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「……ごめん」


ぽつりとジョシュアが呟いた。


馬車の中で久しぶりにジョシュアと二人きりになり、緊張していたアリシアはポカンとした。


「どうして謝るのですか?」

「だって、ドレスが血で汚れて……」

「なんでそんなことを仰るの?」


アリシアは泣きたくなった。


「ジョシュア様は身を挺して私の命を救って下さったんです! 謝るなら私の方です。そして、私は心から感謝しております! 本当にありがとうございました!」


深く頭を下げると、ジョシュアの顔が真っ赤になり明らかに狼狽えた表情を見せた。


「え!? いや!? 全然、御礼を言われるようなことじゃないし、たいしたことしてないし」


「たいしたことです。心から感謝しています。それに私は酷いことを言ったのに助けてくださって……。ずっと謝りたいと思っていました。本当にごめんなさい」


「いや、アリシアが謝ることは何もない。俺が全て悪いんだ。本当にすまなかった」


アリシアが頭を下げている間にジョシュアも頭を下げたので狭い馬車の中で二人の頭が軽くぶつかった。


ゴツンという音がして、ジョシュアが赤い顔で慌てて身を引いた。


「あ、また、すまない! 俺はいつもこうだ、情けない。君に嫌われて当然だ……」


ジョシュアがしょげているのを見て、アリシアの中に不思議な感覚 ―― 愛おしいという想いがこみ上げてきた。


「ジョシュア様。ジョシュア様は私のことをお好きではないと思いますが、私はジョシュア様をお慕い申し上げております」


それを聞いた時のジョシュアの顔は見物みものだった。


真っ直ぐジョシュアの瞳を見つめながら告白したアリシアだったが、ジョシュアの目はウロウロとあちこち泳ぎ始めた。


どうしたらいいか分からないと、もじもじしている大男はハッキリ言って挙動不審である。


「ジョシュア様。私たちはちゃんと話し合うべきだと思うのです」


アリシアが言いつのるとジョシュアは観念したように俯いた。


しばらくの沈黙の後、俯いたままのジョシュアが口を開いた。


「……なんで俺がアリシアを好きじゃないなんて言うんだ?」

「だって、ジョシュア様はアイさんがお好きなんでしょう? アイさんとは連れ立って王宮に行ったり、お喋りだって弾んだりしていたそうじゃないですか?」

「それはっ! 違うんだ!」


そう言ってアリシアと目を合わせた瞬間に、顔を真っ赤にしたジョシュアの頭からジューッと蒸気があがった。


「……俺はっ! アリシアが好き過ぎて、君の顔を見ると、どうしていいか分からなくなる。嫌われるのが怖くて、言葉が出なくなるんだっ! こんな男ですまないっ! 母上の言う通り、俺はヘタレだっ!!!」

「ヘタレ……?」

「アイとは騎士仲間と話しているような感覚で平気だったんだ。女性として意識しなかったから……」

「では、私は女性だと意識しているということですか?」


何気なく聞いたアリシアだったが、ジョシュアの顔から汗がダラダラ流れているのを見て絶句した。


「……そうだ。ただ、君は女神だ。ただの人間が手を触れていい存在ではない」


そう言ってアリシアの視線から目を逸らす。


「女神……?」

「そうだ! 君のように可憐で美しく尊い存在は遠くから崇めるべきで近づいてはいけないんだ!」


(ん……?)


今の褒め言葉の羅列はアリシアに向けられたものなのか? どれ一つとして自分に相応しいものはないと思ってしまう。ましてや女神なんて……。


(もしかしたらジョシュア様は私を変に神格化してしまったのかしら・・・?)


それはそれで困る。アリシアは普通の十六歳の女子に過ぎない。必要以上に持ち上げられすぎて、理想化されてしまうと幻滅した時の振り幅も大きい。


「ジョシュア様。私は地味で平凡な普通の女です。女神とか、そんな風に思わないで下さい。現実と解離し過ぎですわ」

「いや!!! 違う!!! アリシアは女神以外ではあり得ない!」

「でも、もし私が女神だったらジョシュア様に手も触れて頂けないのでしょう?」

「うぐっ」


ジョシュアが変な音を出した。


「ジョシュア様は私を少しは好きだと思ってくださっているのですか?」


強引だとは思ったが、ジョシュアの口からもう一度ちゃんと聞きたかった。


「……好きという言葉で片付けられるほど単純な問題ではない」

「はぁ」


重々しく語るジョシュアに、どうしてそんなに複雑な問題になるのか疑問符が浮かびながらもアリシアは頷いた。


「俺の君に対する気持ちは大きすぎて、間違いなく君は引く。ドン引く。そして、俺から逃げていくだろう」


何故だか得意気に胸を張るジョシュア。アリシアは首を傾げながら尋ねた。


「え……っと、それはどういう意味ですか? 私に逃げて欲しいのですか?」

「ちがっ……その、俺のことを……っと、ちがう、俺は君を好きでいてもいいのか?」


ジョシュアが縋るようにアリシアを見つめた。赤い虹彩が不安に揺れる。


「はい。私もずっとジョシュア様をお慕い申し上げておりました」

「っ……うっ。心臓が……破壊力があり過ぎる……」


胸を押さえながらジョシュアが呻いた。


「アリシア。君を愛している。君だけだ。でも、君はまだ俺の愛情の重さを知らない。君の愛情が蟻だとしたら、俺の愛情はマンモスだ。いや、それ以上の違いがある! 重い! 重すぎるんだ!」

「……そうでしょうか? 私の気持ちを見た訳でもないのに?」


きょとんとしながらアリシアが答えた。


「ぐはぁっ! なんという威力……俺は、一度君の手を取ったら、二度と離せない。だから、もし君がブレイク殿下のことが好きなのであれば、俺のことは気にせずに……」

「ブレイク殿下!? まぁ、レイリ様の言葉を信じていらっしゃるのですか!? 心外です!」

「いや、違う! 君とブレイク殿下は仲が良いから……。異世界でも殿下に似た男と仲良くなったのだろう? きっと殿下といた方が君は幸せになれる」

「本気でそう仰っているのですか? 私が他の男性のものになってもよろしいのですか?」

「いやっ! それはダメだ! やっぱり無理だ! どんなにやせ我慢しても絶対に受け入れられない!!!」


ジョシュアが吠えた。

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