第20話 緑の風。の巻!
アンジーが出発してから数時間。
心配なハルマキは、取り調べ班に聞いて、「アジトがある可能性は少ないし、あったとしてもそこにシルバーオクトパスがいる可能性はもっと少ない」と言われたのでちょっと安心した。
ハムカツが、兵士たちに剣の振り方を教わっている。「おおっ!」と声が上がる。
「本当に初めてなのか?剣を振ったのは…」
兵士たちが驚いている。
「相変わらず器用な男だ。ものまね以外は…」
なんて言いながら、ハルマキは、
(ハムカツも、アンジーさんについて行きたかったのかもしれない)
と、思った。
空を見上げると、昼間の月が浮かんでいる。この世界の月は3つ以上あるらしい。
ハルマキとハムカツは町を散歩することにした。
(知らない町)
(数日前までこの世界にすらいなかった)
(私にとって、あまりにも関わりのない、異世界の町)
(アンジーさんが守ろうとしている町)
「そういえば、毎日の日課だったものまねの練習をしていないな」
「確かに、僕もやってないです」
「もしかして、お前がいつも鏡の前でやっていたのはものまねの練習なのか」
「なんだと思ってたんですか」
「なんか、宇宙と交信しているのかと…ほら、お前は器用だから…」
「それはもう、器用の範疇じゃないですよ。内容とか気にならなかったんですか」
「いや、プライベートだし…」
「今どきの気づかいしてる場合じゃないでしょ。もし本当に宇宙と交信なんてしてるんだったら国家機密ですよ。そんなもん」
「あーーーーーーーーーー」
「国家機密聞いちゃったからって耳をパカパカしながら「あーーーー」って言わないでください。聞いちゃったんだからもう手遅れですよ」
「ワレワレハ……」
「宇宙人の仲間になろうとしないでください。っていうか、耳をパカパカしながら「ワレワレハ…」って言っても、こっちには普通に聞こえてますから、宇宙人っぽく聞こえているのは師匠だけですから」
「ハアハア…宇宙人の話なんてどうでもいい!私はものまねの練習がしたいのだ。顔面の運動もしていないし、表情筋のストレッチもしたい。だがこの世界では、それを誰かに見られるのはマズい気がする」
「そうですね、では僕が見張りをしましょう」
小道の奥にある、あまり使われてなさそうな小屋の壁に体を向ける。壁と額の距離は1ミリだ。そのくらい気をつけている。
「あはは…あははは…あは…」
ものまねの練習を始めた。どうやら笑い声に特徴のある人物の真似をしているようだ。
ハムカツが気付く。
恐れていたことが起こってしまった。
後ろを人が通ったのだ。しかも2人。母親と男の子だ。どうやら、およそ子連れの母親が通るとは思えないような獣道を、近道として使ったようだ。
「あのおじさん、何してるの~」
「見ちゃいけません」
母親が子供に言う。
ハムカツが頭を抱える。
(今この2人に声を掛けてことを大きくしてはいけない。僕にできることは、なるべく記憶に残らないように願うしかない。漏れているのだ。オーラが。この世界でそれをすれば「伝説」と恐れられ、気を失う者もいるほどのことを、師匠は今、やっちゃっているのだ。その美しくもまがまがしきオーラを、子を守る母性本能が感じ取ったのだ)
「なんで~」
「いいからっ」
(理由なんて言えるわけがない。その、神々しき光景を例えうる言語などあろうはずもない。母親はただただ子供の目を伏せ、恐れ多い視線を遮ることしかできないでいる)
「おじちゃんまたね~」
「やめなさい!ついてきちゃったらどうするのっ!」
そう言って子供の手を強く引っ張る。
(ついてきちゃったら?……おそらく、母親は、この神々しきオーラの加護を受けて、ついてる状態、つまり、ラッキーすぎる状態になってしまったら、子供の教育に良くないと思ったのだろう)
(無理もない。かなりやばい背中だ。ヤバすぎるオーラが吹き出している)
伝説的な技の練習を終えたハルマキは、
「うん、大丈夫だ。むしろ今日は調子がいいくらいだ」
と言って、さわやかに歩き出す。
その、一歩目の足の横に、小さな木彫りの人形を見つける。
「落とし物?子供のおもちゃだろうか?」
顔を上げると、少し離れたところに母親と男の子が歩いている。
ハルマキの手が動く、足が動く、母と子に向かって体がゆっくりと動き出し、やがて加速してゆく。
「師匠。待って」
ハムカツの声は間に合わなかった。
「こんばんは~!ハルマキで~す!落とし物で~す!」
母と子は、振り返らずに歩くスピードを上げていく。真顔だ。母も子も真顔で、どんどんとスピードを上げていく。
「なんてことだ…」
ハルマキは動揺を隠せずにいた。既視感があった。前にも同じような姿を見たことがあるのだ。
「テレビで視たことある~!競歩の選手だ~!すごい~!こっちの世界に来て競歩の選手を見れるなんて~!あんなに速いんだ~!」
すごく速かった。面白いくらい速かった。早すぎて追いつけそうにないので、落とし物のことは町長に相談することにした。
ハムカツは冷静になって考えて。
(う~ん…ま、大丈夫か…)
と思った。
◇◇◇◇
アンジーは馬車の中に居て、それを守るように、前後に兵士が配置され、林の中の道を進んでいく。
馬車の中にも数人の護衛がいてむさくるしい。
今は晴れているが、朝に少し雨が降って、それで林の木々の生きる緑の匂いが満ちている。
その気持ちのいい風が、たまに馬車の中に入ってきて救われる。
アンジーは、心の迷いを捨てなければいけないと思った。
(私は恨みではなく、この国を守るため、あの町を守るために戦うのだ)
今日は少しだけ、緑の風のような、いつものアンジーの心ではない。今日は少しだけ。




