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第二話 小さな俺

 夫の不在時を狙って、せっせと荷物を運び出す。


 大抵はガラクタだった。


 夫が生死の境をさまよった時も、今この瞬間の絶望も、これらは何ひとつ救わない。


 だから、全部ガラクタだ。


 それでも、どうしても置いていけないものが、一つだけあった。


 愛情を込めて育てていたハムスターである。

 

 弟の家は、ペット可だった。


 小さな虫かごに移したハムスターを抱え、私は逃げるようにマンションを出た。


 これだけは、置いていけなかった。


 私の唯一の弱点だった。

 いつか、夫に乱暴に扱われる気がしていた。


 



 弟の家で、新しいケージにハムスターを放す。


 部屋の匂いを確かめるように歩き回る小さな背中を見ながら、ふと思い出す。


 まだ仲が良かった頃。


 夫と二人、ケージに額を寄せ合って、小さな命を覗き込んでいた日のことを。


 喉の奥が、ぐっと締まる。

 泣いてしまう。


 考えることから逃げるように、私はキッチンへ急いだ。

 居候なりに、役に立たなくては。





 午前0時、帰宅した弟が電子タバコを吸う横で、私はあらかじめ作った夕食を温め直していた。


 うまそう、と弟が漏らす。


「姉ちゃん来てくれなかったら、俺、今頃その辺の草拾って食わなきゃいけなかったわ」


 電子タバコの人工的なトロピカルの香りと、温められた麻婆豆腐の匂いが混ざる。


「草拾って、部屋に持ってきて、で、植木鉢に植えて増やすの」


「草は草で増えないよ。せめて百均でタネ買いなよ」

 馬鹿馬鹿しくて、私は笑ってしまう。

「昨日の11万、もう立ち直ったの?」


 弟は吐いた煙が換気扇に吸い込まれるのを見ている。


「煙と一緒にさ、小さい俺も口から出てきて、疲れが全部吸い込まれる気がするんだよね」


 弟は、それを「小さな俺」と呼んでいるらしい。換気扇に小さく手を振っていた。


「そんなこと聞いてないって。11万の話」


 私が思わず突っ込むと、弟は首を横に振った。


「あんなの引きずったら負けでしょ」

 言いながら、吸い終えた電子タバコを、処理する。

「いいんだよ、楽しかったし。可愛かったし」


 コンロの火を止め、麻婆豆腐をよそうための皿を手に取る。


「麻婆丼にする?」


「俺、別々がいい。牛丼とかも、牛皿で頼むから」




 牛皿ってこういうヤツのためにあるんだ。

 


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