第42話 失敗と再挑戦の午前
三百個への挑戦、その一日目。
空気が澄んだ朝の麦猫堂で、
私はしっかりと深呼吸をした。
(今日から……積み上げていくんだ)
焼き上がった陽だまりパンを籠に入れながら、
心は静かに燃えていた。
「エリ、無理しないでね」
ハンナが声をかけてくれる。
「大丈夫です。今日は午前勝負です」
「うん、それそれ。焦らずね」
◇ ◇ ◇
城下の広場。
朝の光とともに人が動き始める。
(午前中に二十個……いけるはず)
「陽だまりパン、焼きたてです!」
声を張る。
その瞬間、横から――
「肉サンドいかが! 朝限定半額だよ!」
豪快な声。
強烈な肉の香り。
(あ……これは……)
ほとんどの通行人がそちらへ流れていった。
籠の中のパンは、
まるで置いていかれたように静かだった。
「……甘かったなあ、私」
胸が少し重くなる。
◇ ◇ ◇
「場所を変えましょう」
いつの間にか隣にいたセシルが囁く。
「午前のこの時間帯は競合が多い。
もっと人の流れが素直な場所へ」
「……うん」
悔しい気持ちはあるけれど、
セシルが隣にいると不思議と落ち着いた。
◇ ◇ ◇
次の場所で再挑戦。
「陽だまりパンです! 焼きたてです!」
しかし――
「今日は節約の日でね」
「軽いものを探してるんだ」
断られる理由はどれも生活の事情で、
誰も悪くない。
(パンって……理由で売れ方が変わるんだ)
痛感する。
◇ ◇ ◇
一時間ほど経過。
「エリ。少し休みましょう」
セシルが声をかけてきた。
「午後に響きます。
喉も、腕も、足も、今のうちに整えてください」
「……そうします」
ベンチに座ると、膝が少し震えていた。
気づかないうちにかなり無理をしていたらしい。
「七つ売れましたね」
セシルが籠の中を見て言う。
「初日の午前としては十分です」
「……十分、なんだ」
「ええ。三百は一気に到達する数字ではありません。
小さな積み上げこそ、最も大切です」
(そっか……私は、ちゃんと積んでるんだ)
「午後も頑張ります。
今度は……焦らず、しっかり声を届ける」
「はい。エリならできます」
その言葉が優しく胸に灯った。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目内容金額
収入午前の販売(陽だまりパン七個)+7
収入店舗手伝いの取り分(午後)+20
合計+27
借金残高23,048 → 23,021リラ
セシルの一口メモ
失敗は減点ではありません。
次の一歩を見つけるための材料です。




