夢と記憶⑤
教室が、しんとなる。
久住くんは、その子の前まで行くと、
「邪魔って、言ったか?」
「い、いや、そんなつもりじゃ」
「もう一度、言ってみろよ」
「あの、その」
「言えよ」
「……」
「俺とお前、筋が通ってねえのは、どっちだよ」
久住くんの声だけが、教室に響く。
「ご、ごめん」
「……喜多村」
え、わ、私。
「俺は職員室で日誌と資料貰ってくるから、教室ん中やっといてくれ」
「あ、ご、ごめんね久住くん」
私の返事を聞いているのかいないのか、久住くんはそのまま教室を出て行った。
「……なにあいつ。キモっ」
「なんであんな怒んなきゃいけないの?頭おかしいよ」
「なにが『筋』よ、馬鹿じゃない?」
久住くんがいなくなったあと、腹立ちまぎれに彼の悪口を言う女の子たち。
「い、いや私が悪かったんだから、そういうの止めようよ」
「あんたにそんなこと言われる筋合いないよ」
「え、だって私がちゃんと」
「なんであたし達があんたのせいで怒られなきゃいけないのよ」
「ふうん。それ、瑠璃ちゃんのせいになるの」
矛先が私に向きかけた所で、海流が話に割って入る。
「安藤、くん」
「まあいいや。瑠璃ちゃん、あとから付き合ってくれる?」
「え、なに?」
「例の彼、野田くんだっけか?話付いてるから、あとで彼の所に行こう」
え?なに、それ。
「いつの間にか向こうも変なことになってて困ってたらしいよ」
「海流、野田くんに会ったの?」
「いや、間に人を立てて事情を聞いた。彼自身も拡散した覚えはないらしい。それでも迷惑掛けたって、謝りたいってさ」
「そうなの?」
「うん」
「でも、海流。どっからそんな話持ってきたの」
「まあ。いろいろとね」
「自分でやるって言ったのに」
「だから僕はお膳立てをしただけ。後は瑠璃ちゃんが自分で言えばいいじゃない」
「納得いかないなあ」
「ちょ、ちょっと待ってよ瑠璃!その」
「ああ、君には僕も用があってね。後から時間取れる?」
女の子に自分から声を掛けるなんて、珍しいな。
なんかあったのかな。
「ほら、瑠璃ちゃんも急がないと、また久住君に怒られるよ」
あ。
ギリギリなんとか間に合ったけど、また久住くんに怒られるとこだった。
でもまだ野田君のこともあるし。気が重いなあ。
でも、私は知ってる。
野田君はとても良い人で、私が謝ったら彼も謝って、お互いそんなこと繰り返してたら、海流が「二人とももう良いじゃない」って言って。おつき合いはできないけど、また機会があればってそんな感じで、全然うまくいったことを、知ってる。
だけど、この、目の前のことを、私は知らない。
私の前には海流と、海流を狙ってたっていう女の子が二人で会っている。
海流はいつもの笑顔、女の子の方は少し緊張してる。
「悪いね。時間作って貰って」
「ううん。良いんだけど、用事って何?安藤君」
「うん」
海流が、にっこりと笑って言う。
「君が、瑠璃にしたことの礼をしようと思ってね」
「え?」
「知らないとでも思ったの?随分、裏であれこれやってくれちゃってさ」
「な。なんの話、安藤君」
「なんだっけ?瑠璃が、野田君だっけか。彼と上手くいけば自分にもワンチャンある、って、なにそれ。寝言?」
「あ、あの」
「なんで僕が君みたいなのを相手にするって思えるの?頭に蛆でも湧いてるの?」
「あ、んどう、く」
「気持ち悪いから名前呼ばないでよ、反吐が出る」
「……」
「まあ屑は屑なりに使えない頭絞ったようだけど、前提が間違ってるんだよね。ワンチャン?そんなものある訳ないのに。黙って大人しくしていればいいものを、瑠璃まで巻き込んでさ」
海流が女の子の首に手を伸ばす。やめて海流。
「ひ、ひう」
「これ以上足りない知恵を垂れ流す前に、この頭ごと捥いであげようか?」
みし、と彼女の首元から音がする。
「や、やめ、かはっ」
「魂が臭いから息まで臭いね。ここで死んどく?あ、いや。ここでは殺人はご法度か。面倒だな」
「た、す、けて」
「ああまあしょうがないか。まあ生かしといてあげても良い。君次第ではね」
海流は制服のポケットから何かを取りだす。
小さな石と少し大きな石。
まさか、あれは。
「見てなよ?『炸裂』」
ぱん!と弾ける小さい方の石。破片が飛び散って二人に刺さる。
「ぎっ!」
「何だいその汚い悲鳴は。まあ見ての通りだよ。この大きさでもそこそこの威力はある、で」
海流が女の子の鼻をつまむ。息ができなくなった彼女は口を開けて、
海流が、石を、彼女の口の中に放り込んだ。
「さて、その弱い頭でも、これからどうなるか位は見当つくよね?」
「や、やめ」
「大丈夫大丈夫。大人しくしてたら、死なずに済むから」
「あ。え」
「返事も汚いなあ。君が今後、瑠璃と僕に余計なことをしなければ、それはそのままにしておいてあげる。ああ言っておくけど、この世界じゃそれは取り出せないよ」
「う、え」
「そうだな、いくつか説明しておこうか。一応、体が弾け飛ぶのは3年。内臓がなくなる位で済むのが5年。害がなくなるまでは、20年くらいかな」
「え」
「さっきからそれしか言えないのかい?まあ良い。あとは僕が起動させる条件だけど、まあ次に、瑠璃に変な話が出たら無条件に、ってことにしておこうか」
「わ、わだ、し」
「だから君は、これから普通に生きていれば問題ない。他人を陥れようとか、自分の得ばかり考えて他人の気持ちなんかどうでもいいとか、相手を力ずくで抑え込もうとか、そういうことを僕の前でしなければ、天寿は全うできるよ。嫌でしょ?全身が弾けて死ぬなんて」
海流の顔は変わらずにこやかで、でも、さっきの破片であちこちから血が流れている。
海流の言葉にこくこくと頷く彼女。
「じゃ、まあこのくらいにしておいてあげるよ。ああ忘れてた。今日の話、したければ別に構わないけど止めといた方が良いと思うよ?頭おかしいと思われるし、あと」
「いいまぜん。だがら、だずげで」
「最初からそのくらい謙虚なら、痛い目見なくて済んだのにねえ?あと、相手が悪かったね」
「あい、て」
「君の標的が瑠璃じゃなかったら僕は動かなかった。そういう意味では素直に告白して、振られてた方がまだましだったかもね」
「ゆるじて、くだざい」
「駄目」
「おねがい、でず、ゆるじて、」
「今、ここで死んどく?」
「……」
「ああついでに予防線も張っとこうか。逃げても良いけど、その時も、ね?」
そう言って、ようやく海流は彼女の首から手を離す。
彼女はぺたんとしゃがみこんで、それから声も出さずに泣き始めた。
「わだし、ぞんなつもりじゃ、なかっだの。ちょっと、あんどうくんがいいなって、だだ、それだけで」
「あそこまで瑠璃を責めれるんだ。無神経にも程があるね」
「わだじ、しにたくない」
「さっきも言ったろうに。大人しくしてれば普通に死ねる」
「ころさ、ない?」
「瑠璃に余計なことをしなければ」
「……どうして、るりなの」
「……理由が、いるの?」
そう言って、海流は去り、彼女だけが残された。
なに。これ。
海流。
海流。
あなたは、なんてことを。




