夢と記憶④
もともと私は海流以外の男子生徒との接点が多い訳ではないし、グループ単位で話をすることはあるけど自分から進んでっていうのもないから、私以上に誰かと接点を持つ気のない久住くんと私は、これから先話すことなんかないんだろうな、とその時はぼんやりと思ってた。
でも、そうじゃなかった。
きっかけは、私への誘いだった。
といっても久住くんが相手じゃない。厳密には「告白」という訳でもない。
2つ隣のクラスの、野田君という人から呼び出されたんだけど、これがちょっと面倒で、クラスのグループで話す女の子の知り合いが隣にいて、またその隣のクラスのグループの男子からといった感じで、私の意思と関係ないしがらみみたいなもので私はその話を断れなくなっていた。
後で聞いた話だと、どうやら同じグループの子は海流を狙っていたらしい。まあそういうことかと今は言えるけど、だからって私を巻き込まないで欲しい。
たまたまだけど、海流は家の用事があって早く帰らないといけない日だった。別にたまたまじゃないな。その子がその日をセッティングしたんだから間違いなく計画的だ。
和美は和美でマイペースだから、私の話を聞いても、
「うわー。ぜひ体験してきてよ接待デート。どうせお代はむこう持ちでしょ?さんざ飲み食いして元取ってくればいいじゃん。え。あたし?いや。あたしなら死んでも行かないけど何か?」
和美マジぶっとばす。
しょうがなく付き合いで行ったチェーン店のカフェで、私は初めて会う男のひとにうんざりするほど自慢話と質問を繰り返された。正直、初めて会う人との距離感なんてまったく分からないからどうしていいかもよく分からない。
私に好意を抱いてくれるのはありがたいけど、できればもうちょっと、こう、ゆっくり距離を縮めて欲しい。そう思って話を合わせるけど、あんまり私の意思はうまく伝わってないらしい。
そうやって考えてみると、海流との距離感が私にとってすごく居心地のいいことに気が付いた。
たぶん、あのくらいが私にはちょうどいい。でも、目の前の彼に同じことを期待するのは酷だろうな。
結局、私の初デートらしきものは、ただ二人で話しただけで何も起きずに終わった。
どちらかというと面倒が起こったのはその後だ。
「瑠璃ちゃん。6組の野田って人と付き合ってるの?」
「はあ?」
「いや、噂になってるけど。瑠璃ちゃんと野田って人が付き合いだしたって」
な。なんですと?
「どっから、そんな話が」
「出どころは分かんないけどね。本人が言って回ってるようでもないし、知らない間に拡散してるみたいだよ。そう、やっぱり違うの」
「違うけど、なんで分かるの海流」
「まあ瑠璃ちゃんの態度見てればね。ふうん、なるほどね」
「なに?」
「いや、『外堀を埋める』って、こういうことかとね」
ああ、和美が言っていたあれか。
いや、ちょっと待って。
今の私は、どの私だ?
リリアンヌとして、夢の中で記憶を思い浮かべてる私なのか。
当時の記憶や経験を、追体験している瑠璃としての私なのか。
それとも、まったく別の視点から俯瞰している誰かなのか。
自分の立ち位置が曖昧なまま、それでも話は進んでいく。
「なにそれ」
「いや、やっぱり瑠璃ちゃん向きの策ではないなと、そう思っただけ」
「言ってる意味が分かんないんだけど、どうしようか。困ったね」
「困ったって、何が」
「いや、違うって私がいうのも何だしさ。野田君を傷つけちゃうし」
「でも言わないとこのままずるずる既成事実にされちゃうよ?」
「だけどさあ」
「何なら、僕が言ってあげようか?」
「あ!……いや、それダメだよ」
「何でさ。一番円く収まると思うけど?」
「……うん、そうだけど。でも」
「でも?」
「自分で言わないのは、ズルいと思うから、やっぱりダメだよ」
海流が、大きくため息を吐いた後、窓に体を向ける。
「それが相手の狙いだろうしね。瑠璃ちゃんが断り辛い状況まで追い込むか」
「そうなの?」
「それで瑠璃ちゃんをものにした、って騒いで、何が楽しいんだろうね」
窓に体を向けた海流の表情は、私に見えなくなっている。
「うん。まあいいよ。私、きちんとお断りしてくる」
「いいの?」
「まあもともとは断り切れなかった私が悪いんだし、はっきり言えなかったのも私が悪い」
「……」
「ちょっとくらいは何か言われるかもだけど、それはしょうがないよ」
「あのさ」
「なに?」
「とりあえず、付き合ってみようとは思わなかったの?」
「うーーん。そんな気持ちにはならなかったかなあ」
「どうして。付き合ってみたら意外と合うかもしれないのに」
「まあ、そういうのもアリなんだろうけど。でも」
「でも?」
「私は、私が好きになった人とつき合いたいなあ」
海流は、私の答えに少しだけ間を置いて答えた。
「……そう」
「うん。だから、明日にでも野田君とこに行って、ちゃんと言ってくるよ。ごめんなさいって」
「分かった。じゃあ僕は露払いでもしておくかな」
「『露払い』?なにそれ。今日の海流は私には分からないことばっかり言うね」
「まあ瑠璃ちゃんが分かるようなら苦労はしないかもね」
「それがほめてないのは分かった」
「さ、じゃあ今日はもう帰ろうか」
「だね」
明日、野田君にきちんとお詫びして、ごめんなさいを言って、許して貰えるといいけどなあ。
……翌日。
野田君に会う約束を取り付ける前に、6組へ行こうとしてた私にグループの子たちが話し掛けてきた。
「瑠璃、ちょっと、良い?」
なんかちょっと、顔が怖い。
「あのさあ。せっかくこっちが頑張ってセッティングしたのに、なんでこっちのメンツ潰すようなことすんのさ」
「いや、それはものすごくごめんって言うか。その」
「どうせあんた誰ともつき合ってないんでしょうが。いいじゃん野田くんでさあ」
「いや、そんな簡単に決めれないよう」
「なんでそんな重く考えるのかが分かんないんだよ。付き合ってみて、それで駄目なら仕方ないけど、こないだ茶ぁしただけじゃん。良いも悪いもそんなんで分かるはずないでしょうが」
「まあ、そうなんだけど。でも」
「でもじゃない。あたし達の身にもなってよ」
別にいじめられてる訳じゃないと思う。けど、みんなの重圧がすごい。
「あんたには借りも返して貰わなくちゃいけないんだから」
「借り?」
「そうよ。あんたと野田くんがうまくいったら、安藤君紹介して貰うからね」
うわ、目的はそっちか。
「あのね、そんな貸し借りとか言わなくても、好きなら海流に直接言えばいいと思うよ?」
「あんた馬鹿じゃない?それで断られたらどうすんのさ」
「そりゃあ、諦めるしか」
「やっぱその程度だよね、瑠璃は」
「え。え?何がさ」
「そうならないように、色々手を尽くすの恋愛じゃない。馬鹿正直に告白一本なんて、今時小学生でもやらないわよ!」
え、そ、そうなの?
「だからとりあえず、あんたは大人しく野田くんと付き合っときなさい。彼良い人だし、あんたを悪いようにはしない位はちゃんとしてるから。あんたに向いてる安藤君の目をこっちに向けたらあとは好きにしていいから」
「私に、向いてる?」
「あーもう!これだからお子ちゃま面倒なのよ!良いから私たちの言うこと黙って聞け!」
勢いに押されて、つい「うん」って言いそうになった時。
「喜多村、お前、何してんだよ」
そこにいる、女子全員の表情が凍った。
「く、……く、ずみ、くん」
「お前、俺と当番だろうが」
「あ。は、はい」
おっかなびっくりの様子で、それでもグループの一人が言う。
「あ、あの、久住くんさあ?あたし達、今大事な話、してんだけど」
「だから?」
目を細めて、女子を睨む久住くん。
「邪魔、を、しないで」「ああん?」
にべもない様子で久住くんが言う。
「喜多村」
「え、は、はい」
「お前、今日俺とお前が当番だって知っててこんなことしてんのか?」
「いや、あの」
「まあ。状況からして、喜多村からじゃあねえか」
「いや、あの」
「お前ら」
「俺、舐めてんの?」
久住くんが、こわい。




