第43話 午後の逆転と、思いがけない再会
午後の陽射しは、広場の石畳をやわらかく照らしていた。
午前の慌ただしさが落ち着き、人の流れも緩やかだ。
(焦らない。丁寧に。午前より、少しだけ前へ進もう)
「陽だまりパンです。今朝の焼き上がりです。いかがですか」
午前より少し低く落ち着いた声。
その響きに反応して、老夫婦が足を止めた。
「やあ、昨日の娘さんじゃな」
「まあまあ、香りがいいねえ。ひとつもらおうか」
「ありがとうございます!」
たった一つでも、胸の奥がふっと軽くなる。
◇ ◇ ◇
「そっちの若いの、どうだい」
「お、いい香りだな」
老夫婦が声をかけ、
三人ほどが追加で買ってくれた。
(午前は全然だったのに……。
午後って、こんなに違うんだ)
競合の波に飲まれ続けた午前とは違い、
午後は人の繋がりが静かに味方してくれる。
(丁寧に、焦らず。……うん、これでいい)
◇ ◇ ◇
「エリ、表情が随分柔らかくなりましたね」
後ろで見ていたセシルが言う。
「うん。午前の失敗が……なんか、役に立ってる気がする」
「声の調子が良い。安心して買えます」
「そ、そうかな……?」
「ええ。とても」
褒められると胸がむずむずする。
でも悪い気分ではなかった。
◇ ◇ ◇
「エリシア様……?」
背後から、静かで優しい声がした。
振り向いた瞬間、息が止まった。
淡い栗色の髪。
深い緑の瞳。
控えめな微笑み。
侯爵家の屋敷で、ずっとそばにいてくれた大人。
「……ミリアム……?」
思わず名前が漏れた。
ミリアム・クローヴァー。
エリの元侍女であり、侍女長補佐。
気遣い深く、いつも優しく寄り添ってくれた人。
「エリシア様……! ご無事で……!」
ミリアムは口元に手を当て、
涙を浮かべていた。
胸の奥が強く締めつけられる。
「……ミリアム殿でしたね」
静かな声で、セシルが一歩前に出た。
ミリアムは驚いたように目を瞬かせた。
「セシル様……覚えておいででしたか」
「屋敷で何度かお見かけしましたので。
……エリの前に立つ以上、意図を伺ってもよろしいですか」
声は丁寧だが、
はっきりと警戒が滲んでいた。
ミリアムは深く頭を下げる。
「はい……私は、どうしてもエリシア様にお会いしたくて。
あの日、突然屋敷を出られてから……心配で」
エリは胸の奥がきゅっと痛む。
(私を……探して……?)
「エリシア様」
ミリアムは涙を拭きながら言った。
「少しだけ、お話のお時間をいただけませんか」
エリはすぐには頷けなかった。
過去が形を持って目の前に現れたようで、
胸がざわざわと揺れていた。
だが――
「セシルも一緒なら」
「もちろんです」
セシルが迷いなく横に立つ。
ミリアムは安堵の息をついた。
「ありがとうございます……。
エリシア様が……ご無事で……本当に……」
その涙が、エリの胸に静かに沁みた。
(昨日が……追いついてきた)
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目内容金額
収入午後の販売(陽だまりパン十六個)+16
収入店舗手伝いの取り分+15
合計+31
借金残高23,021 → 22,990リラ
セシルの一口メモ
過去は静かに、しかし確実に訪れます。
迎えるかどうかを決めるのは、
自分の足で立っている者だけです。




