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夢と記憶⑦

「喜多村」


 それから数日たったある日の昼、久住くんはいきなり私に話し掛けてきた。


「え、わ、私?」

「ああ、用がある。時間の都合付けられるか?」

「え、わ、私、また何かした?それならごめんね久住くん」

「……なんで、いきなり謝るんだ」

「い、いやまた私、久住くん怒らせるようなことしたのかと」

「……いや、やっぱり用はいい。すまなかった」


 そう言ってその場を立ち去る久住くん。

 え。なにまたなにか私悪いことしたの?

 なんで久住くんはいきなり私に声を掛けて、それやめちゃったの?


 私は久住くんが言いかけてやめたことが気になって、その後はずっとそのことだけを考えていた。

 その日の授業が終わってすぐ、私は久住くんの席に向かった。


「ねえ久住くん、ちょっと良い?」

「……用事なら、もう気にしなくていいぞ」

「いや、途中まで言いかけてやめられたら気になるよ」

「気にしなくていい。喜多村に用があった訳じゃないから」

「え?じゃ、何で」

「だから、気にするなと、言ってる」


 そう言って席を立つと、


「その話はもう、いい」


 鞄を手にして出て行こうとする久住くん。


「ちょっと待ってよ」

「……なんだよ」

「なんかそれ好き勝手すぎない?久住くん」

「……何が」

「いきなり話し掛けてさ、こっちがびっくりしてるのにやっぱりいいって、勝手に話打ち切って。こっちが何の用か聞こうとしてももういいって、それ、ちょっと失礼じゃない?」

「理由もなく、頭下げるのは失礼じゃないのか」

「え?」

「ただ声を掛けただけの相手に喜多村は頭を下げるのか。それは、失礼じゃないのか」


 あ。


「いや、それは」

「別に嫌なら相手して貰わなくてもいい。別に喜多村でなくてもいいと、そう言ったろうが」

「いやだって」

「俺と話すのが嫌な喜多村に話し掛けた俺が悪い。だからこの話はこれで終わりだ」


 そう言って、今度こそ久住くんは出て行った。


 なんで。

 なんでそんなことで、私が久住くんに怒られないといけないの。


 そりゃ、少し苦手だと思ったから、だからつい謝っちゃったけど、

 そのくらいで、そんな冷たい目で見ないでよ。

 なに、その「ああ、こいつとは話にならないな」ってその態度は。


「瑠璃ちゃん、どうしたの?」


 海流が私に近付いてくる。


「久住くん、どっちに行った?」


 私は俯いたまま、海流に聞く。


「いや、多分まっすぐ帰るんじゃない?彼部活やってないし」

「海流、今日は一人で帰って。私ちょっと寄り道して帰るから」

「え、なにいきなり」


 海流の返事も聞かず、カバンを握って私はダッシュした。階段を駆けおりて、靴箱に着く。それらしい人影を探すけど久住くんはいない。どこだ。

 靴をはいて全力で飛び出す。校門を出て左右を見渡すと、右手、かなり先の方に久住くんの姿が見える。いた!久住くんめ、足速いなこの。

 そのまま全力で走っていって、500mくらい走ったところでようやく久住くんに追いついた。減速しないでそのまま久住くんの背中にぶち当たる。


「痛っ!?」


 声の割には以外にびくともしていない久住くん。ああ腹立つ。


「お前なに、え、喜多村、か」


 私の暴挙に驚く久住くん。


「お前、なに、してんの。何のつもり?なあ、き、え?」


 なんで驚いてるのさ久住くん。


「お前、何で、泣いてるの」


 そうなの?知らん。


「なに、もしかして、さっきの、ことか」


 知らないってば。


「おい、喜多村」

「ごめん、なさい」

「き、たむら?」

「ちゃんと、話も、きかないで、こわがって、ごめんなさい」

「……喜多村」

「そんなつもりじゃなくて、久住くん、私になんかいう時いつもなんか私が悪いことしてて、だからまた、知らない間に、なんかやっちゃったんじゃないかって、そう思って」

「俺、そんなに怖いの?」

「こわいよ。いつも怒ってるし、態度わるいし。目付きこわいし」

「……あのさ、喜多村」

「なに”」

「とりあえず、泣くのやめてくれ。どうしていいか分からん」

「泣いてない」

「いや思いっきし泣いてるから。俺すげえ目で周りに見られてるから。ほら」


 と、久住くんが私の手を取る。


「とりあえずその顔なんとかしてくれ」

「生まれつきだからどうにもできません」

「そうじゃなくて!」

「また怒る」

「ああもう喜多村マジ面倒臭い」


 そう言いながら、私の手を引いてすぐそばの公園まで行く。


「そこにトイレあるから、顔洗ってこいよ。ほら」


 私に何かを渡す。タオルじゃないな。手ぬぐい?


「ずっと使ってないから汚れてないはずだ。使え」

「でも」

「頼むからまずその顔洗ってくれ。話ならいくらでも付き合うから」

「ずび」

「洟、洟」


 トイレで顔を洗い、鏡で変なことになってないか確かめて。

 出てきた私を見る久住くんはやっぱり怒ってて、でもなんかちょっと違う。


「久住くん」

「……色々言いたいことも聞きたいこともあるんだが」

「あ。いや」

「その前に、怖い思いをさせたならすまなかった。喜多村、ごめん」


 そう言って、久住くんは私に頭を下げた。


「あの、そんなんじゃないから」

「悪い。泣くほど怖がられてたとは思わなかった。愛想が良くない自覚はあるけど、泣かれるのはさすがに堪える」

「いや、そうじゃなくて」

「そんなに怖いんなら、できるだけ声は掛けないようにするから。だから、もう」

「話を聞けええ!」

「き、きたむら?」

「とりあえずこっちの話も聞いてよ」ぐす。

「わ、き、喜多村分かった!分かったからもう泣かんでくれ!頼む!」


 公園のベンチに座る私と久住くん。スカートが汚れないようにって、敷物を敷いてくれるけどなぜそんなとこに気が利く。で、またなんで手ぬぐいなんだ。


「カフェかファミレスに場所を変えた方が良かったか?」


 ぷるぷると首を振る私。


「そうか。じゃあどっから話す?」

「……なんで、怒ったの、久住くん」

「怒ったって、それ、どの話?」

「最初の、話」

「いや、怒ってるって言うか、用があって喜多村に話し掛けたら、なんかいきなり顔が強張って謝り出すから、ああ、喜多村は俺の事怖いんだなって。だから話するの諦めた」

「だって久住くん怖いよ。いつも怒ってるし」

「いつも怒ってるつもりはないんだけどな」

「でも、いっつも不機嫌そうだし、返事もなんか脅されてるみたいだし」

「……不機嫌なことは、まああるけど、人を脅す気はない」

「久住くん、私との会話、覚えてる?」

「こないだの、当番の件か?」

「それもあるけど、駅でも」

「駅?」


 え、覚えてないの久住くん。


「私とぶつかって、スマホの心配が先かって」

「ああ、あれ喜多村だったのか」

「知らなかったの?」

「悪い、ほとんど顔見てなかった。ただマナー悪い女だなと」

「えー。海流も一緒だったのに」

「海流って誰だ?」

「同じクラスの安藤海流だよ、私の幼なじみ」

「安藤って、もしかして、衛さんの弟か」

「それも知らなかったの!?」

「いや、弟がいるのは知ってたけど、同じ高校にいるとは知らなかった。それが?」

「海流の話じゃなくて、久住くんが怒った話。駅と学校、私2回連続で久住くんに怒られてるんだよ」

「は?俺、喜多村の事怒ってないぞ」

「え、だってあの時」

「俺が怒ったのはあの連中。喜多村知らなかったのか?あいつらサボりの常習犯だぞ」


 それ、初耳だ。


「大体うちの日直、男女ペアだろ。でもあいつらすぐいなくなってサボるから、相方の男子がほとんど後始末してる。一度二度ならまだしも、毎回なら一言くらい言いたくなるだろうが。あげく、手前のことは棚に上げて『邪魔』とか、どの口が言えるんだ?」

「わ、私は」

「あの時も言ったろうが。喜多村からじゃねえなって」

「あ」

「あいつらだけでも腹立つのに、他人巻き込むとかどういう料簡だよって、怒ったの」

「でも、私にも怒って」

「怒ってる時にあっちとこっちで表情変えたりできねえよ。別に俺、喜多村の事直接怒ったりしてねえだろ」

「そうなの」

「そうだよ」

「で、でも。お昼のと、さっきのは?」

「昼の件はさっき言ったろうが。顔引きつらせてる相手に話なんかできるか」

「その後は」

「だから、ごく普通に返したろ。もういいぞって」


 はあ?


「だって、あんな言い方して」

「なにが」

「気にするな。喜多村に用はないって」

「違うだろ。『喜多村に用があった訳じゃない』って言ったはずだ」

「それそれ!私の話し掛けてその言い方はおかしいよ!」

「あー。それは悪かった。俺は衛さんのことで用があったんだよ」

「衛兄ちゃんの?」

「そう。こないだ電話があった時、喜多村の名前が出たから、それで」

「私に声を掛けたの?」

「そう。まあその話はもういいんだけど、それで誤解は解けたか?」

「まだ」

「まだあんのか……」

「いきなり頭を下げて、失礼だって」

「あー……」


 久住くんが宙を仰ぐ。


「悪い喜多村。それは本当にかちんときてた」

「うえ?」

「いや、喜多村があの剣幕でこっちに捲し立てるから、こっちも売り言葉に買い言葉で。あれは俺も短気を起こしたと思う。悪かった」


 また久住くんが頭を下げる。


「もういいよ久住くん」

「いや、しかし」

「あの時は私もかちんときてたし、お互い様だよ」

「……喜多村の剣幕、ちょっと驚いた」

「え、割とよくあるんだけど」

「よくあんの?あれが?」

「久住くんなにその言い方」

「いやだって、ダッシュで体当たりって」


 ああそっちか。


「加速したら止まりませんでした。あれは足の速い久住くんが悪い」

「俺!?俺が悪いの?」

「それとね」

「まだあるのか?」

「久住くんは、言葉も態度もなってないよ。言葉はぶっきらぼうで冷たく感じるし、なんかいつも怒ってるみたいでみんなも声掛け辛いし」

「……それは、そんな時もある」

「久住くんいつもじゃない」

「そんなことは、ない」

「そうじゃなくても、みんなはそう見てるの!」

「こっちには、こっちの事情があるから」

「それは自分の問題で、他人にぶつけていいことじゃないよ」

「そんなことをしてるつもりはない」

「でも、みんなは久住くんのこと怖い人だって思ってる」

「……まあ、間違ってる訳じゃない」

「だったら!」

「それこそ俺の問題だ。喜多村や他の連中があれこれ言うことじゃない。怖いなら怖いで別に良い。俺は他の奴に何かをする気はないし、して欲しい訳でもない。ただ、放って置いてくれれば良いだけで、騒動も面倒もご免だ」

「だって、当番の時は」

「俺が気に食わなかっただけで、他の連中のことまで考えてた訳じゃない。喜多村、お前のことも同じだよ」


 何かを拒絶するかのように、久住くんは言う。


「今回は喜多村の勢いに押されてあれこれ余計な話をしたけど、もういいだろう?喜多村も余計なこと気にすんな。それぞれ事情があるんだ。踏み入らないのもマナーのうちだぞ」

「でも」

「怒らせたり泣かせたことは謝る。すまなかった。だけど、こういうのはこれきりにして欲しい。別に喜多村のことを嫌ってるんじゃない。俺が他人と余計な関わりを持ちたくないだけなんだ」

「なんで、そんなに人を遠ざけるの?」

「一人の方が楽に生きれるから」

「それは、私は、さみしいと思うよ」

「喜多村はそう思うんだな。でも俺はそうじゃない。だから、押し付けないでくれ」

「押し付けてなんか」

「それならそれでいい。喜多村を責めたい訳じゃないんだ。気持ちはありがたく受け取っておくよ」


 ぐす。


「わ、喜多村、頼むからそれやめてくれ」

「だって、本当は久住くん、すごくいい人かなって」

「そこで疑問形かよ!」

「だってまだよく知らないし」

「だからそれでいいんだよ。俺と喜多村はただのクラスメイト。変に絡むと彼氏が嫉妬するぞ」

「彼氏?」

「だから疑問形やめろ。安藤に怒られるぞ」

「海流が?なんで?」

「おい、まさか……」


 久住くんがうわって顔した。


「あのさ、喜多村にとって、安藤って?」

「幼なじみ」

「プラス?」

「……マイナス?」

「0じゃねえか!そうじゃねえよ喜多村!お前、超天然かよ!」

「なに言ってるの久住くん」

「お前こそなに言ってんの?うわ、一方通行かよ。安藤も気の毒に」

「海流の話は別にいい。私、それだと、あんまり久住くんと話できないよ」

「だからこれまで通りじゃねえか」「やだ」「はあ?」

「なんかそれ、久住くんの言い分ばっかりで、やだ」

「喜多村、幼児教育からやり直すか?」

「なにそれ、自分だって結構言ってること子供っぽいくせに」

「ああん?なに言ってんの喜多村、お前」

「私が納得いかないの!」

「いや、お前の言い分とか知らねえから」

「じゃあ私も久住くんの言い分は知らない」

「マジか。マジ、子供が相手か」「うっさい孤独厨!」「ちゅ、厨って」

「とりあえず明日から普通に話し掛けます」

「なにその死刑宣告。俺マジに殺されると思う、安藤に」

「相手してくれなかったら教室でガン泣きします」

「うわ汚ねえ!そしてあざとい!計算高すぎる」


 私は久住くんに言う。


「……ねえ久住くん、本当に嫌?本当に嫌なら無理強いはしない。でも、いま久住くんと話して私は楽しかったし、色々分かってよかったと思ってるよ。だから」

「……頼むから、ほどほどにしてくれ。少しはこっちも妥協するから」

「うん」

「あと」

「?」

「頼むからもう泣くのはやめてくれ。本当に、どうしていいのか分からん」

「うん、気を付ける。昔っから治らないんだよね。これだけは」

「頼むわ」


 そう言って、久住くんは笑った。


 私と久住くんが、初めて向き合った日のこと。

 これも記憶だけど、私が今知りたいのはこれじゃない。

 海流は、どうなったの。


 これから、どうなるの。

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