それぞれのインターバル
「では、私たちはそろそろ失礼致します」
「ん?何だ、先程の詫びでは足りなかったかアンドルー王子。まだ気を悪くしているなら」
「いやそんなことはない。それにこちらもいささか短慮ではあったので」
「なら」
「いや、この家に6人はすこし窮屈だろう。私たちの目的はおおよそ果たしたので、また日を改めて」
今この家にはフェル様と私達、レオ主従がいるからかなりぎゅうぎゅうだ。アンディの言った通り、あいさつも終わったし、そろそろおいとましよう。
「そうですか。まあ、みなさんももう『薔薇園』の生徒ですから会う機会も増えるでしょうし、またおいでなさい」
「あの」
「はい、どうしましたリリアンヌさん」
「お見苦しい所をお掛けしまして、どうも申し訳ありませんでした」
「いえ。こちらの配慮も欠けておりましたし、お詫びをするのはこちらの方です」
そう言って、フェル様はぺこり、と頭を下げる。フェル様ってものすごい偉い人のはずなのに少しも偉ぶったところがないからすごいよね。レオも少しは見習って欲しい。
「どうも私は女性の扱いに慣れていなくて。研究ひとすじ、と言えば聞こえは良いのですが、実際は世間慣れしてない世捨て人なので」
「いえ、そんな」
「こんな所ですが、気軽にまたおいでなさい」
「あ、あの、俺もまた来てもいいですか?色々教えて欲しいこともあるんで」
「勿論ですよアレックス君。君は確か『特待生』でしたね。研究の徒が増えるのは喜ばしいことですから、知りたいことがあるのでしたらいつでも」
「はい!ありがとうございます」
「良かったなアレックス、では私たちはこれで」
席、というかおこたを立ち、私たちは扉に向かう。
「ああリリアンヌ」
ん?
「どうしましたレイオルド様?」
「もし王子に飽きたらいつでも俺の所に来い。最高の嫁ぎ先にしてやる」
まーだそんなこと言ってるのかこの男は!
「飽きる予定はありません」
「本当に?」
「ええ。本当に全く完璧に見事に余地なく見込みなく隙間なく」
「分かった分かった、『今の所は』そうなんだな」
「『未来永劫』です」
「それはすごいな、だが」
「?」
「人の心は変わるもんだぞ」
「ええそうですね。人の心は移ろいやすいものです。ですが」
「なんだ」
「変わらないものもありますよ」
「リリアンヌのそれが、そうだと?」
「ええ」
そんな簡単にころころ相手を変えてたまるか。私はアンディひとすじだ。
「まあいい。『薔薇園』での生活は長い。また機会もあるだろう」
「今度は力ずくはなしですよ」
「ああ、もう少し上品に攫おう」
「それ以外の方法で!」
「分かってる分かってる。ただの冗談だ」
「レイオルド王子、次は止める間などないように首を刎ねるぞ」
また怖いこと言う!やめてよアンディ!
「冗談だよ」
冗談でも怖いよ!
「はっはっはっはっは。いや中々に面白い」
なんでかレオが大笑いした。なんでここで笑うの?意味わかんないよ。
「皇子である私が今更『学園など』と、父に言われた時は正気を疑ったが、なるほど、こういうことだったかと腑に落ちた所だ。いや、今後が楽しみだ、実にな」
ああそうですか。まあいいや、けんかさえしなければ。
「ああ皆さん、忘れ物ですよ」
今度はフェル様が声を掛けてきた。忘れ物?
「え、頂いて良いんですか?」
「余計に作ったものですからよろしければ。はい」
と、フェル様が私たちにカップ麺を渡した。2個ずつ。
「もしよろしければ感想を聞かせて下さいね」
おお。元日本人はちょっとカップ麺にはうるさいよ!
…あれ?なんか紙がはさまってる。メモみたいだね。フェル様を見ると周りに分からないように軽く頷いた。ああ、後で見ろってことか。
「ありがとうございます。では」
そうやって、私たちはフェル様との対面を終えた。
「なんか、お前たちといるとホントトラブルだらけだよな。というかむしろトラブルしかない」
帰り道、アレックスが私たちにそんなことを言う。それは心外だなあ。
「別にこちらから招いている訳じゃないよ。向こうから勝手に飛び込んでくる」
「まあ見ていればそうなのは分かるが、いくら王子とその婚約者が目立つと言っても限度があるぞ」
「嫌になったかい」
「いや全然!まだ3日でこうだからな。今後退屈しねえだろうなあってのはあいつと同じだ。あんなのと意見が合うってのはいささか業腹だけどな」
「私達にすれば面倒ばっかで、楽しむ余裕なんか全然ないんだけどねー」
「まあ周囲がお前たちに慣れるまで、しばらくはこんな感じだろうな」
「うええーー」
「まあ相手のことをいちいち気にしていても始まらないし、リリはいつも通りにしていれば良いよ」
「うん。あ、そうだ。ねえ二人とも、せっかくの帰り道なんだから、学内を回って帰らない?」
「ああ僕はいいよ。アレックスは?」
「いや、すまんがこの後別の約束があってな。悪いがそっちは二人で行ってくれ」
「うん、それはいいけど約束する相手とかいたんだね、アレックスにも」
入学してほとんど一緒だったから、他の友達作る余裕なんてないと思ってたんだけど。
「リリアンヌはたまに失礼なこと言うな。いくら俺が下流の出で嫌がる奴が多いと言っても、全部が全部そうって訳じゃねえんだぞ」
「ご、ごめんそういう意味じゃ」
「分かってる分かってる。怒ってる訳じゃねえよ。リリアンヌはホントそういうのに敏感だよな。普段は抜けてるくせに」
「抜けてるは余計だよ。ねえアンディ?」
アンディはにこにこして何も答えない。あれ?
「まあそういうことだ、じゃ、また後でな二人とも」
アレックスは片手を挙げると別の方向へ去っていった。
「じゃ、僕たちは学内を回ろうか。案内図もあるし」
そう言って、アンディはフェル様の所に行くときに使った案内図を取り出す。
「まあアレックスは昨日それなりに回ったんだろうしね、こちらに付き合わせるのも悪いと思っていたから丁度いいよ。それに」
アンディがこっちを見てにっこり笑う。
「入学式からこっち、二人でゆっくりできる機会がなかったからね。二人きりになれるのは嬉しい」
昨日もほぼそうだったんだけど、アンディはベッドの上だったし、人の出入りも多かったしね。ゆっくりできる、というのはなかったかもしれない。
「じゃ」
といって、アンディが左腕を空ける。エスコートのお誘いだ。男の人と腕を組むのはちょっと恥ずかしいし、アンディみたいな美形ならなおのことだけど、せっかくだからそのお誘いに乗ろう。
アンディの腕に、そっと右腕を添える。
「さて、どこから回ろうかリリアンヌお嬢様」
「うん、アンディに任せても良い?」
「もちろん。ではそうだね、あそこに行こうか」
「『あそこ』って、どこ?」
「それは着いてのお楽しみ」
そう言って、アンディと歩き始めた。
一体どこへ行くんだろうね。初めての場所はわくわくする。
ようやく私に、新しい場所に来た実感が湧いてきた。




