デーモン
リーダーの男、ダースというらしい、によると彼等三人は僕達と同じようにミスリルを求めて鉱山に入りこんだのだそうだ。最近になって採掘が止まったミスリルを掘り出せば高値でさばけるだろうという目論みの元、それなりに腕に自信がある彼等は三人パーティーでも危なげなく地下五階までたどり着いたという。
「だけどな。そこまでだったさ。俺達を待ち構えていたのはー」
ダースは梯子を忌ま忌ましげに睨みながら彼等を恐慌に陥れた事態について語り始めた。
10分ほどして僕とアッシュはダースとの会話を切り上げた。
何が待ち構えているのか、どんな場所だったのかなど必要な情報は入手出来たが正直楽観できそうな情報はやはり無い。
ただ一つ言えるのはミスリルを手に入れる為には戦いは避けられないということだった。
「分かったよ。まったく知らずに進んでいたらえらい目にあうところだった。ありがとう」
話し終わったダースに礼を言い僕は立ち上がった。アッシュは「ここから三人で帰るか?」と三人に聞いたがそれは首を横に振られて否定された。
「残念だが無理だ。あの先から逃げ出した時に俺とこいつが武器を落としちまってな。俺達だけじゃ戻れそうもない」
「面目ない話だが。。」
ダースの隣でもう一人の戦士っぽい鎧を着た男がうなだれる。
「ならどうする」
僕に答えるダース。
「非常に申し訳無いが、君達がミスリルを無事に手に入れたその帰り道に後ろからついていって戻ろうと思う。どのみち今回は俺達のミッションは失敗だ、命を君達に預けることになるけれど」
そこで一瞬言葉を切ったダースが僕とアッシュを見た。
「どうせ君達が来てくれなかったらあの場で死んでいただろうからな。君達に賭けるよ。それしか今は手が無いし」
頷く他の二人。そして今まで黙って話を聞いていた女の冒険者がすっとこちらに足を進めた。
右手に握るやや短めの杖を僕に差し出している。
「これは?」
「貴方方に命を助けて貰ったお礼。私の武器だけどあげるわ。どっちみち貴方達があの敵を倒してくれないと私達は戻れないしね」
「ーそうか、僕らの勝率が上がれば君達の生還確率も上がるわけか」
冒険者にとって文字通り命を預ける相棒とでも言うべき武器を渡され、ちょっと気後れしそうになったがこの状況なら頂いてもいいのかもしれない。
思い直しながら貰った杖を眺める。全長50センチ程のワンドと呼ばれる短めの魔法杖だ。木を薄い金属を巻いて補強しておりその先端の二つの翼をかたどった金属には小さな青い宝石が嵌め込まれている。
「効果は二つ。持ち主の魔力の少々向上と杖の先端における防御シールドの形成よ。それなりに高級品だから助けになるはず」
「有り難く頂戴するよ。何という杖?」
「守護の青杖」
魔力向上と防御力向上を兼備するなら中々使い勝手は良さそうだ。とりあえず盾が無い僕が左手に持てばいいか。
「助かる、ありがとう」
「礼には及ばない。むしろこちらが言わなくてはならないからな」
頭を下げた僕にダースが答えた。互いの利害の一致といったところか。
話はそこまでだった。最後に魔力回復のポーションを一つ貰って僕とアッシュは再び地下五階へと梯子で下りた。
僕達七人とダースら三人、全員の命を賭けた戦いが待つと考えると思わず身震いしそうになる。
コバルトがそんな弱気を心中で軽く叱咤するのを受け止めているうちに、足が地面に着いた。
******
ここからの一戦は危険だからという理由でモスさんにはダースら三人と共に残ってもらうことにして、本来の六人パーティーに戻った僕達は地下五階の坑道を前進した。
貰った魔力回復のポーションはすぐにシャリーが飲み、これからの戦闘に備える。
「ラーク、武器魔力付与を俺、カイト、トマスの三人に唱えたらあとは控えていていい。帰り道に備えて温存しておけ」
「いいんですか?」
アッシュの指示にラークが申し訳なさそうな返事をする。
「大丈夫だ、そのためにシャリーに魔力回復させたんだから」
シャリーは無言で頷く。いざ戦闘になれば攻撃呪文は一手に彼女が引き受けることになる。その覚悟まで自分の中で消化しているようだった。
(ダースによれば、ミスリルが採掘される広い場所がこの先にある。高さはそれほど無いからやっぱりコバルトは召喚出来ない)
ラークの武器魔力付与を受けながら考えた。
既に全員に説明は終わっており、一様に緊張感が漂っている。
(そして敵は強力なのが一体、それに操られているらしいのが見た限り六体か)
そいつらがミスリルを目前にしたダースらに襲いかかり、逃走させたのだ。やや遅れて追ってきたのがヒュージスパイダーだけだったのは幸運というべきだった。
「待ち受けるのはミスリルを求めた冒険者の成れの果てってことかしらね」
歩きながらシャリーがぽつりと呟いた言葉が坑道に反響する。パネッタが「縁起でもないこと言わないでくださいよ」と小声で反論したのが聞こえた。
「ここか。扉になってるな」
一直線に歩いて数分、先頭のトマスが足を止めた。彼の前に漂うマジックランタンの光が石造りの両開きの扉を照らし出す。堅固な扉はミスリルを採掘しようと目論む侵入者を拒むように重々しい存在感を放つ。
「開けるぞ」
アッシュがそう言いながら扉に手をかけた。
ギィと重そうな音を立てながら石の扉はゆっくりと内側に開いていく。
******
なだれ込むように扉を通過した僕達の目の前に広がっていたのはこれまでの坑道より格段に広い空間だった。
幅10メートル超、奥行き30メートルはありそうな空間がいきなり目の前に展開され距離感がおかしくなりそうになる。だがやはり天井は大して高くない。
(コバルトは出せないか)
(それより今は目の前のアレを)
異なる思考が錯綜する。真っ正面の突き当たり、ところどころがキラキラと青白く輝く壁面の中央に浮き出ている黒い塊が僕達の侵入に気づいたように動き始めていた。
最初はただの黒い人間大の楕円形に見えた。
だがそれがまるで殻にひびが入った卵のようにぱかりと中央から左右に分かれる。
左右に展開されたのは黒い翼。蝙蝠のそれに似た大きな翼の陰からは人間の手足のような四肢がニョキリと伸びる。
何より特徴的なのは顔だった。
トカゲを思わせる耳元まで裂けた口、爬虫類めいた感情の無い二つの瞳、逆三角形の頭部にはぴんと二本の耳が立っていた。
悪魔。
一言でいうなら黒い悪魔とでも言う怪物の姿がそこにあった。
それが口を開けると聞き取りずらい声が漏れた。
「警告スル。早々ニ立ち去レ。サモナクバアソコニ転ガル奴らのヨウニナルゾ」
喋るのはダースらから聞いていたから驚きはしない。
だがその悪魔っぽい奴が両手を開くと共に背後から何かが立ち上がったのには事前に知っていたとしてもやはり驚いた。
ぼろくなった衣服や鎧、そして手に握った剣や盾が見えた。
人形・・・いや、明かりに浮かび上がるその肌は人間のそれだ。いかに生気に欠けていたとしても人形とは違う生々しさを持った肉体が悪魔に操られるように立ち上がり、こちらに武器を構える。
これがダースらをびびらせた正体だった。恐らくミスリルを求めた冒険者の成れの果て。この悪魔に倒され操り人形と化した屍兵だ。
やはり問答無用と分かると先に動いたのはこちらだった。
ダースらから事前に聞いていただけ一日の長がある。
そしてその先陣を切るのはやはり集団戦に強みを発揮する魔術師。
「吹き荒れる雷神の槌!雷をもって命を焼き尽くす、ライトニングストーム!」
開戦ののろしとなるシャリーの雷嵐の呪文がいざ突っ掛かろうとした屍兵と悪魔の体を稲妻の檻に包みこんでゆく。
強烈な先制パンチだ。
「悪魔っぽい姿だけど、なんだあの怪物!?」
「分からない、でも多分低位の悪魔だろう。多分魔法も使うぞ、気をつけろ」
前面で青白い電撃が敵を討つのを見ながら発した僕の疑問にラークが答える。
デーモン。
響きからして厄介そうな敵だ。なんでそんなのがこの鉱山の奥に住み着いているんだろう。
「治療は私がなんとかする。カイト、前は頼むよ」パネッタがシャリーとラークを庇うように後衛の一番前に出た。
それが聞こえたわけでも無いだろうが、雷嵐の電撃を突っ切ってくる影が四体見えた。
「二体は倒したようだな!」
いち早く反応したアッシュがその豪剣を振るう。斧と盾で武装したがっちりした体格の屍兵がその攻撃を受け止める。
鋭く響く金属音、やや遅れてトマスと別の一体も武器をぶつけ合う。もう二体は向かって左に展開し懐から何か抜き出している。
一瞬で判断、あれは放っておいて狙うはデーモン。
「ボスを狙う!」
そう叫んで僕は真正面に切り込んだ。
相手の実力はよくわからないがとにかくフリーにだけはしたくない。
ましてや魔法を使うかもしれないなら尚更だった。
悪魔がそのトカゲのような目を光らせてパッと後ろに飛ぶ。その背景となった壁に幾つか灰色の糸状の物が固まってうずくまっているのが見えた。
あれか。あれに巻き込まれた冒険者が生ける屍と化したのか。
開いた間合いを詰める。だが向こうが何やらブツブツと呟きながら右手を突き出す方が速かった。
聞き慣れた詠唱。そして四本指の手が開いたその真ん中に生まれたのは燃え盛る炎の球体。
「ファイアボール」
相手が唱えたファイアボールの呪文が発動するのと同時に左手の守護の青杖を前に出す。その先端に生まれた光が盾状に収束し火球の衝撃を何とか弾いた。
(攻撃呪文・・・!)
(まだくるぞ!)
コバルトが喝を入れてくれる。その声が終わらないうちに更に第二発目のファイアボールがこちらのガードに突き刺さった。
ドウッ!と火炎と火の粉が散り、左手が痺れる。
「連続って詠唱省略かよ!」
まずい。ワンドのシールドの防御力は分からないがそう何発も持たないだろう。
こいつの攻撃を受けてばかりではジリ貧は目に見えている。
「突き抜けろ、氷の刃。永久凍土の糧となれ。アイスブレードトリプル・・・!」
僕に三発目のファイアボールが襲い掛かる直前だった。ラークの唱えた呪文が氷刃となり背後から僕を追い越してデーモンに殺到する。
その数三枚。今までのダブルを超えるトリプルで撃ち込んだアイスブレードが守勢一辺倒の状況を覆した。
魔法は使わなくていいと言われていたラークだがこの状況に堪えかねたのだろう。毒のダメージが抜けきっていない体でよくアイスブレードトリプルを成功させたものだと感心する。
(ってそんな暇ない、攻めるなら今だ)
青白い氷の刃の三重奏に多少はダメージを受けたのか、デーモンが怯む。
その隙に守りを捨てて僕は殺到した。
長剣にかけられた武器魔力付与の白光が強く輝く。踏み込みざま、右から強烈な一撃を見舞った。
キィンと甲高い音がして奴の左手で防がれたのが分かった時には身を低くして更に左から横薙ぎ一閃。
ウィルヘルム公でもかわせなかったコンビネーションだ。デーモンの無防備な脇腹に刀身が叩きこまれた。
だが僕の手に伝わってきたのは肉を裂く柔らかい感触ではなかった。ガツンという何か硬い物、そう、まさに岩か何かを叩いたような鈍い感触が右手を痺れさせる。
「な、、剣が効かない!?」
「バカメ」
デーモンが嘲笑した。人間よりやや高いあたりにある頭部が僕を見下ろし、その口がニヤリと歪む。
シャッと音を立てて突き出された右手をかわし、たまらず回り込む。だがスピードでも相手が上なのかきっちりついて来られた。
剣が当たった脇腹の辺りを動きながら見た。その部分の皮膚が剥がれ、中から白銀色の輝きが漏れている。あれがこいつの防御力の秘密か
。
待てよ、白銀?このエンブリオ鉱山で白銀と言えば。
(まさか)
嫌な想像が頭を過ぎる。その間にもデーモンは次々に拳を繰り出し、僕を壁際に追い詰めた。
アッシュとトマスの援護が必要だが今はまだ頼れない。
何とか自分一人で切り抜けなければと思っていたが、相手の動きが速い。
遂に何発目かに繰り出した左の拳が脇腹に食い込み、肺を圧迫する。
ゲボと自分の喉が嫌な音を吐き出すのが分かった。肉体的にダメージを受けただけじゃない。チェインメイルの上からでもお構いなしにデーモンは右手を広げて至近距離からファイアボールを叩きこんできたのだ。
いかに対魔障壁が施されたチェインメイルでもこの距離で攻撃呪文を撃たれればさすがに耐えかねる。
「がっ!!」
猛スピードで壁面に叩きつけられた。火炎の爆発が目の前で炸裂し、全身の体力を奪う。
アッシュらの援護が来るまで凌ぐどころでは無い。
一対一でどうにかなる相手じゃなかった。
濁った意識で奴を見る。こちらはもう片付いたばかりに背を向けたデーモンのその右脇腹はやはり白銀色に輝いたままだ。
全身が黒い中でそこだけが眩しい。
(ミスリルを吸収しているな、あのデーモン)
コバルトが僕の考えを読んだように呟いた。今まで聞いたことも無いほど深刻な響きがその声にある。
(まさかとは思っていたけど、やっぱりか)
(間違いない。奴の身体から金属が放つ独特の魔力が感じられる。全身ミスリル化しているわけではなかろうが)
コバルトの考えを聞きながらよろよろと僕は立ち上がった。
どうする。何か手は。
あのデーモンに操られているらしい元冒険者の屍兵は回り込んだ一体がシャリーに倒されたのかその朽ちかけた身体を土に投げ出し、アッシュも斬りあっていた斧使いを見事に倒している。
残りは二体。だがミスリルの硬度を誇るような敵を相手に通じるような攻撃があるのか。
焦るな。いくらデーモンといっても奴も生き物だ。まさかミスリル並の防御力を常に保てるわけじゃないだろう。何か手はあるはずだ。
(マスター、連弾で仕掛けろ。ミスリルを吸収したといってもあの防御力には限界がある。奴の防御力の限界を超えるだけのダメージを一気に叩きこめ)
(分かってる。だけど全身でかかったとしてもそこまで一回のダメージを高められるか)
限定された時間内に一気に連弾で奴の防御を突き破る。分かっている、デーモンのあの防御力はミスリルそのものというよりはミスリルの魔力を取り込み、それを自分の身体に使っているのだろう。もしメタル化していたら普通に動くことなど出来ないからな。
だからその防御に回した魔力を擦り減らす程ダメージを与えられれば奴に攻撃が届く、その理屈は分かるんだが。
「決め手が欲しい、一撃であの防御を突き破り致命傷を与えられるだけの」
こちらに背を向け、その翼を広げてデーモンがアッシュに攻撃をしかけている。卓越した剣技でアッシュはそれをいなしているが一対一ではいかにも不利だ。
攻撃呪文も乱戦になれば使えない。
(あるだろう、マスター。あの力を使えば)
コバルトの声にハッとした。
右手を見る。そうか、オーラの放射技。呪文の詠唱も不要なあの攻撃を上手く当てられれば例えあの防御でも超えられるかもしれない。
「あれしか頼れる技が無い、かー」




