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SIDE:B ミラー

 それは、盗賊退治の依頼で動いていた時のことだった。

 大きな街道なのに、時折盗賊が出るという場所がある。

 普段は比較的安全で、護衛が2人もいれば決して襲われないような街道だ。だが、そういう安全な街道では、護衛をけちる商人もいる。

 ここの盗賊は、そういう商人だけを標的にしているらしい。まあ、けちった結果を自分の命で贖うことになるのは自業自得だから、同情はしない。

 とはいえ、盗賊を野放しにしておくわけにもいかないということで、盗賊退治の依頼が出され、俺がそれを受けたというわけだ。




 俺はケチな商人の後ろを()けて、盗賊が現れるのを待っている。

 一頭立ての馬車1台の、おそらくは行商人だろう。

 目的はあくまで盗賊だ、連中が何人構成で、ねぐらがどこかを探るためには、行商人には犠牲になってもらう。

 元々俺とは関わり合いのない奴らだし、ついでに助けられそうなら、恩を売るのも悪くない、という程度だ。

 冷たいようだが、俺はこいつらの護衛をしているわけじゃないからな。

 しばらく後を尾けているうちに、先が緩やかに曲がったところにさしかかった。

 前の見通しが悪いってことは、待ち伏せしやすいってことだ。ここで仕掛けてくる可能性があるな。


 どうやら読みは当たったようで、2人の男が馬車の後ろに躍り出た。挟み撃ちか。それなりに知恵のある奴らだな。後ろに2人ってことは、前には4~5人はいるはずだ。7人相手か。

 まあ、こんな盗賊に魔法使いはいないだろうし、弓くらいならどうにでもなる。不意を突いて初撃で2人倒せば、どうということもないだろう。

 そのまま様子を見ていると、奴らは馬車から誰かを引きずり下ろした。

 商人の女房か。…おかしいな。子供がいたはずだ。隠れてるのか?

 まあ、いい。今なら、うまくすりゃ3人とも助けて恩も売れるだろう。

 茂みを出ようとしたところで、馬車から誰かが飛び出した。十中八九子供だ。ここで出てくるかよ!

 出るのはやめて、様子見しよう。どのみち間に合わない。

 案の定、飛び出したガキを伏兵と思ったらしい盗賊は、商人を斬り、ガキの方もすぐ捕まって馬車に押しつけられている。

 「ガキの方も女だ!」という声が聞こえる。こりゃ、どっかに売るつもりだな。なら、味見くらいはされても命は取られないだろう。後回しにして大丈夫だ。先に、今ので注意がそれた女房の周りの奴らをなんとかしよう。

 身体強化を掛けて一気に突っ込み、正面の2人の首を刎ねる。

 「いやあ~~~~~!」

 その時、悲鳴と共に、馬車の向こうからまばゆい光が立ち上った。

 奴らが光に気を取られた隙を突いて、馬車のこっち側にいる残り3人のうち2人を斬った。後は女房を抑えてる奴だけ…と思ったら、そいつは女房をこっちに突き飛ばして、その後ろから女ごと貫いてきた。

 そんな手に掛かるかよ。

 切っ先を左に避けて、そのまま女の後ろにいる奴をぶった斬る。残念だが、女は助からんな。

 「カー…シャ…」

 女は、空に向かって手を伸ばした後、事切れた。



 さて。さっきの光の正体は何だ? 魔法使いがいたにしちゃ、光はあさっての方に伸びてたが。

 馬車の下から反対側を覗くと、へたり込んでるガキらしき奴と、その前に足が2本転がっていた。…足?

 そっと回り込むと、馬車を背にへたり込んだガキしかいない。

 ガキの前には、膝から下だけになった足が3本と、体の左半分が削り取られたみたいになっているのが1人、倒れている。血も出ていないところを見ると、焼き切られたってところか。

 さっきの光は、このガキが放った魔法か。

 意識がないところを見ると、恐怖に駆られて後先考えずにぶっ放して魔力切れを起こしたな。

 あるいは──そもそも魔力の制御ができないか。その可能性は十分ある。魔法を使えるなら、両親が前面に出して戦わせるだろう。少なくとも、こっそり逃がすために隠れさせるのはおかしい。一発屋で使い物にならない可能性も捨て切れないが、正面の5人を一撃で消し飛ばせば、後ろの奴らは逃げ出すかもしれないし、その程度なら商人とはいえ1人ででも何とかなる。そう考えると、親も知らなかった魔法の才能が危機に際して目覚めた可能性もある。




 この様子だと完全な魔力切れだな。しばらくは目を覚まさないだろう。

 俺は、馬車の中にあった毛布を引っ張り出してきてガキを寝かせ、盗賊の死体を集めた。

 本来なら、討伐の証として首を持って行く必要があるが、こいつらは傭兵崩れだったようで、身分証をもっていた。

 身分証は、首から提げる小さな金属板だ。

 首を斬り飛ばした奴のが真っ二つになっていたが、それくらいはいいだろう。

 1人、足だけ残して消し飛ばされた奴については回収できなかった。まあ、首を飛ばした時にどこかに飛んで回収できなかったと言っておこう。

 報奨金は1人分減るが、殺したのが7人って情報は持ち帰る必要がある。

 あとは、この運の悪い商人夫婦の遺体だな。ガキを保護して馬車ごと持ち帰るか。





 「うぁぁぁぁ…父さん! 母さん!」

 夜中になって、ガキが目を覚ました。

 やはり魔力切れのせいで、体はまだ動かないようだ。

 「目が覚めたか。盗賊は始末した。安心しろ」

 そう言って声を掛けると、多少は落ち着いたようだが、自分の体がどうなっているかわからないようだ。こいつは、やはり魔法を使える自覚はないな。


 「俺はミラークだ。お前の名は?」


 「あ…カーシャ、です」

 そうか、女が最期に呼んでたのは、やっぱりこいつか。

 「盗賊は潰したが、親は救えなかった。

  助けられたのは、お前だけだ。

  遺体は、後で街まで連れ帰ろう」

 なるべく優しく言ってやると、ガキ──カーシャは、泣き出した。

 今の状態なら、感情が高ぶったところで魔法をぶっ放す心配はないだろう。好きなだけ泣けばいい。

 「今は、泣きたいだけ泣け。

  夜が明けたら、街に向かうぞ」


 泣かせておいたら、そのうち泣き疲れて眠ったようだ。

 翌朝、親2人の遺体とカーシャを荷台に載せ、元来た街に戻って報告を入れる。

 盗賊討伐は、無事終了ということになり、報奨金が入った。

 馬車と荷物は、街で売り払った。カーシャの両親の埋葬その他の費用を差し引いても、かなり残る。


 「さてと、カーシャ。これからどうしたい?

  まとまった金が手に入ったから、頼れる相手でもいるなら、そこにいけ。こんだけ金持って行けば、悪いようにはならんだろう」

 旅の行商人親子に頼る相手などいないだろうと思いつつ、一応訊いてみた。

 「私は…もう誰も頼る人はいません。

  なんでもします。馬車のお金も差し上げますから私を連れて行ってください」


 予想どおりの答えだ。実際、行くアテなどないのだろう。

 なら…いざという時のコマくらいにはなる。連れて行くくらい、さほどの手間でもない。

 「いいだろう。ついてくるといい。

  だが、両親が遺した金は受け取るわけにはいかない。それは、お前のものだ」

 金を巻き上げるために引き取ったと見られると、今後に障る。

 俺は、救助やらなんやらの手数料として許される2割だけ受け取り、残りはギルドに預けた。カーシャ自身はまだ成人しておらず、ギルドに所属できないからだ。もちろん、成人したら返すことをギルドに言っておく。これなら、巻き上げたことにはならない。

 「お前の金はこれだけある。

  必要な時は言え。引き出してやる」


 俺が金を受け取らなかったことは、カーシャにとって驚きだったようで、以後、全幅の信頼を向けられるようになった。

 カーシャは、行商人の娘だけあって、野営の料理などもでき、雑用係としてはそれなりに役に立つ。

 だが…正直言って、あの視線は少々重たい。

 カーシャは、まるで俺が高潔な人間であるかのように見てくる。そう見せたのは確かだが、面映ゆい。

 俺は、あいつが魔法を使える可能性を知った上で、利用できそうだから拾ったに過ぎない。

 今だって、お前が使えないようならどこかに置いていくつもりだってのに。

 「ミラーさん、食事の用意ができました」

 「ああ」

 まったく、やりにくい。




 カーシャを拾ってから、6年が過ぎた。カーシャは成人し、俺の荷物持ちとしてギルドに登録して金も全額返してある。

 今でもカーシャを連れ歩いているが、カーシャが魔法を使ったことは一度としてなかった。

 こいつに戦う力はない。街のチンピラを組み伏せるくらいの護身術は教え込んだが、あくまで素人相手、それも素手かせいぜいナイフくらいまでが限界だ。

 今後カーシャをどうするかという問題が、目の前に近付いてきている。

 今やカーシャは荷物持ち兼雑用係として、役に立つくらいに成長した。

 だが、このままでいいのか。日焼けはしているがそれなりに美しい娘に育ったカーシャは、そろそろ先を考えなければならないところに来ている。

 この先、俺と一緒に仕事を続けるなら、ゴブリンくらいは正面から倒せるくらいの戦闘能力が必要だ。

 女としての幸せを考えるなら、俺から離れて街で仕事に就くべきだ。

 そこらの宿屋や食堂で女給としてなら、すぐ働けるだろう。

 読み書きと、ちょっとした計算ならできるんだ、重宝されるだろう。




 ちっ。そう考えるだけで面白くない。

 カーシャがよその男に媚を売るところなんぞ見たくもない。──つまらない独占欲もあったもんだ。すっかりほだされてやがる。

 敢えて距離を置いて、手も出さずに来たのは、何のためだ? いつでも手放せるようにじゃなかったのかよ。




 「ミラーさん、どうですか?」

 「ああ、美味い」

 心の全く籠もらない返事も、すっかり板に付いちまってるってのにな。

 ったく、情けない話もあったもんだ。









 おかしい。妙に組織だってやがる。

 依頼はオークの巣の殲滅だが、たかが1つの巣にしちゃ、数が微妙に多いし、動きに統制が取れている。

 まるで、誰かが指揮を取っているかのようだ。

 もしそうなら、オークの総数は、予想の3倍は堅いな。

 この先の洞窟に巣があると踏んでいたが、この分じゃ、そっちは囮の可能性が高い。

 囮だとしたら、本命はどこだ。

 まさか、囮を滅ぼされる代わりに生き延びようってわけじゃあるまい。それじゃ、犠牲が大きすぎる。


 「お疲れ様でした。どうかしたんですか?」

 戦いの間、安全なところに待避させていたカーシャが戻ってきた。

 俺の様子がいつもと違うことに気付いたらしい。

 気の利く奴だ。困ったことに。

 「もう少し隠れてろ。なにかおかしい」

 カーシャを下がらせて、しばらく様子を見るが、何も動きはない。見られているような雰囲気はたしかにあるんだが。

 仕方がない。こうしていては、日が暮れてしまう。

 カーシャを呼び寄せて、とりあえず進むことにした。

 「気のせいとは思えないが、こうしていても埒が明かない。

  とりあえず、進むぞ」


 見られてるな、やっぱり。視線を感じる。だが、どこにいるかがわからん。相当な手練れ…なんてことはないだろうな、おい。




 無事に洞窟の前まで来ちまった。

 ということは、洞窟の中で待ち伏せの可能性があるか。

 普通の巣だとすれば、残りは10頭くらいだ。そのつもりで入って30頭いましたとなれば、あっさり押し潰されるだろう。

 そういう罠の可能性が高いか。

 カーシャを連れて入るわけにはいかないな。

 洞窟の入口の外を向いていれば、万が一、何かが近寄ってきても、気付いて逃げる余裕があるだろう。

 カーシャを穴の外に残して、1人で入る。




 奥の方から気配がする。まるで誘っているような感じだ。伏兵でも潜んでるのか。

 ゆっくり慎重に進まないと。

 枝道にも注意しつつ奥へと進むと、一際大きなオークと共に、10頭ほどのオークがいた。大きいのはオークリーダーだろう。やはり、ただの巣ではなかった。

 身体強化で、筋力と速度を上げ、斬りまくる。

 オーク共は、何かを待っているかのように、自分からは攻めないで俺の出方を窺っている。何か──多分、背後からの増援を。

 まずい! 外にはカーシャを待たせている。

 増援が入口から来るのなら、カーシャと出会(でくわ)すことになる。一刻も早く戻らないと。

 焦ると剣筋が鈍る。必死になって平常心を保って、オークリーダーの首を刎ね、急いでそれだけ持って入口に戻ると。そこには、ぐったりとして座り込んだカーシャがいて、その目の前には、十数頭に及ぶオークの残骸があった。目の前の森の木々が、かなりの幅で、カーシャから斜め上に向かってまっすぐ抉られている。

 どうやら、カーシャは、オークに襲われてあの妙な魔法を発動したらしい。ともあれ、無事でよかった。




 残骸──多分、光の柱から外れたお陰で残った部分からは、それがどんなオークのものだったか判別できるものはなかった。

 洞窟の中にいたオークリーダーの首だけが、この群れが単なるオークの巣ではなかったことを示している。

 カーシャを背負い、残党がいる可能性も考えて、かなり離れた場所まで戻ってからカーシャを寝かせた。

 カーシャを拾った時も、こうして魔力を使い果たして倒れていたんだったな。

 カーシャのいた位置のちょうど顔の両脇辺りの高さに開いていた穴、その片方にオークの右腕がぶら下がっていたことを考えると、オークがカーシャを嬲ろうとしたんだろう。そして、恐怖に駆られたカーシャが魔法を暴発させた。

 どうやら恐怖をきっかけに、自分の正面に向かって灼熱の光を撃ち出す魔法らしい。

 残っていた死体は、焼け焦げた断面を晒していた。

 オーク共の残骸としか言いようのない破片がかなり広範囲だったことを考えると、洞窟の中にいた連中よりも多かったんだろう。むしろそっちが本体で、オークリーダーより上の存在もいたかもしれん。

 まあ、報告は無理だな。

 オークジェネラルだのオークキングだのがどっかに控えてる可能性もあるから、そっちの方は報告がいるとして。

 今回は、オークリーダーが率いてる群れを俺1人でなんとか潰したって報告でいいか。

 カーシャにも詳しいことは話さない方がいいだろう。

 どっちにしても、カーシャが魔法を自力で制御するってのは望み薄だな。


 とすると、今後はどうするか。

 カーシャは、もう成人した娘だ。職にさえ就ければ、1人でも生きていける。

 俺と一緒にいると、今回みたいなこともまたあるだろう。

 俺に並んで戦うってのは、いくらなんでも無理だ。

 そうなったら、どこかに家を構えて留守番させるか、それなり程度には戦えるように鍛えるか、危険を承知で今と同じようにつれて歩くかしかない。

 俺は家を持てるほどじゃないから、それは無理だ。

 あとの2つは、まともな神経を持った娘なら、選ばないだろう。

 …潮時か。

 まさか手放すのを残念に思うほどほだされるとはな。

 手放したくないという思いがどこからくるのか、自分でもわからない。




 「お願いですから、置いていかないで…」

 なんてこった。

 カーシャも、俺から離れたくないってことか。

 しかも、この言い方は…。

 本当に、俺のものにしちまえばいいってことだよな。

 よし。


 いまだに起き上がれないカーシャの顔の脇に左手を置いて、顎に右手をかける。

 例の魔法の発動条件は、恐らく恐怖心で間違いないだろう。

 カーシャが俺に恐怖を感じるということは考えにくいが、初心(うぶ)なこいつが緊張のあまり…ってのは、ありえなくもない。

 魔力が収束するようなら、すぐに逃げなきゃならない。いつでも身を躱せるようにゆっくり近付いたら、カーシャが体をこわばらせた。

 魔力の収束はない…が、とんでもなくガチガチだ。こいつは、別の意味で危ないかもしれんな。

 仕方がない、また仕切り直すか。

 口ではなく、額にキスを落とすと、カーシャは緊張のせいか失神してしまった。


 …前途は多難だな。

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