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夢と記憶⑧

「おはよう久住くん」

「……おう」


 翌日から、そうやって挨拶するようになって、

 それから、私と久住くんは少しずつ話をするようになった。


「少しずつじゃねえだろ」

「え?何が」

「いや、だから。ほどほどにしてくれって言ったろうが。喜多村」

「ほどほどだよ?」

「違う。こういうのは毎日って言うんだ」

「毎日ほどほどに」

「いつの間に増やした。減らせ」

「久住くん、女の子に『減らせ』はセクハラだよ」

「いやそういうことじゃなくて。頼むから空気呼んでくれ」

「え?」

「周り見ろ」


 振り向くと、皆の視線が私達にちらちらと向いている。

 それぞれ別の話をしてるようでいて、でもこちらの様子を伺ってるようでもある。


「あれ。なんか私達、目立ってる?」

「なんで気付いてないんだよ」

「いや、普通に話してるだけでしょ」

「俺と話してれば目立つに決まってる。ほら、安藤も気にしてるみたいだし、もう戻れ」


 久住くんはそう言って私との話を打ち切った。

 しょうがなく席に戻ると、海流が私に話し掛ける。


「瑠璃ちゃん、最近久住君とよく話してるね」


 他の子と違い、海流だけは私と久住くんが話すのを離れた席からずっと見ていたらしい。


「うん。こないだからだけどね」

「……ふうん」


 久住くんの言った通り、あの日、海流は私が来るのを駅で待っていた。


「安藤、あとは任せるぞ」


 そう言って私を海流に引き渡すと、久住くんはさっさと隣の車両に乗ってしまった。どうせ同じ駅で降りるんだし、同じ車両に乗ればいいのに。

 その後はいつもと同じように海流と帰ったけど、久住くんとどんな話をしたのか海流は聞かなかったし、私も話さなかった。だから海流は、久住君と私はまた元の感じに戻ると思っていたらしい。


「この間、久住君と何かあった?」


 だから、海流が疑問に思うのも当然かもしれない。


「何って言うか、お互いに誤解があったから話して、その誤解が解けたから話すようになっただけだよ?」

「まあ、変なことじゃないなら良いけどね」

「なに、変なことって」

「いや、瑠璃ちゃんが彼に気を遣ってるんじゃないかと思って」

「別に気を遣ったりはしてないよ。どっちかというとこっちが気を遣わせてるのかな」

「瑠璃ちゃんに、久住くんが?」

「今もみんなや海流が見てるから、って、話切られた」

「そう思うんなら、程々にしておいた方が良いかもね」

「久住くんにも同じこと言われた。ほどほどにしとけって」

「だったら尚更だよ。久住君も困ってるみたいだし、あんまり話し掛けない方が良いと思うよ」

「そうかなあ」

「そうだよ」


 海流の言ってることはよく分かる。

 久住くんは誰とも関わりを持ちたくないってあの時言ってたし、それはある意味本心だと思う。

 でもあの時、少しだけ久住くんとちゃんと話してみて、もしかしたら、久住くんは他人とどう接していいのか分からないんじゃないかって思った。


 だから、

 傷付けないように。

 傷付けられないように。


 久住くんは、本当は、


 私が言いかけた時、チャイムが鳴って、私と海流の会話はそこで終わった。


 そしてまた別の日。


「でさ、あの時、結局私に何の用事だったの?」

「衛さん家の場所聞こうと思ってた」

「え?知らないの?子供の頃から同じ部だったんでしょ」

「部活じゃなくて道場な」

「それは良いけど、何で私なの?海流いるじゃん」

「俺は安藤が衛さんの弟ってこないだ喜多村の話で初めて知ったの。衛さんからは弟の名前は出たことないから」

「普通気付くでしょ」

「あれだけ兄弟で雰囲気違うと分からねえよ。喜多村と違って俺は付き合いないんだから」

「同じクラスなんだから、話せばいいのに」

「……前も言ったろ、そういうの好きじゃないんだよ」

「うわ、またそれ?だったら何で海流ん家行こうと思ってたの」

「安藤ん家って、衛さんに用があったの。借りてたもの返そうと思ってたし、もう電話も勘弁して欲しかったから」

「借りてたもの?」

「喜多村が今持ってる」

「私が?……あの、手ぬぐいのこと?」

「そう。あれを返すのと、あと、もう道場に誘うのは止めて欲しいって何度頼んでも電話くれるから、きちんと事情を説明して、断るつもりだった」

「あれ、衛兄ちゃんのだったんだ。じゃ、私返しておこうか?」

「いや、借りた本人が返すのが筋だろう。だから早めに返してくれ」

「意外にそういうの律儀なんだね、久住くんは」

「普通だろ」

「そうかな。まあいいや、昨日洗濯してるから明日持ってくるね」

「頼む」

「あと、事情って?」

「……だから、何でもずけずけ聞くのはやめろって」

「ああごめんごめん。ついあれこれ聞くのが癖になっちゃってて」

「その癖は直した方が良いぞ。あと」

「あと?」

「安藤が見てる」

「別にいいじゃない」

「喜多村が良くても俺が困る。ほら、戻れ戻れ」


 少し不機嫌そうに手をひらひら振って私を追い払う。


「この間も言ったけど、久住君に……」


 戻ってきた私に、海流がまた前回と同じ話を始める。


「違う違う。こないだの続きが聞きたかっただけ」

「一緒。久住君は歓迎してないように見えるよ」

「だって、気になったことはすっきりしておきたいじゃない?一応話も聞けたし納得はしたよ。それよりさ海流、知ってた?久住くんって、海流が衛兄ちゃんの弟だって知らなかったんだって」

「……ああ、まあ、僕と兄さんはあんまり似てないしね。二人並んでても兄弟には見えないらしいし」

「そうかなあ」

「瑠璃ちゃんと他の人の目線は違うしね。他人にはそう見えるんだよ」

「そんなもんかなあ」

「そうだよ。あのさ、瑠璃ちゃん」

「何?」

「久住君のこと、何か気になってるの?」

「何かって、何?」

「いや、なんて言ったら良いか」

「海流の質問、さっきから何、何、って変な感じだよね。どしたの」

「……瑠璃ちゃんが男の子と話すの、珍しいからね」

「そう?別に久住くんとしか話してない訳じゃないけど」

「そういえば、そうかもね」

「それより、最近海流の周りの方が静かじゃない?最近は女の子からもあんまり声掛からなくなったし」

「ああ。あの子達のことなら、色々とお願いして、納得してもらったから」


 そう言って隅にいる女の子グループに目を向ける海流。


 海流の視線に気付いた子らは、なぜか視線を逸らす。

 あれ?前とちょっと反応が違くない?

 なんか、ちょっと……怯えてるようにも見える。


「そう言えば最近、あの子達からのちょっかいは減った?」

「ちょっかいって言うか、最近あんまり話してないんだよね。なんかちょっと距離を置かれてるっていうか」

「彼女達には彼女たちの付き合いがあるからね。あんまり深入りしない方が良い」

「まあ……ね」

「久住君にも。彼にだって都合はあるんだしさ」

「ああ、うん。注意しとく」


 なんだろう。海流の機嫌があんまり良くない気がする。

 だけど、海流の忠告をよそに、私と久住くんの話す機会は少しずつ増えていく。


 そうして、私と久住くんの距離が近づいていって、

 また、騒動が起きた。

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