「彼女」との対面②
「え。ど、どうして」
ある程度予測のついていた私とは違い、思わぬ返事につい問い返してしまうリリ。
「こう言い方は失礼に当たるかとは思いますが、まず、お話の意味が理解出来ません。目的も分かりませんし。逆にお尋ね致しますが、リリアンヌ様がたはその女性を何の目的でお探しなのですか?」
「あ、いや…その…」
「もし、その女性が私の友人だとして、その女性に何をなさるおつもりですか?何か事情をお持ちだとは理解できますが、目的も分からず、ただ『紹介して欲しい』は少々不躾なお話ではないでしょうか?」
「いや、そんな、つもりは、」
「先程、『賢者』様のお名前も出ましたが、私はそもそもその『先読み』について何も知りません。ですから、ただそうだから、というだけで知人を紹介など安易にできません」
「いや、もう少し気楽に考えて欲しいんだけどね」
「カミラ様。そう仰るのであれば、私が納得のいく理由を示しては頂けませんか?少なくとも、こちらに具体的なことを何も示さない、というのであれば、こちらからお話しできることは何もありません」
予想以上に拒否反応が強いな。なにか訳ありのようだが……
「アンドルー様。リリアンヌ様が私にお話しされる内容をご存じだったのですか?」
「いや。彼女が会いたい人がいる、というのは聞いていたが、目的については私も知らない」
「そうですか。では、この話はここまでです。私に何かを聞きたいというのでしたら、まず何のためにそうしたいのかを筋道立ててお話し下さい」
「あのさ。ちょっと聞いて良いか?」
「……それは、私に関する質問、ということでしょうか」
「ああ、そもそも俺はただの付き添いだからな。リリアンヌの事情について知らないのは俺も同じだ」
「でしたら」
「俺が聞きたいのは、クラウスさんが断ってる理由だ」
「今話したように……」
「それだけじゃないだろう?」
アレックスは、何かを試すように問う。
「まあクラウスさんが言う通り、ちょっといきなりすぎる話だな。結局目的についてはぼかしたまんまだし、何をしたいのか横で聞いててもさっぱり分からん。門前払いも当たり前だ」
「……」
「ただ、クラウスさんの反応もちょっと過敏に感じるんだが、何かあるのかい?」
「……それについて、私がお答えしなければならない理由があるのでしょうか」
「いやこっちも似たようなもんだから、答えたくないならそれでいい。ただ、アンドルーの不興を被ることが怖くはないのかい」
「……それは、脅しですか?」
いかんな。険悪な雰囲気になりつつある。
「アレックス、その位にしておいてくれ。すまないねクラウス。私にそのような意思は全くない。君の言い分についてももっともだし、こちらにも事情があるように、そちらにも事情があるのも良く分かる。こちらの言い様が不快に感じたのなら謝るよ」
「……いえ、そのように言って頂けるのでしたら。ただ、この話はこれで終わりにして下さい」
「あ、でも」「分かった、君の言う通りにしよう。リリ、この場は私が預かるよ。いいね?」
「……う、うん」
今回のリリとクラウスの接触は失敗だ。少なくとも出だしとしては最悪に近い。
今ここで食い下がっても心象は悪くなる一方だろう。ならば今日はここで引き揚げた方が良い。
やはり、多少強引にでも先にリリから事情を聞いておくべきだったか。そう思いながら腰を上げようとした所で、
からん、と呼び鈴が鳴った。
「あれ?お客様だった?」
そう言って、一人の少女が店に入ってくる。
年の頃は私達と同じくらいだろうか。アレックスのそれとは少々色合いが異なる、落ちついた色合いの赤毛は後ろで纏められていて小ざっぱりとした印象を受ける。
そばかすがやや目につくが顔立ちは比較的整っており、やや長めのエプロンスカートや髪を留めるカチューシャと相まって下町の看板娘、といった体にも見えなくはない。事実そうなのだろう。右手に下げ、布に覆われた籠の中身はパンだろうか、香ばしい匂いを漂わせている。
「お店のパン持ってきたんだけど、お邪魔だったみたいね」
「いや、私たちはちょうど引き揚げる所だったので構わないよ」
「あ、そうなんですか、って!あの、もしかして、王子様ですか」
「アデル、お客様にいきなりは失礼だよ。申し訳ありません、アンドルー様」
アデルと呼んだ女性を制し、クラウスが言う。
ふむ、ちょっと風向きが変わってきたかな。ならば。
「気にしなくて良いよクラウス。
初めましてアデルさん。私はレストニア=ディ=アンドルー、君の言う通りこの国の王子だよ」
「う、うわあ。あ、あの、以前式典のパレードでお見掛けしたことがあって、私、それで」
「そう。見に来てくれたんだね。それは嬉しいな。ところで、改めて名前を聞きたいのだけど、教えてくれないかな?」
「あっ!す、すみません!私ちゃんと名乗りもせずに!」
「いやアデル、アンドルー様がたは今お帰りに……」
「名前を聞かれて答えないのは失礼でしょ!」
よし。乗ってきた。
「あの、私、アデル=ベイカーって言います」
「そう。あらためてよろしくアデルさん。ところで、その籠は?」
「ああ。クラウスにうちのパンを持ってくるのが私の習慣なんです。で、今日も」
「アデルさんはパン屋を?」
「はい!すぐそこの『ベイカー・ベーカリー』って所が私の実家なんです」
「へえ。クラウスとは付き合いが長いのかい」
「アデル!いい加減にしないか!」
クラウスが語気を強めてアデルを制するが、構うものか。
「いやすまないクラウス、仕事の邪魔をしてしまったね。私たちはこれで引き揚げるからまた日を改めて」
そこにアレックスが歩調を合わせてくる。
「そうだな。邪魔もなんだし、折角だからアデルさんとこの店にでも寄って買い物でもして行こうか?なあアンドルー」
「うん。それはいいね。アデルさん、構わないかな?」
「え、お、王子様が私ん家のパン、食べるんですか?まさか」
「いや私だってその匂いはちょっと気になるし、それに彼女達も一緒だけど構わないかな?」
そこでようやく彼女はリリ達に意識を向ける。
「あの……、こちらの皆様は?」
「ああ。紹介が遅くなってしまったね。彼女はリリアンヌ。私の婚約者だよ」
「ええっ!!あ、あの、『お姫様』ですか!?」
「あ、は、はい。リリアンヌ=ギュスターブです。よろしくねアデルさん」
「は、はい!『お姫様』に会えるなんて!しかもご挨拶まで頂けるなんて光栄です!!」
「それとそちらは彼女の友人でカミラさん。こちらは私の友人でアレックス」
「あ、は、初めまして!アデルと申します!よろしくお願いします」
「では早速で申し訳ないのだが、君の店まで案内してくれないか?」
「あ、はい!じゃ、ちょっと待って下さいね。クラウス!」
「そんな大声出さなくっても聞こえてるよ。何」
「これいつもの分。今聞いてたように、私今からアンドルー様達とお店に戻るから、籠は後から取りにくるからね!」
「分かった。……アデル?」
「ん、何?」
「アンドルー様達を、よろしく頼むよ」
まあ、流石に正面切って「余計なことは言うな」とは言えないか。
すまないが折角のチャンスだ。有効に使わせて貰おう。
「どう思う?」
「なんとも、言えないね」
アデルと話す私の後ろで、リリとカミラのひそひそ声が聞こえる。
きっかけを掴むことはできたが、偶然に助けられた面は大きい。これ以上クラウスの心象を悪くしたくないのであまりこういう手は使いたくないんだが、今回に関しては背に腹は代えられない。
リリ達も、何が目的かは知らないがもう少し打ち明けて欲しいものだ。
「じゃあ行きましょうか」
そう言って扉を開けるアデル。
「では失礼するよ。クラウス」
「……お役に立てませんで」
やや憮然とした表情のクラウスの横に、注がれぬまま冷めてしまったポットが見えた。
しまったな。せめてひと口飲んでから話をすれば良かった。




