幕間2:守り手②
「…ちょっとした独り言ですが、聞いて貰えますか?」
「…聞こう」
ジェイソンの答えを受け、アレックスは語り始める。
「まあ俺はこんな育ちですから、あんまりいい思いをしたことがない。ガキの頃はそりゃ惨めなもんでした。特に、母親が死んでからは」
「……」
「正直、どん詰まりでした。いつのたれ死んでもおかしくない位にはね」
「助けてくれるものはいなかったのかね」
「いや、あんな所でもいるにはいましたけど、やっぱり『自分』が一番大事なんで、まあそれは俺もそうでしたからしょうがないことです」
「冷めているのだな」
「まあ。だから、貴方に助けて貰ったことには感謝しています。たとえそれが、ハイランドとか言うお貴族様の息が掛かったものでも」
ジェイソンの顔に苦いものが走る。
「ですから、貴方の頼みで、あの変わり者のお嬢様を探しに行くのは、別に大したことじゃなかったんですよ。ただまあ、見つけた時は『我儘お嬢様の気まぐれ』だと思って、ちょっとからかったんですがね」
「……」
「ですが、いざ助ける段になった時に彼女が俺に何て言ったと思います?『借りは返す』ですよ」
「『借り』?」
「びっくりしましたね。貴族と言えば無理難題を吹っ掛けてきて、できれば金も礼も言わず「貴族の命に従えたのだから感謝しろ」、できなければ最悪、命を落とす、そういうもんだと思ってましたから」
「それは、誇張が過ぎないかね」
「俺のなじみはそれで4人、いなくなりました」
「…誰の行いか、調べておこう」
「まあもう終わったことです。それより」
アレックスが楽しそうに言う。
「公爵の令嬢が俺に感謝して『借りを返す』と言う。それも『俺が父に借りたものは自分で返せ、私が貴方から借りたものは私が自分で返す』って言うんですから。ありゃあ傑作だった」
「…娘が、そんなことを」
「…あの子はね、『人』なんです。普通に人に感謝ができて、受けた恩は返すと普通に言える。『貴族』じゃない。人として当たり前のこと、それを何の気負いもなくできる、そういう子なんです」
ジェイソンは、何も言わず耳を傾けている。
「アンドルーもそうです。あいつは俺を蔑んだアントワープ家の馬鹿息子相手に、本気で殺意を向けましたよ」
「王子が!?」
「あいつもまた『人』です。人を身分や地位で量らない。人の、そのありようだけを真っ直ぐに見る、そう言うやつですよ」
「…そうか」
「あげくに、二人して俺に詫びて、感謝して、頭下げるんですよ」
笑って答えるアレックス。だが、その口調はとても優しい。
「将来の王と王妃に頭を下げられた奴なんて、俺くらいのものでしょう?一生の自慢ですよ」
「…中々に、経験できないことではあるな」
「まあですから、貴方に頼まれたからじゃない。俺があいつらを気に入ったから守るんです」
アレックスの口調に変化はない。だがそれでいて、強い決意に満ちているようにもみえた。
「…二人のことを大切に想ってくれる友人がいて、父親冥利に尽きるよ」
「そんな大層な友人じゃありませんがね。あと、」
「あと?」
「あの二人は危なっかしい。最初はリリアンヌだけかと思ってたんですがとんでもない。アンドルーも大したたまでした」
「そうなのか?」
俄かには信じられない、そんな様子のジェイソン。
「入学式からこのかた、俺にケンカを売る、馬鹿息子を殺しかける、ラインフォード家のお嬢様をへこませて、あげくにぶっ倒れる。とどめに、」
「な、何を」
「エレンディアの皇太子に本気で剣を向けました」
「は!?」
「いや危なかったですよ。慌てて剣を合わせて止めましたが、ちょっと遅れたら皇子様はあの世行きでした」
絶句するジェイソン。
「な、な」
「意外と血の気が多いと言うか、頭に血が昇ると周りが見えなくなるようですね。まあ理由は分かりますが」
「り、理由?」
「リリアンヌですよ。あいつがそうなる時は必ず彼女がきっかけです」
「リリアンヌが…」
「まあ愛情深いのは良いんですが、いずれは国を背負って立とうって奴があれじゃあ、ね」
「そうか、そんな話は初めて聞いた」
「本人も自覚し始めてるようですし、リリアンヌもそれに気付いてる。ですから二人の間のことは二人に任せておけば良いでしょう。問題は」
「外側、か」
「まあ、俺の及ぶ範囲で守ってみせますよ。保証はしませんが」
「随分頼りない返事だな」
「3人の時や他の連中がいる時はいいんですよ、ただね」
「?」
「二人だけの時に割って入れるほど、俺は無神経じゃないんです」
今日一番の苦々しい顔になるジェイソン。
「そんなに嫌だったら嫁になんぞ出さなきゃいいんですよ」
「…あの子の数少ない望み、だからな」
「数少ない、ですか?」
「お前も気付いているだろう。あの子はこの世界の『普通』とは違う物差しで生きている」
「…ええ」
「詳しくは言えないが、とても、とても特別な事情を抱えていて、それがあの子を縛っている」
アレックスも薄々気づいてはいた。
「その、あの子の唯一と言って良い拠り所がアンドルー王子だ」
「それほどまでに、ですか」
「それほどまでに、だ。だから」
ジェイソンが、アレックスに頭を下げる。
「頼む。あの子たちの、力になってやってくれ」
「…そういう所は、本当に父娘そっくりですよ。分かっています。全力を尽くしますよ」
「もう一つ。アレックス、無理はするな」
「いや、言ってることがおかしいですよ、いま、」
「カチュアも、お前のことを気に掛けている」
「!」
「今は答えなくとも良い。だが、その体に流れる血までは否定できんのだ。だから、その時まで命を投げ出すような真似はするなよ」
「いや俺がそんなたまに見えますか?」
おどけるアレックスにジェイソンがぴしり、と言う。
「見える。今のお前には執着がない」
「そんなことは…」
「自分のことが分かっていないのは、お前も同じようだなアレックス。まあ良い。いずれ自分で気付くまで無茶はするな。あと」
「?」
「リリアンヌから『自分の借りは自分で返せ』と言われたのだろう。ならばその借り、きちんと返して貰わねばな」
「…分かりましたよ。ああそうだ、俺もリリアンヌから借りを返して貰う約束がありましたよ。そうか、どうしよっかなー。デートの約束もいいな、いや、頬にちゅー、てのも」
ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご。
「あ、いや、冗談ですから。う、うそ、嘘だから!」
「…クロードには『ハイランドの血は絶えた』と伝えておこう」
「いや、そんな人俺知らないんで!待って待って!!」
室内がわずかに揺れる。
「ほ、ほら、もう時間だから!ね?公爵様!」
「…ちっ」
「なに舌打ちしてんの!マジやめてあんた国の重鎮でしょ!?」
「…まあいい。こちらからまた連絡する」
「う、うん、それじゃあまた…おっと言い忘れてた」
「何だ」
「大物との接触がふたり。片方はさっき名前が出たレイオルド=ウルス=エレンディア、もう一人は」
「誰だ」
「フェルミノール=イオニス、『賢者』様です。大物でしょ?」
「怪しい動きは?」
「いんや、まだ何も」
「そうか…。何か動きがあったら連絡しろ」
「了解。では」
そう言ってアレックスが下りた場所は、元の並木道だった。
公爵を乗せたまま、「辻馬車」は去って行く。
「まあ、ご期待に沿えるようやってみる、いてっ!」
指先に痛みを感じて声をあげるアレックス。
「あちゃあ」
指の先から血が出ている。ずっと手に握っていた薔薇の棘が刺さったようだ。指を口に咥えて舐めるアレックス。
「まあ古来から『綺麗な薔薇には棘がある』っていうからな。はてさて、『薔薇園』の棘はどんなもんか、お手並み拝見と行こうか」
そう一人ごちるとアレックスは「薔薇園」の門へ向かう。その表情は普段と変わりない。だが、
その赤い目と髪は夕方の木漏れ日を受け、燃える炎のように見えた。
もうこいつが主人公でいいんじゃないかと思います。




