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第14話 祭りの出店を任される日

朝の麦猫堂は、いつもよりも賑やかだった。

 常連客だけでなく、昨日から増えた新しい客たちが列を作り、店内は活気に満ちている。

 パンの焼ける匂いに混じって、どこか浮き立つ気配があった。


「今年もやるらしいよ、王都の春祭り」

 客の会話が耳に入る。

「出店の募集が始まってるってさ」


 春祭り。

 王都中の店が屋台を出し、人で溢れ返る大イベント。

 かつては貴族として招待される側だったけれど、今は違う。

 働く側として、そのにぎわいを迎えるのだ。


 ハンナが大きなトレイを抱えて厨房から出てきた。

「エリ! セシル! ちょっとこっち来な!」


 呼ばれて二人で近づくと、ハンナは紙束をドンと置いた。

「春祭り、うちも出店するよ!」


「えっ」

「私たちも、ですか」


「そりゃそうさ! 今うちは人気上昇中なんだよ?

 貴族街で完売した噂が広まって、ここぞとばかりに売り出す時だよ!」


 ハンナの眼は輝いていた。

 あの快活な笑顔を見ると、パン屋が好きなのだという気持ちが伝わってくる。


「でね、今年は人手が足りなくてね……屋台は二つ!

 ひとつは私がやるから、もうひとつは――」


 ハンナはどん、と私たち二人を指さした。


「エリとセシル、ふたりで任せるよ!」


「えっ……ええっ!?」


 声が裏返った。

 セシルまで少し目を見開いている。


「私に……任せるって、屋台全部?」


「そうさ。生地は仕込んでおくから、当日は焼くのと売るのは二人の仕事。

 ほら、最近ふたり息ぴったりじゃないか。やれるよ」


 胸の奥がじわっと熱くなる。

 何もできなかった私が、今は任される側になっている――

 たったそれだけのことが、こんなにうれしいなんて思わなかった。


 セシルが小さく咳払いする。

「お嬢様、屋台仕事はかなり体力を使います。大丈夫ですか?」


「大丈夫よ! 私、やれるわ!

 ……焦がさないように、ちゃんと気をつけるから!」


「それが一番不安ですが……頑張りましょう」


 セシルの声は相変わらず冷静だが、どこか楽しそうだった。


   ◇ ◇ ◇


 夕方、準備のための書類を整理していると、ハンナが小さな袋を渡してきた。

「はい、今日の分。祭りまでは忙しくなるけど、よろしくね」


「はい!」


 袋の中でカランと鳴った銀貨が、胸に小さな自信をくれた。

 祭りは三日後。

 初めての“自分たちの店”を任される日が、すぐそこに迫っている。


   ◇ ◇ ◇


本日の収支記録(第14話)

項目内容金額リラ

収入通常営業の日給+25

収入祭り準備の特別手当+20

合計+45

借金残高24,291 → 24,246リラ


セシルの一口メモ

祭りは商機です。

しかし人混みには危険も多いもの。

お嬢様、当日は私のそばから離れないでください。

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