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『半径1メートルの日常』  作者: 八神 真哉
29/100

『置き土産』

「思い出テスト」。

テレビ番組『モニタリング』でやっていた企画である。

場所はスーパーマーケット。ちょっとしたステージに上がり夫婦で同じ答えが出れば5割引きという内容である。「初めてのデートはどこに行った?」から始まり5問連続で一致しなければならないのである。


とんでもない企画である。チャレンジする夫婦も夫婦である。うちの嫁さんは、それを見て「別の相手とのことだったら、どうするんだろう」と言って席を立ち、隣の部屋に行ってしまったのである。


最近、『死後離婚』『損する結婚 儲かる離婚』という物騒なタイトルの本が発売になり、そこそこ売れている。

店頭に並んでいる分には一向に構わなかったのだが、よりにもよって嫁さんと食事をしている時に、それをテーマにした番組が始まったのである。


『死後離婚』で真っ先に上がったのが「夫と同じ墓に入りたくない」という項目であった。

思わず箸が止まった。思い出したのである。以前、「散骨」の特集をしていた番組を見て、嫁さんが「わたしはこれでいいなあ」と言っていたことを。

わたし自身も「それもありか」と思っている。ただし、嫁さんの真意が、「夫と同じ墓に入りたくない」であれば、ことは重大である。


もはや食事どころではない。我が身を振り返るまでもない。わたしは仕事を理由に何一つしてこなかったのである。家事は言うまでもなく、息子たちが何学部に入ったかさえよくわかっていないほどであった。


男とは鈍感な生き物である。1年ほど前のテレビでリポーターが「若いころに戻れるとしたら、もう一度、今の奥さん(あるいは、ご主人)と結婚しますか?」と60前後の夫婦にインタビューしていた。

男はたいてい「勿論」と答える。一方の女性は、ためらいもなく「とんでもない」と答えるのである。「退職金をもらったら離婚します」とテレビカメラの前で宣言する女性もいる始末である。悲惨である。哀れである。


さて、問題は我が家である。それでも『損する結婚 儲かる離婚』については、さほど心配はしていない。自慢ではないが、分与する貯金がないからである。退職金もないため「退職離婚」もないと思われるからである……いや、待て。インタビューされていた男どもは皆そう思い込んでいたではないか――と書いているさなか、ろくでなしの父が逝った。


父が、もう少しまっとうであったなら、わたしの人生は違っていたはずである。

売れたかどうかはともかく、手塚治虫以来の「デビュー作が連載」という快挙ほかにいたかもしれないがを成し遂げていたはずである。あるいは、アニメの道に進んでいたかもしれない。


もっとも、そのようなことになっていたら今の嫁さんとは出会っていないだろう。父がろくでなしの酒飲みだったから、今のささやかな幸せがある、ともいえるのである……嫁さんも、そう思ってくれていることを願うばかりである。


その父の葬式から帰ってきて嫁さんが、「お義父さん、エンディングノートのようなものをつけてくれていたらよかったのに。あなたはつけておいて。わたしのほうが先かもしれないけど」と言った。


死後離婚については恐ろしくて聞けないが、生前離婚はなさそうである。一生許すつもりのなかったろくでなしの父であったが、たった一つ、置き土産を遺してくれたようである。



挿絵(By みてみん)


こたつとねこ

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