「彼女」との対面①
「本当にすまなかった。クラウス」
「……いえ、気になさらないで下さい」
「いや、私も正直、彼女がああまで豹変するとは思いもよらなかったので、対応が遅れてしまった。申し訳ない」
「いえ。いきなりで驚きましたが、今までも何度かありましたから」
「やっぱりかー。クリス君かわいいもんね」
「リリアンヌ。男に『可愛い』は褒め言葉じゃないぞ」
「え、そうなの?」
「まあ、言われて嬉しい言葉ではないかな」
「そっか、ごめんねクリス君」
「いや、気にしてませ…」「んあ?あたしなんでここで寝てるの?」
びくっ!
「はいはいか……ミラはおとなしくしてようね」
「あんたまた危ない。ああそうか、あたしクリス見て意識飛んだんだ」
「なに?あれ無意識でやってたのかよ!怖ええなカミラさんは」
「いやー。これだけの美少年、人生で二度会えるかどうか分かんないからね。じーっと見てたら気が……とお、……く」
ぱこん。
「痛う!なにすんのよあんた!」
「また意識飛びかけてたよ」
「あ、そうなの?じゃ仕方ない」
「カミラさんは強いのか弱いのかよく分からん」
「まあ、この話はその位にして本題に戻ろうか。クラウス?」
「あ、はい」
「用事の途中だったのだろう?とりあえずそれを済ませてから話がしたいのだが、大丈夫かい?」
「あ、そうでした。アンドルー様、お時間を頂戴してもよろしいですか?」
「ああ。押しかけた上に迷惑まで掛けてしまったからね。こちらの都合に付き合わせて申し訳ない位だ」
「いえそんなことは。では手早く済ませて参りますので、少々お待ち下さい」
そう断りを入れると、クラウスは店の奥に戻っていった。
「カミラ嬢」
「あ。はい」
「今度同じようなことをしたら、帰って貰うよ?」
「あ、ご、ごめんなさいねアンドルー様。ちょっと我を失っちゃって……」
「まあちょっとさっきのは怖かったもんな」
「私が忘れてたのも悪かったから、あんまりカミラを怒らないであげて。アンディ」
「そうはいかないよリリ。迷惑を掛けられたのは私ではなくクラウスなのだから」
「それはそうだけど、でも」
「クラウスは見ての通り、非常に女性受けのする容姿をしている。だが本人にとっては、それは必ずしも喜ばしいことではないんだよ」
「……あー、まあそうだろうな。そういうこともあるか」
アレックスはさすがに気付いたな。カミラ、君はどうだ?
「……あたしが悪かった。クリスには後でちゃんと謝っておくよ」
「え?私、話についていけてないんだけど」
「あのなリリアンヌ」
「うん」
「クラウス=シュプリンガーと言えば、当代切っての魔石加工師だ」
「うん。私はよく知らないけどそうらしいね」
「でも実は、あの容姿で貴族の奥さまやお嬢様を誑し込んで、その地位を得たとしたらどうする?」
「いや、それはないでしょ。あんな真面目そうだし、元々一途な性格でしょ?」
「なんでそんなことリリアンヌが知ってんの?」
「あ!いや、人づてに聞いた話、だよ」
「……まあいいや。リリアンヌが今言った通り、俺が知ってるクラウス=シュプリンガーの評判はそうだ。でも、そう思わないやつもいるってことだよ」
「え、それって、クリスがその奥様とかお嬢さまとかに取り入ってるって、そう思ってる人がいるってこと?」
「どこにでも、他人の成功をやっかむ奴はいるんだよ」
そこからは私が引き継ごうアレックス。
「それだけならばまだ良いのだけど、中にはクラウスが娘に手を付けて、自分の家を乗っ取る気なのだと邪推する者もいてね。おかしな話だよ、近づいてきたのはクラウスではなく娘の方なのにね」
「うわあ。クリス、苦労してるんだねー」
「まあそういういざこざに巻き込まれて、貴族に近寄るのを嫌がるようになってね。なによりクラウスにとっては、実力で評価して貰いたいのに、それ以外のことで有名になってしまうことが辛かったようだ。だからクラウスは、自分の容姿についてはあまり触れられたくないんだよ」
「あたしが、ちょっと無神経すぎた」
「まあそう思うのなら、彼にきちんと謝っておいてくれ。こんなことで彼の気分を害したくない」
「そのお気持ちだけで充分ですよ、アンドルー様」
戻ってきて、いたのか。
「すまないクラウス。君の耳に入れるつもりはなかった」
「先程からアンドルー様は謝ってばかりですね。お気になさらないで下さい。こればかりは持って生まれたものですから仕方がありませんので」
にっこりと笑みを浮かべるクラウス。
「それに最近は私の容姿でなく『仕事』で見てくれる方も多くなりましたし、貴族の皆様とのお付き合いも今となっては良い経験だったと思うようにしていますので」
「そう言って貰えると、こちらとしても気が楽になる」
「……あの、さっきはごめんなさいね、クリス。急に抱きついてしまったりして」
「いえ。驚きはしましたが怒ってはおりませんので、あまりお気になさらないで下さい。カミラ様」
「でも」
「先程も同じことを申しましたが、慣れていますので」
「まあ、本人にとっちゃ嬉しくないんだろうが、俺なんかにしてみれば羨ましい話だよ」
「アレックスにはキャサリンがいるじゃない」
「それとこれとは別!」
まあまあ。どうもこの面子は話が脱線しがちだ。
「それでクラウス。もう良いのかい?」
「ええ。ひと段落しましたのでもう今日は店じまいです。ちょっとお待ち下さいね。今お茶を入れますのでそちらへどうぞ。」
そう言って、店内に設えられた接客用のソファーを私達に勧め、お茶の支度を始めるクラウス。すでに温めてあったのだろう。茶葉をポットに入れて手際よく湯を注ぐ。
「慣れてるね」
「商売柄、お客様に茶を淹れることは多いので慣れてはいますが、あまり期待して頂いては困ります」
「そう?本当に手慣れてる感じだけど」
「格好だけですよ。しばらくお待ち下さいね」
クラウスは盆に載せたポットとティーカップを私達の前に並べ、自分も同じように腰掛けると、早速話を切り出した。
「それで、私に話とは、どのようなご用件でしょうか?加工の依頼ではないと、先程伺いましたが」
「その先は覚えているかい?」
「確か、そちらのリリアンヌ様が、私に御用がおありだとか……」
「うん。さっそくだけど私の方から話してもいい?」
「え、ええ。どうぞ」
「いきなり質問で悪いのだけど、クリスに『幼なじみ』っている?」
「!!」
クリスは突然の質問についていけず、驚いたような顔をしている。
「え、ええ、まあ。それは私も子供の頃からこの辺りに住んでましたし、付き合いの長い友人はそれなりにいますが、それが?」
「その中に女の子はいる!?」
「は、はあ。そ、それなりには」
「どの位!?」
「いやちょっと待てリリアンヌ。お前の質問は一方的過ぎる」
アレックスが勢い込むリリを制する。
「横で聞いてても何が目的でその質問をしてるのかがさっぱり分からん。他人にものを尋ねようって言うんなら、まず自分の話を先にするのが礼儀だぞ」
「あ、ご、ごめんねクリス。えーと、なにから話したらいいかな。ねえカミラ、私ちょっとうまく説明できる自信がないからカミラやってくれない?」
「……まあ、そうなるとは思ってた。そうだね、あたしとリリアンヌはある女性を探してる。その子の足取りを掴むために今日こうしてクリスの所へお邪魔している、という訳」
「尋ね人、ですか?」
「そう、今は皆目見当がつかなくてね。ほとんど手懸りらしい手懸りはないのだけど、あたし達が唯一持っている情報が『クラウス=シュプリンガーの近くにいる女性』っていう」
「私の……近く、ですか?なぜ、そうだと?」
「あー。それは……」
「あ、あの!フェル様!『賢者』さまのお力でね!たぶんそうなんじゃないかって!」
その話は、初耳だ。
先程からカミラやリリが話していることのおおよそは以前リリから聞いていたが、その元がフェルミ様のおそらく「先読み」が関わっているなど、初めて聞く話だ。
話に集中している3人の外で、私とアレックスは顔を見合わせる。アレックスも私と同様で、何かの情報を得ている訳ではなさそうだ。
お互いに軽くかぶりを振る。
その話は、リリアンヌの秘密にどう関わっている?
フェルミ様はリリに何を話した?
クラウスが何を知っているのか聞く必要がありそうだが、クラウスの顔色が良くない。あまり良い反応ではないな。
「大変申し訳ございませんが、リリアンヌ様のご期待には沿えないかと思います」
やはり、そうか。




