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ジョシュアは死ぬほど恥ずかしかった。
『ジョシュア様の方が私をお嫌いなんでしょう? アイさんとは随分仲良くされていたようですのに、私とは目も合わせない、話もしない。王宮や舞踏会に連れ立って行ったことなんて一度もありませんでしたわね。私の日記をご覧になって、きっと愛想を尽かしたのだと思います。顔も見たくないほど目障りなようですから、やはりこのお屋敷にこれ以上滞在させて頂くのは申し訳ないですわ』
彼女の台詞を聞いて『違う! 違うんだ!』と叫びたかったが、言葉が何も出てこなかった。
口ベタは今に始まったことではないが、この時ほど恨めしいと感じたことはない。
誰よりもアリシアを愛している。彼女のためなら命だって賭けられる。
この世界で欲しいものはアリシアだけだと自信を持って言える。
彼女が隣にいてくれることが唯一の望みだ。
それなのに、その想いがまったく彼女に届いていないことに愕然とした。
(全部自分が招いたことだ……)
彼女の顔を見て話をすることすらできない自分に呆れかえる。
そのせいで彼女に嫌われてしまった。
何故自分はブレイク王子のように軽やかに声を掛けることができないのだろう?
彼女に笑顔を向けることができないのだろう?
もう俺の顔なんか見たくもないに違いない。
……ああ、もうこの世から居なくなりたい。
何もかもうまくできない自分に嫌気がさした。
***
ジョシュアが深く懊悩し、何も行動できずにいる間にアリシアは転居を決め、使用人たちを連れてさっさと王宮に行ってしまった。
ブレイク王子と一緒に新しい魔道具作りに励むという。
彼と一緒に居る時のアリシアは楽しそうだ。
愛想笑いではない自然な笑顔でブレイクと接するアリシアを見ると嫉妬で胸が苦しくなった。
(二人がお似合いだと思っていたはずなのに……)
一度は身を引いてもいいと諦めたはずなのに、どうしても身の程知らずな欲が体の奥からこみ上げてくる。
サイクス侯爵邸でアリシアとブレイクが仲良さそうに談笑をしているのを見て、ジョシュアは自分の心が急激に冷えていくのを感じた。
心の奥底に、残虐な自分がいることを知っている。
尋常ではない執着心もある。
自分に嫉妬する資格がないのを分かっているはずなのに、どうしてもブレイクに対する嫉妬を止めることができない。
アリシアを奪っていく男を殺してでも、彼女を獲り返したいと思ってしまう自分が恐ろしかった。
子供の頃には感じなかった、彼女を自分だけのものにしたいという独占欲が制御しにくくなっていることも恐怖だった。
彼女は自分のような粗野な男が容易に近づいて良い存在ではないと自覚して、アリシアとの間に理性を保てる距離を取ることに決めた。
彼女の顔を見るのが怖かった。自分の欲がバレてしまったら絶対に嫌われる。
俺は最低の臆病者だ。
戦場ではどんな敵にも怯むことはないのに……。
彼女に近づいて、その顔に少しでも嫌悪の情が浮かんだらどうしよう?
彼女が、男としてブレイク殿下の方が遥かに上だと気づいてしまったらどうしよう?
彼女を永遠に失ってしまったらどうしよう?
こんな恐怖を感じる自分が嫌いで消えてしまいたくなる。
内心葛藤を抱えているジョシュアだが、それを上手く周囲に伝えることができない。
母親もジョシュアの冷たい態度に開いた口が塞がらないという様子で彼を諭した。
「ジョシュア……あなた、幾らなんでも酷過ぎるわ。以前はあんなに仲良くアリシアと喋っていたのに、一体どうしたの? いい加減にしないと本当にアリシアに嫌われてしまうわよ」
とっくの昔にもう嫌われている、と言いかけて口をつぐんだ。今更後悔しても、もう遅い。
彼女の日記を読んで有頂天になっていた自分が恥ずかしい。
そもそも大切な彼女の日記を無断で読んでしまったことも人間性を疑われる一つの要素かもしれない。彼女も怒っていたようだ。
プライベートな日記を無断で読むような男は軽蔑されて当然だろう。
実は彼女にそのことを告白し、謝罪しようと思っていた。しかし、どうしても勇気が出なかった。軽蔑されてしまったらどうしよう、という不安から逃れられなかったのだ。
***
本物のアリシアが戻ってきた時点から全てをやり直したい。
最初に日記のことを謝罪して、きちんと気持ちを伝えていたら何かが違っていただろうか?
アリシアが戻ってきた時に、ブレイクに対して『リョウ!?』と呼びかけた口調の親しさに咄嗟に激しく嫉妬してしまった。
向こうの世界でアイの知り合いだというブレイクに似た男と仲良くなったのだろう。
この世界でも彼女の心を掴むのはきっとブレイクのような男だ。
自分のような野蛮な男ではない。
(そもそも彼女がブレイク殿下に惹きつけられる前に俺がしっかり彼女の心を捕まえておかないといけなかったんだ!)
後悔に囚われても、もう遅い。
ジョシュアはどうしていいか分からず、その場に立ち尽くすしかなかった。




