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継母グレースの実家であるギャレット侯爵邸は壮大な屋敷であった。
同じ侯爵でもサイクス侯爵邸よりも遥かに大きい。高い塀に囲まれた屋敷の庭は完璧に手入れされており、案内された騎士団の演習場は王宮の演習場と比べても引けを取らないものであった。
ギャレット侯爵家の現当主はグレースの兄ジョージであるが、酷薄な上に野心家で、さらに上の地位を目指しているという評判だ。女性関係で芳しくない噂もある。
実はスウィフト伯爵領とギャレット侯爵領は領地が隣り合っている。正確にはスウィフト領が隣国のスコット王国との国境沿いにあり、ギャレット領とスコット王国にサンドイッチされている形である。
スウィフト領からはギャレット領を通らないと他領や王都に行くことができない。ギャレット侯爵と揉めると移動や輸送も困難になってしまうため、アリシアの父親はグレースとの婚姻を断ることができなかったと昔、誰かから聞いたことがある。
ブレイクは出迎えたジョージ・ギャレット侯爵と和やかに握手している。アリシアは単なる女官として髪をひっつめに結い、王宮の女官の制服姿でメアリと一緒に黙々とブレイクの後を付いて歩いた。
彼女たちの背後には侍従と文官、そして堂々たる近衛騎士団が続く。
近衛騎士団の制服は黒を基調にしている。胸には銀糸で王家の紋章が刺繍され、胸当てやボタンにも王家の家紋が記されている。
近衛騎士団の団長の下には十二人の副団長がおり、それぞれの副団長が一つの部隊を率いるシステムだ。ジョシュアは副団長であると同時に、第二騎士団の隊長も務めている。
今日の合同演習に参加するのはジョシュア率いる第二騎士団だが、近衛騎士団のトップである団長も参加している。
広々としたギャレット騎士団の演習場に到着すると、特別に設えた壇上に豪華な椅子やテーブルが並べられていた。
「殿下、どうかお座りください」
案内された席にブレイクはゆったりと腰を下ろす。
「さすがギャレット侯爵騎士団の評判は伊達ではありませんね。みんな強そうだ」
ブレイクの言う通り、演習場で待ち構えていたギャレット騎士団の面々は全員屈強な男ばかりで、青と白の騎士服を身に纏い一糸乱れぬ動きでブレイクを出迎えた。
それに対抗するかのように真っ黒い集団の近衛第二騎士団も素早く演習場に整列し、完璧に揃った動作でブレイクに対して臣下の礼をとる。
「ほぉ、さすが近衛騎士団ですな」
感心した口調のギャレット侯爵。
「ありがとうございます。本日の近衛第二騎士団は特に優秀ですよ」
「ああ、ジョシュア・サイクス副団長。彼は先祖返りで有名ですね」
「……彼はそう言われることを嫌がると思いますけどね」
「それは失礼。ただ、あの赤い瞳は見る人が見ればすぐに分かります。ふふっ」
(……先祖返り? 何のことかしら? そんな話聞いたことないわ)
アリシアはギャレットの騎士たちが良く見えるように、演習場に近い位置に立っていたが、ジョシュアの名前が出てから二人の会話に聞き耳を立てている。
しかし、それ以上会話が進む前に妙齢の美しい女性が登場した。
「キャサリン!」
ギャレット侯爵が急いで立ち上がり、跪いて女性の手の甲に唇を近づける。
ああ、そういえば、とアリシアは思い出した。
十年ほど前にギャレット侯爵が若い頃に結婚した妻を離縁して、スコット王国から王女を娶ったという噂は社交界でも大きな話題となった。前妻だけでなく前妻との間の息子たちまで屋敷から追い出し、大きな非難を浴びたように記憶している。
(そう考えると侯爵夫人はもう三十代近いのかしら? でも、若く見えるし評判通りの美人だわ)
侯爵が、高貴で美しい妻を下へも置かぬ扱いをしているという噂は本当なのだろう。
キャサリンと呼ばれた妻はブレイクに対して臣下の礼を取るわけでもなく、挨拶もせずに用意されていた夫の隣の椅子に腰を掛けた。
メアリだけでなくブレイク付きの侍従や文官も、ほんのわずかだけ眉を顰めた。
ブレイクは何事もなかったかのように騎士の演習を眺めている。
(幾ら昔は隣国の王族だったとしても、今は結婚してこの国の貴族になったのだから相応の礼儀を尽くすべきじゃないかしら……)
アリシアはそう思ったが口出しできる立場ではない。
「型通りの演習なんてつまらないですわね」
唐突にキャサリンが発言した。
「どういうことだい?」
若妻にデレデレのギャレット侯爵が尋ねる。
「あの大きい方。強いんでしょ?」
彼女が指さした先にはジョシュアが立っていた。
「あ、ああ。近衛騎士団の副団長だ。史上最年少で副団長になった強者だよ」
鼻の下を伸ばしながら答える夫ジョージ。
「あの人とうちの騎士に戦って欲しいの。どれだけ強いか見てみたいわ」
「本日はスコット王国からの訪問団警備が合同演習の目的です。余興ではありません。お嫌ならここにいる必要はないのでは?」
ブレイクの冷たい口調にキャサリン夫人の顔が怒りで紅潮した。
「ほほっ。自信がないのですね。近衛騎士が一介の貴族の騎士に負けたら大恥ですものね」
挑戦的な夫人の口調にもブレイクの無敵スマイルが崩れることはない。
「負ける気は全くしませんがね」
「殿下。ジョシュア・サイクス副団長が手合わせするくらいならよろしいのではないでしょうか? すぐに終わると思いますし」
我慢ならなくなったのかブレイクの侍従が口を挟んだ。
それを聞いてブレイクは「ふむ」と考え込み、手招きで騎士団長を呼び寄せた。




