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『半径1メートルの日常』  作者: 八神 真哉
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『カタギのお仕事』

店頭に置いていると確実に売れる本がある。

『広島ヤクザ伝。「悪魔のキューピー」大西政寛と「殺人鬼」山上光治の生涯』(幻冬舎文庫)という本である。 


わたしが広島に帰って何年か後、広島駅の新幹線ホームで銃撃事件が起きた。ヤクザ同士の抗争である。

県外の人間から、「さすが、広島!」と手紙が来た。銃撃などは何十年ぶりだったのだが、当時は、まだまだ映画『仁義なき戦い』のイメージが強かったのだろう。


事件当時のテレビには、黄金山を背に、高石垣そびえる奥の関門、その上に屋根瓦付きの白い塀を張り巡らせ、何層にも重なる白亜の天守閣のような会長宅に警察が捜索に入る様子が繰り返し映っていた。

(高石垣はトラックの特攻に、鉄筋コンクリートの天守閣はマシンガンの銃撃にも耐えられるであろう)


とは言え、カタギのわたしには縁のないものであった。

祖母が亡くなったと聞き、夜明け前に車で実家に向かっていた時に、広島刑務所前で黒服の方々20人ほどがずらりと並んで、どなたかの出所を待っていたのを見たことがあるぐらいである。


商売上、その業界の方が訪れることはあったが、せいぜいが、「差し入れに『六法全書』を持っていきたいんじゃ。置いてあるか?」であった。

当時、わたしの勤めている店にマル暴の刑事がツケで本を買いに来ることがあった。

目つきが鋭いうえに角刈りで恰幅のよいその男は、どう見ても刑事というより、武闘派の若頭という風体であった。そういったタイプでもなければ勤まらないのであろうが。


あるとき、短くなった小指にガーゼをまいた若い衆が、「姐さんに頼まれた。紀伊国屋にもなかった。東京の出版社にあるのなら送料も払うから明日までに何とかしてくれ」と言ってきた。

店長はその無理難題を受けた。それを前例として次も同じことを言ってきたのでわたしが断った。


その後、2階のフロアにいた女性スタッフが「今日見たら右手の小指もなかった」と報告に来た。

さすがに本を翌日に入手できないぐらいで小指を落とされるようなことはあるまい。

そもそも短期間に指を二本も詰めるようなことをしでかす者はその業界に向かないとして辞めさせられる。最近はお金で片を付けることも多い、と何かの本にあった。


スタッフの見間違いだろうと思っていたが、のちにほかの会社の書店員に「×××××(自主規制)て、二本めの小指を詰めた者がいる」と聞いた。


そんなある日、大手の出版社から『SOPHIA』というハイソサエティな女性向の雑誌が発売された。

書店には広告代わりの袋が配られ、そこには「無料で配達します」という文言が記されていた。

「配達は無理。どこから申し込みがあるかわからない」と伝えると、「御社が無理な場合、ほかの書店に頼みますから」という回答が返ってきた。


すぐに、わたしの判断が正しかったことが証明された。

某書店の外商部に「姐さんの『SOPHIA』が届いていない」という電話がかかってきたのである。

あわてて、そのお城のようなご自宅に赴き、平身低頭「代金は結構です」と伝えたという。


まあ、その程度である。広島は皆さんが思っているほど危険な地ではない。



※次ページ 32話。 『カタギのお仕事』リターンズ

※ 35話。 Re『カタギのお仕事』リターンズ 公開中。



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