私はあなたの、
「リリアンヌさん」
「ずび」
「そもそもの話ですが、これだけ世間が仲睦まじいと知っているあなた方二人を、たかだか私の懸念程度で引き裂くことなどできる訳がないでしょう?」
そう、なの?
私たち、そんなに有名なカップルだったんだ。えへへ。
「しかしあまりに甘すぎるので、最近は世間でもやや食傷気味とか」
…私たち、そんなに有名なバカップルだったんだ。しょぼん。
「…まあ、すでに神前で『婚姻の誓約』まで交わしているのですから、あなた方の事情が多少どうあれ、誓約を覆すことなどそうそうできるはずがありませんよ。ですから本来、あなたはなんら動ずる必要のない立場なのです。まずそこを理解していますか?」
え、そうなの?だって私、ヒロインじゃないよ?悪役だよ?
えーフェル様なんでそんな「何でお前は分かってないんだ」って顔するのさ。
「さすがにちょっと、私の認識が甘かったようですね」
ふうう、とフェル様は長いため息をついた。なに!私フェル様になんか悪いことした!?
「リリアンヌさん。あなたとアンドルーのなれそめは、世の人々にとっては『おとぎ話』なのですよ?」
「おとぎ話」って、ちょっと運命的ではあったけど、そんなおおげさな。
「現王と王妃の時もそうでしたが、それが二代続けて「運命の出会い」となれば注目を浴びるのは当然でしょう。この国でも後世に語り継がれるようなロマンスの主役、それがあなた方です」
そんなにおだてられても実感ないなー。
「深窓のお嬢様が、初めて出掛けたお城での晩餐会で、王子様に見初められた」
うん。まあ、そうです。
「その王子様はとても優しく、聡明で、おまけに容姿まで抜きん出ています」
うん。アンディはすっごくかっこいいよ。知ってるよ。
「相手は、こちらもまた6歳にして大層見目麗しい公爵家の一人娘」
いやあ、ちょっとはそうだけど、そこまではないと思うなあ。
「その二人が、『運命』と言っていいほどの出会いを果たし、その日のうちに誓いのキ…」
わーーー!それ言わないで言わないでえええ!!この間二度目があったから思いだしたら恥ずか死ぬうううううう!!!
「…そして、ほんの数か月で婚約までする。これが『おとぎ話』でなければなんでしょうか」
そうなのかなあ。うーん、確かにふり返ってみればまるっきし「ヒロイン」みたいだけどさあ。
あれ?「ヒロインみたい」?
あれ?もしかして、私、
もしかして、ヒロインルートまっしぐら、だったり、する?
え。
え。
ええええええええええええええええええええ!!!!!!!!
い、いま気付いたよ!そうだよ!私今んとこ全く「悪役令嬢」のフラグは立ててないもんね!
「悪いことがおきないように」ってフラグを折ることばっか考えてたから、そういうふうに人に見られてたなんてぜんぜん気づいてなかったよ!!
そうか!私、けっこう今「ヒロイン」しちゃってるんだ!!
いーーーーーーーやっほーーーーーーーーーい!!!!!!!
「浮かれるんじゃありませんよ」
フェル様が私に釘をぶすっと刺す。だいじょうぶ!その釘痛くない!!
「…まさか、まったく自覚がないとは思いませんでしたよ」
いやようやく自覚しまくってます。
私、この世界にいる自分が「ヒロイン」だなんて一度も思ったことなかったから、だからほんとは「ヒロインちゃん」がすごいうらやましくって、だから、だから。
そっかあ、私、ずっとアンディといても、いいんだあ。
うれしいなあ。
うれしいなあ。
「…まあ。嬉しいのは分かりますが、そろそろ落ちついて頂かないと、続きが話せません」
ちょっと油断すると顔がにやけそうだよ。うひー。あ、ちょっとフェル様の顔がこわい。
こほん。で、では続きを。
「今言った通り、現在お二人の間を揺るがすようなことはありません。少なくとも外見には」
「外見」、ですか?
「『内側』については先程私がお話した通りです。特にリリアンヌさん」
「は、はいっ!」
「あなたは一体、何を不安に感じているんでしょうか?」
いや、そりゃ不安にもなりますって。ていうかこれまでは不安しかなかった。
「あなたの、その不安がアンドルーにも伝わって、それが彼の変化に繋がっている、私はそう思いますよ?」
あ。あああ。
…そうか。私がいつも不安がってるから、それでアンディがいつも私に気を遣っちゃって。だから。
そうしたら急に頭が冷えてきた。
「ですから、『これから』のことについて話しましょうか」
「…はい」
「今のあなたを見ていて思いますが、あなたもアンドルーも、互いを思う気持ちが強すぎるきらいがあるようですね。それは、ある意味で『依存』しているようにも見えます」
「…依存、ですか?」
「はい」
私もアンディも、お互いに寄り掛かりすぎてるってこと?
「ですから、まずあなた達はお互いから距離を取りなさい」
えー、さっきと言ってることが違うじゃないかー!
また泣くぞ。ぐす。
「意外とリリアンヌさんは困った性格をしているんですね」
「よく言われます」
「どうやらまた早とちりをしているようですので、一から説明しますよ」
「はい」
「まず、お二人はそもそも視野が狭すぎます」
…自覚はあります。
「ですから、あなたもアンドルーももっと多くの人と接する機会を持たねばなりません」
ごもっとも。
「ですが、あなた達二人は互いの距離が近すぎです。それでは誰も入り込めませんよ」
あ。でもアレックスが、
「確かに彼とアンドルーは近しいようですが、それでもあなたとの間に割って入るような存在ではないでしょうね。おそらくアレック君自身も割って入ろう、などとは思っていない筈です」
「割る、ですか」
それ、必要なのかなあ。
「割る、は語弊があるかもしれませんね。端的に言えば、あなた方はもう少し、自分たち以外の人間関係を広げるべきだと、そう言っているんですよ」
ようするに「お前らはべったりしすぎだ」って、そゆこと?
「あなた方二人の結びつきは強い。多少距離を取り、その間に幾人かを挟んだところで二人の関係は小揺るぎもしませんよ。ですから、これまではそうでもこれからは変わって行かないといけません」
うーーーーん。「ハトプリ」的な話で考えれば、今、私とアンディの「好感度」はMAXでこれ以上上げる必要がないから、もうちょっと別の攻略相手の好感度も上げとけ、ってことだよね。
言ってることはわかるんだけど、他の攻略相手って、アレックスとレオと、まだ会ってないクリスと、目の前にいるフェル様なんだよねええ。
何?私、いま間接的に「アンディばっかじゃなくて私にも構ってくれ」って言われてるのかなあ。
「何を考えてるのかおおよそ分かりますが、異性のことだけを指している訳ではありませんよ?」
うわバレた!でも、ああそうだよね。ここは「ハトプリ」じゃなくて「現実」だから、別に攻略相手だけにこだわる必要はないんだ。
「友人や知人をたくさん作れ、と。そういうことでしょうか?」
「まあその解釈で良いでしょう。いささか不安ではありますが」
そうですか?ちゃんと理解したつもりですよ?
「アレックス君のような共通の友人ももちろん良いのですが、やはりそれぞれに交友関係を持ち、それぞれの世界を独自に持つのが自然でしょうね」
うん。それは分かる。あ、そうそう、
「私は『薔薇園』に来てさっそくお友達ができました」
「ラインフォード家のお嬢様たちと同好の会を作ったそうですね。確か『白薔薇の茶会』でしたか」
「はい。みんな良い人なのでとても嬉しいです。あ、茶と言えばさっきのお茶はとても美味しかったです。図々しいお願いとは思いますが、今度、ぜひフェル様をお茶会にお誘いしたいのですがいかがでしょうか?」
「ああ、そういうお誘いならば喜んで。先程の茶がお好みでしたらその時に持参しましょう」
「あの」
「はい?」
「できれば…、おかしも」
フェル様はにっこりと笑って。
「分かりました。日どりが決まったら連絡を下さい。できる限り調整をしましょう」
え、ホントにいいの?
「フェル様はお忙しいのでは」
「まあそうなのですが、ここまであなたに言っておいて自分は何もしないでは済まされないでしょう。あなたとアンドルーがより良き縁に恵まれる機会となるなら、その程度のことは苦にはなりませんよ。それに、」
「それに?」
「同行の士とお茶について語り合えるのでしたら、是非招いて頂きたいですね」
「そうですか!みんなもきっと喜ぶと思います!」
「では、その時を楽しみにしましょう」
そう締めたあとに、フェル様がやや口調を改めた。
「あと、アンドルーのことですが、できれば今日のことは内密にしておいて下さい」
え。どうして。
「まだ彼の感情は、理性について来れていませんから」
「今日フェル様と話したことを、そのまま話してはだめですか?」
「いえ、多分彼は納得するでしょう」
「では」
「表面上は、ですが」
「…実の所は納得できない、と?アンディはそんなに心が狭いとは思いませんが」
「私にしろ、あなたにしろ、今見えているのは彼のほんの一部分ですよ」
そうなのか、なあ。まあこの間アンディの知らない部分を見たばかりだから、フェル様の言うことにも一理あるかも。でも「ほんの」はないな。うん、私はかなりのアンディ通だ。
「彼自身が納得して受け止めることができるようになるまで、無闇に刺激することは避けたいのです。先日のこともありますしね」
「じゃあ」
「説明する機会については私に一任して頂けませんか?あなた達の悪いようには決してしませんので」
ううん。フェル様にそこまで言われたんじゃあなあ。
「分かりました。でも、私は噓や隠し事が苦手なので、できるだけ早く話せるようにして下さい」
「焦りは禁物ですよ。でもまあそれ程待たせることはないと思いますが。あと、」
「はい。他に何か?」
「あなた方の結びつきは堅い、そう言いましたが『絶対』ではありませんからね。過信や油断は禁物ですよ」
嫌なこと言うなあ。
「『好事魔多し』とも言いますから、決して油断はしないように」
でも、フェル様は私たちのことをちゃんと考えていてくれるから、こうやって戒めてくれるんだろうな。
「分かりました。アンディのことは私がしっかり見ています」
「おもに、あなたのことなんですがねえ」
え?なんでそこでため息なのフェル様!
「話が長引いてしまいました。そろそろ部屋へお送りしましょう」
いや、その終わり方はなんかいやだなあ。
「また困ったことを考えているようですね。ほら、もうお帰りなさい」
うむを言わさない感じでフェル様が「転移」を起動させる。
え、でも私の部屋に「転移陣」は「来た時に使ったのがあるでしょう。もうこんな呼び出し方はしませんし、あれも使い捨てですから、次はちゃんと明るい時にお会いしましょう。では」
フェル様が一息にそう言うと、私の周りがまた光に包まれた。
なんか最後のほうすっごく雑じゃないかなあフェル様!
光がおさまると、私は自分の部屋に戻っていた。
なんか色々目まぐるしくて、いま一つ現実感がない。私、ホントに今までフェル様に会ってたんだよねえ。
ダメだしされて、おだてられて、怒られて、ほめられて、雑だった。
まあでも、少しだけ先が明るくなったような気がする。
やっぱりフェル様に会えて良かったよ。さすがは「賢者」さま、ぱない。
今後もいろいろ相談しよう、って、あ。
「ヒロインちゃん」の居場所、聞くの忘れてた。
ああ、でもまあいいか。
「ヒロインちゃん」はアンディにとっては「ヒロイン」じゃない。
今はわたしが、そうなんだ。
そう思ったら、今までものすごくあせってたのが、すごく楽になった。
もちろんフェル様のいう通り油断しちゃいけないけど、今日くらいはいいだろう。
アンディ。
私は、あなたのヒロインだよ。




