39
グサッ!
肉に剣が刺さる音が聞こえて、アリシアは奥歯をグッと噛みしめた。
しかし、どこも痛くはない。
恐る恐る目を開けると大きな影が目の前にあった。
ジョシュアが自分の前に仁王立ちになっている。
久しぶりに間近に見るジョシュアは、よく見ると頬がこけて目の下に黒い翳がある。
ジョシュアはアリシアを目が合うと弱々しく笑った。
「アリシア……無事か?」
彼の足元に血だまりができているのを見てアリシアは悲鳴をあげそうになった。
ジョシュアの背には深々と剣が刺さっている。
(私を庇って剣を受けたんだ!)
分かった瞬間、アリシアの瞳から涙が溢れ出した。
(どうして!? なんで私なんかを!?)
混乱しながらも急いでジョシュアに駆け寄って彼を支える。
「ジョシュア様!? 大丈夫ですか? すぐに治癒魔法を掛けます!」
「ああ、君が無事なら良かった。俺は心配いらない。心臓は外れてる」
彼の声が信じられないくらい優しくて、アリシアの胸が強くきしんだ。
(どうしてこんな時に優しいの!?)
ジョシュアは手を背後に回すと、無造作に剣を引き抜いた。
同時にぼたぼたぼたっと血が溢れ出す。
アリシアが背後に回って必死で治癒魔法を掛け始めると、ドッと力尽きたようにジョシュアがしゃがみこんだ。
周囲は大変な騒ぎになっているが、アリシアの耳には全く入らない。
「アリシア……君の服が血で汚れる……」
「そんなこと気にしていられません。あなたの方が大切です!」
そう断言してアリシアは泣きながら治癒魔法を続ける。
昔、まだ父親が存命で家庭教師がついていた頃、ジョシュアの傷を治したくて特に治癒魔法を熱心に習っていた。
その後も独学で治癒魔法の練習を続けていたのだ。
(今、役に立たなかったら、いつ役に立つのよ!)
必死に自分を鼓舞しながら手に魔力を籠め続ける。
次第に傷が塞がってきたような感覚があり、血も止まったようだ。
まだ、うっすらと傷は残っているし、ジョシュアの顔色も悪いが命に別状はなさそうで、アリシアはホッと息を吐いた。
ジョシュアは少し休みたいと床に寝そべった。
気がつくとブレイクが傍らに立っていた。
「アリシア、よくやった! ジョシュアは無事だ! 意識もある!」
ジョシュアは弱々しいながらも視線をアリシアに向けた。
「ありがとう。君のおかげだ。……アリシア」
横たわるジョシュアの顔が甘く微笑んでいて、アリシアの胸がキュンと音を立てる。
「よ、よかったです……」
ブレイクの方を振り向くと、地面にギャレットの騎士が平伏していた。
「大変申し訳ありません。剣が手から抜けてしまうなど、騎士としてあるまじき失態! 誠に申し訳ありませんでした!」
土下座したまま、くぐもった声で謝罪する騎士を見て複雑な気持ちだったが責めても仕方がないと諦めた。
「事故だったので仕方がありません。ジョシュア様もご無事です。どうか顔を上げて下さい」
その騎士が顔を上げた。
ドクンッ
アリシアの心臓が今度は嫌な音を立てる。
(この人だ……私を井戸に突き落とした)
咄嗟にブレイクの袖をギュッと握り締めると、彼は怪訝そうにアリシアを見つめた。
言葉に出す訳にはいかない。でも、何とか分かって欲しい。必死に目で訴えるアリシアに、ブレイクは頷いた。
「君、名前は何というのかな?」
「はっ! アーロン・スミスと申します! 大変……誠に申し訳ありませんでした!」
騎士は再び土下座を始めた。
「アーロン。お前は謹慎処分にする。事故とは言え、近衛騎士団の副団長を傷つけたとあっては当家で責任を持って処罰する必要があるからな」
いつの間にか近くに来ていたギャレット侯爵が告げた。
それを聞いたブレイクは侯爵に異を唱える。
「仰る通り傷ついたのは近衛騎士団の副団長だ。ですから、処罰の判断は王宮が下す。アーロン・スミスの事情聴取を行うために一旦彼の身柄は王宮で預かることとする!」
「いや!? それは困ります」
「何故?」
「アーロンはギャレット騎士団の人間です。当主の私が処罰を下します」
ギャレット侯爵は頑固に言いつのる。
「しかし、被害者は近衛の者です。また、安全管理等に問題がなかったのか調査する必要がある。数日後には侯爵家に戻しますが、まず王宮で彼の事情聴取を行いたい。何か彼を王宮に送りたくない理由でもおありですか?」
「いや……別にそのようなものはありませんが、強引ではないかと……」
ブレイクに尋ねられてギャレット侯爵は怯んだ。
「私は近衛騎士団の安全にも責任を負っている。事情聴取は私の責任で行う。宜しいな?」
最後は王子の威厳でギャレット侯爵を押し切る。
キャサリン夫人は面白くなさそうに口出ししようとしたが、侯爵は慌てて彼女を黙らせた。
結局、この日の合同演習は中断となり、アーロン・スミスは近衛騎士団に連行され、ジョシュアも傷の手当のために王宮に搬送されることとなった。
アリシアはブレイクに頼み、ジョシュアに付き添って同じ馬車で王宮に向かった。




