夢と記憶⑩
それからすぐのこと。
場所は日暮れ前の教室。いるのは、海流ともう一人。
「何のつもりかは知らないけど、瑠璃の優しさに甘えるのはその位にしておいた方が良い」
「それがお前の素か。安藤」
「そんなことはどうでも良い。瑠璃があんなくだらない連中に引っ掛かったのも、元はと言えば君の所為だ。あいつらにはそれなりのけじめを付けるつもりだけど、その前に、君のことは片付けておかないとね」
「……片付けるとは、物騒な物言いだな」
「やれないと思うかい」
「……いや。だが、お前と命のやり取りをする気はない」
「怖気づいたの?」
「喜多村が、悲しむ」
黙り込む海流。
「お前が、どれだけ喜多村のことを大切に想っているか、分からない程鈍くはない」
「君に、何が分かる」
「安藤、お前は何年そうやって喜多村のことを見てきた?どうして、自分の気持ちを伝えようとしない」
「うるさいよ」
「どうしてそうしない?自分の気持ちを知って貰えないことが嫌なのか、自分の気持ちを知られることが怖いのか?それとも、」
「黙れ久住」
「あいつに拒まれるのが、」
「黙れ!『雷撃』!」
海流が声を荒げると、手元から青い火花が散って久住くんを襲う。
ばぢん、と一瞬周囲が光に包まれて、それが治まると、久住くんがいた場所に跡が残った。
「それ、は、なんだ。あんどう」
久住くんは、無事だった。
でもまったく影響を受けていないわけではなくて、制服のあちこちからこげ臭い匂いが立ち昇っている。
口も上手く動かないようだ。
「へえ、避けたの。咄嗟にしては流石というか、良い運動神経してるね」
久住くんは元の位置から50cmくらい動いていて、元いた場所ではリノリウムの床が溶けている。
「それは、何だと、聞いている」
「瑠璃を守るための、力だよ」
「喜多村を、守る?」
「そうだとも。あいつらやお前のようなくだらない連中から瑠璃を守るために、僕が身に付けた『魔法』だよ」
「『魔法』?」
「別に理解して貰う必要はない。どうする久住。なかなかのダメージを受けているようだけど、次の一発を躱せるかい」
「……それが、お前の拠り所か」
「は?」
久住くんの言葉の意図が分からず、きょとんとする海流。
「そんな力があるから、勘違いしたか」
「勘、違い?」
「その力で守りたいのは、彼女か?それとも」
久住くんが海流に問う。
「お前とあいつだけの世界か?」
海流は、その問いに返事が出来ない。
「何を、言ってる」
「誰かがあいつの傍にいることがそんなに嫌だったか」
「違う。そんなことは思ってない」
「誰も近寄らせなければ、いずれはあいつがお前を見てくれると、そう思ったか」
「違う」
「どうしてそんな都合の良い答えに辿り着いた?そこに、あいつ自身の気持ちはあるのか」
「……それ、は」
「結局、お前が望んだのはあいつがお前だけを見てくれる世界だろうが」
久住くんの言葉に黙り込む海流。やがて、ぽつりと呟く。
「それの、何が悪い」
「悪いなんて言っていない」
「なら!」
「だけど、それはお前の我儘だ」
「そうさ!僕がそうしたいと思った!それの何が悪い!!」
「あいつはそんなこと、望んでない」
「……望んで、ない?」
「あいつは、お前みたいに閉じられた世界で生きて行こうなんて、これっぽっちも思っちゃいない。だからそれはお前の独りよがりなんだよ」
「お前に瑠璃の何が分かる!」
「分からないから分かりたい。そう思ったから、俺はあいつに惹かれた」
「結局、お前も僕と同じじゃないか」
「そうだ。ただ」
「何だって言うんだよ!」
「俺はあいつと二人きりの世界なんて、いらない」
「どう、して」
「それじゃあいつが納得しないからだよ。喜多村は、そういうやつだ」
「……そう思うのは、君の勝手だ」
そう答える海流の言葉に、さっきまでの力はなかった。
「……守ると、約束したんだ。今度は、間違えない」
今度は間違えない?海流の言葉の意味が分からない。
「そんなことをしても、あいつは喜ばない」
「うるさい。黙れ」
「安藤」
「もう御託は沢山だ、『雷撃』」
海流がためらいもなく、久住くんに二度目の雷撃を放とうとして、
久住くんは、海流の懐に飛び込んで打ち出される前の「雷撃」を暴発させた。
ばぢん!!
「ぐあっ!」
海流が、声を上げた。
二人は「雷撃」を直接体に受けて、崩れ落ちる。
両膝を床についた海流は、右手が肘まで裂けて血に染まっている。
久住くんは、倒れ込んだまま、身動きをしない。
久住くん!
そこでなぜか、周囲を見渡す海流。
海流。
もしかして、私の声が聞こえているの!?
きこえているの、海流?
だったらもうやめて。こんなことやめて。
私はふたりが傷つくなんて、いやだよ。
久住くんが、
「この、程度、で、死ぬ、か、よ」
え?
「さっき、も、いっ、たろうが、いのち、の、やりとりは、しない」
久住くんは床に倒れたまま、声だけを発する。
「るりが、かなしむ、から。おまえ、をおもう、るりがかなしむ、から」
「君にも、聞こえたのか」
腕から血を流しながら、それでも冷静に問う海流。
「なに、が」
「……違うのか。違うのに、そうなのか。君は」
「意、味、分からん」
そう言って、久住くんは意識を失った。
「瑠璃」
海流が、私を呼ぶ。
「瑠璃、いるんだろう?今の僕では、見ることも感じることもできないけど、君はそこにいるんだろう?」
いるよ。私、ここにいるよ。
「みっともない所を見せてしまったね。それと、久住君にも酷いことをした」
海流、どうして。
「少し無茶をしたけど、久住君の命に別状はない。『治癒』」
光が久住くんを包んで、あちこちの弾けた久住くんの傷を覆っていく。
「聞いてくれ、瑠璃」
海流。
「僕は、君のことが好きだった。ずっと、昔から」
海流、わたし。
「多分君は君であって君ではないんだろう。それは、これから僕がやろうとしていた事が上手くいった、そういうことなんだろう」
どうして?こんなことを。
「君が君でないように、ここにいる僕も、元の僕ではないんだよ」
どういう、こと。
「だから、言えなかった。でも、誰にも渡したくなかった」
私は、気付いてなかった。いや、気付けなかった。
私の、せいだ。
「僕が間違っているのは分かっている、でも」
海流。
「ごめん瑠璃、僕は、もう止まれない」
海流、海流、おねがい。
聞いて、海流。私が、
「だからもし、また僕が間違ったら、」
海流、私が
そこで、海流の手を、
久住くんが握った。
「なに、を言いたいかは、知らんが、これ以上、あいつに、背負わすな」
「久住、君」
「よく、分からんが、半分、俺に、よこせ」
「は?」
「瑠璃が、半分、背負った、俺の分だけ、俺が瑠璃を、背負う」
そうして、本当に久住くんは気を失った。
それから、海流は長いこと、座り込んだまま動かなかった。
「瑠璃」
海流が私を呼ぶ。
「君を送り込んだのは、おそらく僕だろう」
海流が私を、この記憶の中に?いや、これは記憶じゃなくて、過去なのか。
「そっちの僕が何を思ってそうしたのかは僕には分からない。でも」
「今度はきちんと、振ってやってよ。瑠璃」
そう言って、海流はとても悲しそうに、笑った。
海流!
そこで、私の記憶は途切れた。




