突きつけられた現実①
週が明け、本格的な授業が始まって三日後、私は自室の机に座っていた。
あのメモを読んでからというものどうにも落ち着かない。それをアンディに悟られぬよういつもは使わないような変な気を使ったせいで、まったく授業に身が入ってない私だったけど、ここまでは何とかごまかせたようだ。
もともと隠し事は得意ではないし、これまでもさんざんバレてるから隠し通せたかどうかは自信がないんだけど。まあこれからフェル様に会えばすこしはすっきりするだろうし、余計な気を使わなくてもよくなる。…まあ、話の中身しだいか。
机の上に広げたメモがぼんやりと光り始めた。
ふうん、フェル様のメモによるとこれ「転移陣」なんだよね。でもアンディが言ってたけど「薔薇園」の中って「転移陣」使えないんじゃなかったっけ。まあいいや、おそらく触ってみれば何が起こるか分かるだろうし、フェル様のすることだから危険ってことはないだろう。
指で軽く陣をなぞると、小さなメモに描かれた陣が大きく広がって、私の足下で光り始める。アレックスの時にも経験した光だ。そういえば、アレックスは一緒に居たから魔法を使ったって分かったけど、フェル様のこれはどうやって動かしてるんだろうね。私の知らないすごい技術とかが使われてるのかな。しくみがさっぱり分からない。
「魔法」は誰にでも使えるなんてフェル様は言ってたけど、やっぱり頭の良い人じゃないと無理なんじゃないかなあ。
そんなことを思いながら、私の体は光に包まれていった。
…光がおさまって着いたのは、私が知らない部屋だった。天井が高くて部屋全体が広い。この間行った、フェル様のお家とは違うのが一目でわかる。
「夜遅くに呼び出して申し訳ありません、リリアンヌさん」
背後からそう声を掛けてきたのは、私を呼んだフェル様だった。
「いえ、お招き頂き、ありがとうございます」
「いきなりあのような手紙を渡して驚かれたでしょう?」
「いいえそれは構いません、内容が内容ですから。ところで、『薔薇園』では『転移』は限られた方が、限られた場所でしか使えないと聞いていましたが」
「ああ、まあ普通は無効化されますが、ここの魔法障壁は私が構築したものですから、『転移』の設定に私だけが使える『抜け道』を作っているんです。まあいくら術者とは言え、滅多に使うものではないのですが」
「…その、『滅多は使わないもの』を使う必要があった、ということでしょうか」
ちょっと間を置いて、フェル様が話し出す。
「まあそれについて、色々お聞きしたいこともあるので、まずは落ちついてからにしましょうか」
フェル様が顔を向けた方向には2脚の椅子と小さなテーブルがあった。窓から差し込む月の明かりでそこだけがほの白く浮かんでみえる。
「ここは、どこですか?」
「私の研究室ですよ。ほら、貴方が『広くて静か』だと言っていた、あの中の一室です」
「ああ」
「とりあえず暗いままではなんですし、灯りを点けましょう。『灯火』」
部屋に灯りがともると、部屋の全体や色彩がだんだんとはっきりしてくる。
「これなら見えるでしょう。どうぞ、こちらへ」
「あ、はい」
私が勧められるままに椅子に座ると、ポットウォーマーを掛けたポットと2脚のティーカップ、小皿にはお菓子が乗っている。
わあいマドレーヌとフィナンシェだ。いや違うって。
「葉が開くまで、少し待って下さいね」
「そういうのって、魔法ではできないんですか?」
「まあできなくはないんですけど、湯の温度や茶葉を蒸らすタイミングとかはやっぱり人の手でやった方が美味しいんですよ。『魔法』も完璧ではありませんから」
まあ、フェル様のいうことはもっともなんだけど、そんなとこは繊細なのになんで普段はカップ麺食べてるんだと言いたい。
「ハイランド家のご当主から良い茶葉を頂きましてね。是非リリアンヌさんにも試して頂きたいと」
「ハイランド家の」
「おや?ご存知なかったのですか?ハイランド家の領地の大半は高所にあって、有数の茶葉の産地でもありますよ」
ああ、だから「ハイランド」なのか。アレックスん家ってやっぱすごいんだね。まあ公爵だから当たり前だけど。
フェル様が手慣れた様子でお茶をカップにそそぐ。2つのカップにお茶が満たされると、一つを私の前に置いてフェル様が私の正面に腰掛けた。
「さあ、冷めないうちに、どうぞ」
「ありがとうございます」
足を組み、カップを口元に寄せるフェル様は「ハトプリ」そのまんまだ。優雅で落ちついた、大人の雰囲気ばっちりだ。でもたぶん、カップ麺にお湯をそそぐ時もこの人はこうなんだと思う。だまされるな私。
目の前に置かれたティーカップを手に取ると、お茶の香気がゆるやかに昇ってくる。皿に並べられたお菓子も今オーブンから出したかのように甘い香りを漂わせ、お茶の香気と混じりあって食欲をそそる。
晩ごはん、しっかり食べたはずなんだけどなあ。きゅるる。
こくり、とひと口お茶を飲む。
なにこれ?おいしいいいいいいいいいいいいい!!!なんだこれ!これお茶じゃないよ!なにかって言うとよく分からないけどこれお茶じゃないよ!お茶と言う名のなにかだよ!
マドレーヌもいっこ取って、口に入れる。
うまああああああああああああ!!むっちゃうまああああああああ!!
シェフを!シェフを呼んで!!呼んで何していいか分かんないけどとりあえず呼んで!!
「お口に合ったようですね。上手くできているか自信はなかったのですが」
シェフここにいたあああああああああああ!!!
なにこの人、ケーキ屋できるじゃん!!賢者とか別にいいから!賢者やめてケーキ屋さんやって!
にっこりと笑ってフェル様がミルクの入った器を置く。
「味の変化が楽しめますから、ミルクも試してみると良いですよ」
しばらくの間、私はお茶を堪能した。しすぎた。
そうして、気が付いたらお皿のお菓子はすべてどこかに消えていた、けぷ。
「お代わりを?
「いえ。さすがに夜ですのでこれ以上は」
もうこのまま寝てもいいかな。ごめんアンディ、やっぱりこれは罠だったみたい。おのれ孔明。
「リリアンヌさんも落ち着いたようですし、本題に入りましょうか」
「あ、はい」
おっと、おちゃらけてる場合じゃなかった。今日はこれからが本番だ。
姿勢を正して、フェル様と正対する。
ゆっくりと、フェル様が話し出した。
「…メモの内容について」
「はい」
「入学式以来、お二人の動向については噂で色々と聞いていましたよ」
「噂ですか?」
「仮にも、と言ういい方は語弊があるかもしれませんが、貴方がたはレストニアの王子とその婚約者ですから噂になるのは当然です。研究所の奥深く引き籠っている私の耳に届く位ですから、あちこちで派手にやったようですね」
「いえ、そんなことは」
「ただ少し気になったのは、アントワープ家のご子息との一件です」
「あ…」
「心当たりがあるようですね」
確かめるようにフェル様が続ける。
「その場で刃傷沙汰が起こってもおかしくない位に、アンドルーは殺気立っていた、と聞いています」
「誰が、そんなことを」
「貴方がたの担任のレティシア教授ですよ。『あんな顔ができる王子だとは思わなかった。ただのお坊ちゃんかと思っていたが、年相応に血の気の多い所もあるじゃないか。面白そうだ』と」
うわあ。めんどくさそうな人だと思ったけど、そのまんまだ。
「貴方のことも褒めていましたよ。『中々度胸のある嫁だ』だそうです」
いやだから「嫁」は気が早いって。
「ですからまあ、アンドルーと言えど頭に血が昇ることはあるのだなあと、その程度に思っていました。ただ、」
「ただ?」
「わずかに違和感を感じました。たとえ内心はどうであれ、あくまで冷静に、客観的に判断する。そういう教育を彼は受けているはずです。そして、以前会った彼は事実そうだった」
「私が最初に会った頃から、アンドルーは感情豊かな人でしたよ?」
「まあ、ごく親しい間柄ならそういうこともあるでしょう。が、入学式の、皆が見ている前ですからね。顔に出る程、というのはやはり意外です」
「でも、アンディは彼に暴力をふるった訳でも、怒鳴りつけた訳でもありません」
「ええ。ですから『珍しい』とは思いましたが、それ以上のことではありませんでした。実際に目の当たりにするまでは」
と、フェル様はわずかに間を置いて、
「さして間も明けずに二度目が起きた。それも私の目の前で」
「……」
「正直、面食らいました。ですが、私の違和感が疑念に変わったのはこの時です」
「レイオルド皇子に剣を向けたこと、ですか」
「ええ。あれは本当に危なかった」
危なかった、本当に。アレックスと二人してレオに剣を向けるとかありえない。
フェル様が止めてくれたから良かったようなものの、一歩間違えていたらと思うとぞっとする。
確かにレオはかなり頭にきたけど、ちょっとあれはやりすぎだと思う。
あの時のアンディは、怖かった。特に、その後の、あの言葉、
「…リリアンヌさんはおそらく気付いてはいなかったでしょうが、アレックス君のあれはアンドルーの剣を止めるためのものです」
え、どういうこと!?
「アンドルーは本気でレイオルド皇子を殺すつもりでした。それを察してアレックス君が止めたのですよ」
えっ。
頭がまっしろに、なった。
アンディが、本気で、レオを、殺そうとした?
「こ、殺す、って…」
「少なくとも、彼に刃を引く気はまったく見られませんでした。アレックス君の咄嗟の判断がなければ、間違いなく大変なことになっていたでしょう」
う、そ、だ。
そんな、おそろしいことを、アンディが?
…そして、私は思い出す。
あの時アンディはなんと言ったのか。
『滅ぼせば、いい』
確かに、そう言った。
何の躊躇も見せず。表情も変えないで、まるでそれが当然であるかのように。
アンディは他人に「滅ぼす」と言ったんだ。
そしてアンディはそれを、実行していた。
一歩、間違えれば、じゃなくて、
もう、間違っていたの?
フェル様が続ける。
「リリアンヌさん、結論から先に言いましょう」
普段は優しいフェル様の声が、なぜかとても冷たく聞こえる。
「な、なん、で、しょうか」
うまく言葉が出ない。
「このままでは、貴方とアンドルーはふたりとも」
やめて。
やめて。
「破滅してしまいますよ」




