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第一話 ある一夜

 その夜、弟はガールズバーで11万円を使い果たしたことを嘆いた。


 奇しくも、15年の結婚生活を清算するために、私が手切れ金の5万円と離婚届を置いてきたその日に、だ。


 どうやら、私の誠意は、弟の享楽より安い。


「絶対、あの照明が悪い。店で見ると女の子みんな可愛く見えるんだもん」


 帰宅するなり、弟はベッドに突っ伏した。


「やべー、今月旅行行くから節約しようと思ってたのにー」


 居候の私は、2人掛けソファをベッドがわりに話を聞いていた。


「11万って……たしか、ここの家賃が12万って言ってなかった?」


「そう。でも11万は3人で割り勘したから」


 顔を上げ、早口でそれだけ言って、弟はまた突っ伏した。




 私の夫は数年前に脳梗塞を患った。リハビリの甲斐あり、五体満足で社会復帰したが、乱暴な性格が強く出て、一緒に暮らせる相手ではなくなってしまった。


 夜逃げ同然で、ウィークリーマンションでも契約しようとした矢先、「彼女と別れたばかりだから」と心よく合鍵を貸してくれたのだった。




「もー、風呂も明日でいいや」

 パジャマに着替えた弟が、ベッドに潜り込んだ。

「電気消して、修学旅行みたいに喋ろう」


 真っ暗な部屋で、男に泣かされた姉と、女に泣かされた弟が、不器用に身を寄せ合っている。


 たわいない話をして笑ううち、弟が急に静かになる。やがて、規則正しい寝息が聞こえてきた。


 目を閉じているのかどうかわからない暗闇の中で、夫との暮らしも、こんなふうに、ただ普通に笑い合えるものだったらよかったのにと思った。

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