとんどの席が埋め尽くされつつあった。
大勢の華やかな群衆が今か今かと実証実験の開始を待ちながら騒めいている様子は、まるでオペラの会場のようだ。
その中にギャレット侯爵と侯爵夫人の顔もあった。
ジョシュアも気がついたのだろう。厳しい表情で彼らの方向を睨みつけている。
***
開始時間になり、国王、王妃、王子、王女たちが入場してきた。
今日の主役であるブレイクは白地に青い差し色の華やかな礼装で、女性陣の熱視線を一身に受けている。
ブレイクの隣にはカラムも立っている。彼は法務官の正装である黒いローブを身に纏い威風堂々と貫禄があるが、緊張のせいか表情が硬い。
全員が起立し王族への礼を尽くした後、国王が立ち上がった。
大きく張りのある声が議場に響き渡る。
国王が本日の目的である実証実験の内容を紹介しつつ、見学に来た聴衆を歓迎する挨拶を述べた後、ブレイクが立ち上がった。
議場は一瞬、水を打ったように静まり返る。
純粋な好奇心だけではない。さあ、お手並み拝見という意地悪な視線も感じられる。
(こんな若造が司法改革だと? ふざけるな)
(そんな簡単にいくものか。失敗すればいいのに)
(顔がいいだけの無能な王子が!)
声にならない嘲りの声が空気に混じっていることはブレイクも承知の上だろう。
品定めするような視線を跳ね返し、ブレイクは端整な顔に艶やかな笑顔を浮かべた。
思わず顔を赤らめたご婦人方もいて、議場の雰囲気がざわついた。
ブレイクは、簡潔ながら分かりやすく指紋捜査の概念や実証実験のやり方を説明していく。
実証実験を行った後、具体的な法制への運用についてカラムが解説する予定である。
そして後日、諮問機関でもある評議会が採決を取り、過半数が賛成すれば裁判における物的証拠として導入されることになるのだ。
「ふん……先祖返りの王子が自分の能力を認めさせようと躍起になっているようだな。目立ちたがりが!」
険のある声が背後から聞こえて、アリシアは思わずパッと振り向いた。
後列に座っていた高齢の男性が気まずそうにアリシアから目を逸らす。
「アリシア? どうした? 大丈夫か?」
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ」
ジョシュアの心配そうな声を聞いて、アリシアは再び前を見た。




