会えないあなたへ~月の砂漠にて~
結局シャリーの予想通りランセルさんの葬儀は砂の部族がその勇敢さを讃え、大いに悼むという名目の元で行われた。
自分の国に攻め込まれたわけでも無いのに命を張った彼の死は個人差はあろうが彼等の心にも届いたらしい。
共同墓地の片隅に敷地を確保し、立派な墓石を作ることをエルルクは神妙な顔で約束し、各族長もそれに倣った。
個別に葬儀を行えないことに不満そうだったパネッタも今は静かだ。略式の国葬という形で行われた葬儀の場でシャリーが代表して別れの言葉を読みあげると僕らの間で何人かが鼻をすする音がした。
僕はというと悲しい段階を通り越しており、機械的に献花をして祈りを捧げるのが精一杯だった。
(さよなら、ランセルさん。ご家族へのお土産はきっと届けますから)
悲報と共にもたらされるお土産を二人の子供が喜んでくれるかは分からない。泣きながら突き返されるかもしれない。だけどとにかく渡す義務はあるだろう、共に旅した仲間として。
葬儀後、帰国の前に僕はパネッタと二人で"砂嵐"の部族の街を見て回った。半日程の自由時間の間にこの目でこの土地を目に焼き付けておきたかった。
"岩石"の部族の難民達が避難していたテントを畳んでいる姿も見えた。これから取り返した自分達の砦に戻るのだろうか。その中にあの若い母親と赤ん坊の姿を見かけたので手を振ると、疲れてはいたけどいい笑顔で手を振ってくれた。
胸に抱かれた赤ん坊もにこにこしながらその小さな手をニギニギしてくれたのがちらりと見えた。
「彼等、帰るんだね」
「一応砦は奪還したもの。やっぱり仮住まいはきついと思う」
難民達を見送りながら何となしに言った僕の言葉にパネッタが返す。
相当な人数が減少した"岩石"の部族が復興するには相当な時間がかかるだろう。もちろん他の部族も手を貸しはするけど困難な事には違いない。
「あの赤ちゃんが大きくなった時にさ、お父さんがいないことを聞かれたらあのお母さん、何て答えるんだろう」
手をニギニギする赤ん坊を見送りながらぽろりとそんな言葉が出た。父親に肩車してもらったり、一緒に遊んだりということをあの子は知ることなく大きくなるんだと思うと瞼が熱くなった。
私が頑張らなければ家族を守れないからと言っていたランセルさん。
夫が亡くなったのに赤ん坊を抱いたまま僕に何度も頭を下げたあの若い母親。
二人の姿が脳内でフラッシュバックする。
泣きそうになった。だけど泣くことが許されるのは僕じゃない。直接親しい人を失った人達が大勢いる。同情で泣くのは早過ぎる。
自分の横顔をパネッタに見られていることに気づく。心配かけたく無いのに心配させてしまっている。
「カイト」
そう言って彼女がひょいと伸ばした手を取った。
「戻ろう、ラトビアへ」
一度だけ振り返った。あの二人の姿は他の難民達に紛れてもう見えなくなっていた。
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「さよなら、砂の民の皆さん。お元気で」
「ラトビアの勇敢な皆に感謝致します。道中気をつけて」
シャリーとエルルクが最後の挨拶を交わす。難民達を見送ったその夜のことだ。暑い日差しを避けるために夜に出発することを決めた僕らに約束の50万ゴールドが入った袋がある。亡命を企てかけた四人の教育費として使われる金はずっしりと重い。
それとは別にエルルクからシャリーに手渡された物に視線が吸い寄せられた。美しい絹織物だ。糸の輝きが見る角度によって変わる複雑な織り方をしている。それが全部で三着。
「あの亡くなったラトビアの騎士のご家族に渡して貰いたい。せめてもの我々からの感謝の印と思って頂ければ有り難い」
そう言いながら頭を律儀に下げるエルルクの目は真摯だ。ドラゴンに真っ向勝負を仕掛けたランセルさんに敬意を表して、ということなんだろうか。
「有り難く頂戴致します、族長。遺族の方に少しでも貴方の気持ちが伝わりますように願っています」
シャリーが深々と頭を下げた。そしてくるりと振り向く。来た時から人数は一人減り13人だけだ。
いや、違う。ラトビアまではまだランセルさんの名残が僕らと一緒だ。
カラカラとラークが持つ封印された壺が鳴る。ランセルさんの遺骨の中から持ち歩きが負担にならない首の骨だけ墓地には入れずに持って帰ることにした。死者を葬るには基本的に土葬である竜の大地だ。本来遺体を傷つけずにそのまま葬るのが礼儀だが、遺族の気持ちを考えて無理を言って首の骨の一部を切り取らせてもらった。
黒竜の牙の跡が残る首の骨。果してそれを渡しても奥さんやお子さんの気持ちを逆なでするかもしれないけど、トマスの「父ちゃんが竜に立ち向かった証だって言えるんだ。受け取ってくれる」という意見が最後は通った。
「なんだかんだいってトマスは人の気持ちが分かるよね」とラークが重い雰囲気を振り払うように言うと、パネッタが「そういう人でないとパーティー組みたくは無い」と真顔で応じる。
「こんなことで誉められてもって気もするけどな。でももしかしたらこの骨が子供を守ってくれるかもしれないぜ?」
「そうだな、きっとそうだよ」
トマスに相槌を打って僕も同意した。
シャリーも認めてくれたので、今壺の中にランセルさんの骨が鳴っているという訳だ。
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青い月の下を僕達は歩く。砂までが青く染まり幻想的な風景が続く道は夢のようだ。
昼の熱も夜には冷める。
振り返れば"砂嵐"の部族の集落は既に遠い。難民達が襲われる様に今までとは全然違う感情がスパークしたり、ランセルさんが殺されて激怒と悲しみとを両方味わった記憶がまだ生々しく胸に焼き付いていた。
(この先、こんな戦いが続くのかな)
(そうかもしれぬ。マスター、強くなれ。体も技も心もな。我もきっとそうしてみせる)
コバルトが交信してきた。静かな波の奥に固い芯があるような心の声。
そうだよな、強くならないと。
一瞬目の前をあの黒竜とプラチナブロンドの女がよぎったような錯覚を覚えたが、きっと月光と砂が占める青い風景の生んだ幻なのだろう。
前に向き直る。一歩を踏み出す。
「次は勝つぞ、コバルト」
周りに聞こえぬよう声を潜めた呟きに僕の中の青竜が応えた。
ただ一言、(必ず)とだけその心を震わせて。
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<王都番外編>
エジル・ストーカーは面白く無かった。
今、彼は街で一人、一軒の茶店で本を開きながら茶を啜っていた。相変わらず怪しいサングラス姿に肩までかかるダークブラウンの長髪というどうみても軍人らしからぬ外見である。
そんな彼が本を読んでいる姿は文学青年に見えなくも無い。
だがその心の中は文学青年どころか並の兵士ではお呼びもつかないほど荒れていた。
(トリュース将軍とあのアッシュが一騎討ちですか。私も遊びたかったですね。。)
戦場に漂う血の気配すらかぎ分けると言われる彼にとって強者は常に美味しい餌だ。それが北の氷壁とうたわれるシルベストリ共和国のトリュース将軍ともなれば申し分無い。
是非一度戦ってみたい、そして命乞いさせてみたいと思っていたのだが、その機会は今回のカルドゥン城への出兵に加われなかったことで奪われた。
別に雑魚はどうでもいい。
だが強者は大事だ。己の実力を認識している強者ほど絶望時に信じられないという顔になる。
それが堪らないのだ。
エジルほどの腕になると中々戦いを楽しませてくれる相手はいない。トリュースはその得がたい一人だったのだ。それを横から奪われてしまったようでどこか面白くない。
アッシュのせいではないのは十分分かっているのだが。この辺り、エジルは子供っぽいところがある。
「ラトビア期待の若手エースに先を越されましたか、ククク、、まあいいでしょう。まだまだ美味しい相手はたくさんいますからね」
気を取り直して本の陰でエジルは小声で笑った。隣のカップルを気味悪がらせないように気をつけたのは彼なりの紳士さの表れだ。
(そういえばデズモンドの戦闘用ドラゴン、あれはどうなったのかウィルヘルム公に聞いてみましょうか。もし本当に戦ってもいいのなら願ってもない獲物ですからね?)
普通の人間が聞いたら卒倒しそうな願望を心に秘めたエジルは紅茶を飲み干し、唇を一度舐めた。




