第21話 トンボの記憶。の巻!
アンジーは、馬車の窓からきれいな小川を見つけた。
この小川がこの森を育てているのかもしれない。
父親が生きている頃に、よく遊んでいた小川に似ていた。トンボが飛んでいて、アンジーは子供の頃を思い出す。
父親は帽子をかぶっていて、トンボが止まっていた。父は気づいていなくて、何度かぶり直しても、トンボは帽子に戻ってきた。
他人に話すほどの話ではない。アンジーだけが知っている記憶。アンジーが忘れれば、この世からなくなる記憶。
「昨日、青いフードの男を見てさ」
「あ、それ俺も見た」
兵士たちがムダ話をしている。
緊張感がない。残党たちと戦う前の探索部隊と変わらない。なぜなら残党たちを捕まえたときの話を、兵士たちにしてないからだ。詳しく話そうとすれば、S級イタコ(偽物)であるハルマキの話もしないわけにはいかず、それができない以上、話さないほうが賢明だ。
道の脇に馬車が止まっている。
馬車と馬車がすれ違うには、道幅が少しだけ足りていない。馬に乗り先行している兵士が、対向する馬車に頼んで道を譲ってもらっていたのだ。
馬に乗った兵士は10人ほどいて、半分はアンジーの警護のため、残りの半分はアジトの探索のために走り回っている。
その偵察隊が帰ってきた。
「アジトらしきものは見つかりませんでした。ただ…」
「ただ?」
「新人が迷子になりまして、アジトよりもそいつを探していたんです。何とか見つかったんですが、本来予定していた場所とはかけ離れた場所に行ってしまいまして」
「アジトの探索が十分にはできなかったと?」
「違います。まあ、そうなんですけど違くて…よく分からない場所だったので、途中で見かけた一軒の小屋を思い出し、そこの住人に話を聞いたんです。その話の中で、地元民しか使わない近くの細い道の人通りがここ2、3日で急に増えたと言っていて、実際に見に行きました」
「それで?」
「かなり新しい足跡がありました。たぶん、朝の雨より後だと思います。数も多くて、20~30…もっと多いかもしれません。ずっと、道をはみ出しながら歩いてる足跡もたくさんありました」
「待って、その道ってどこにつながってるの!?」
「そうなんです。岩山を回り込んで、林を抜けると、ブラデの町だそうです」
「全員止まれっ!戻るぞっ!!!」
アンジーが大声で叫ぶ。
◇◇◇◇
「細い道…細い道…うーん。あの辺りで、あの細い獣道を近道として使っていそうなのは…テプラさんかな。あそこのお母さんなかなかワイルドですから」
町長が落とし物を受け取りながら答えている、ハルマキは感心した。
「この町の住人のこと、みんな頭に入ってるんですか?」
「みんなじゃないですけど、ある程度はね。テプラさんの家はここから遠くないですから、まあ、ご近所づきあいですよ」
「そういえば、散歩をしていて、テプラという表札はよく見る気がします」
「そうですね。テプラやフレイという名前はよくある名前です。この近所だけでも、テプラ姓の家は3軒あります」
「なるほど。では、「パン屋の隣のテプラさん」とか「競歩のテプラさん」みたいに言わないとわかりませんね」
「そうですね」…と言った町長の頭の中は、
(キョウホ?…「キョウホ」ってなんだ?「恐怖」と言ったのでしょうか?もしかして活舌の悪い人なのかな?それで「恐怖」が「キョウホ」になっているのでしょうか。芸人をやっていて活舌が悪いなんて…きっと悩んでいるのでしょう。あまり触れない方が良さそうです)
なんてことを考えていた。
「ははは、しかし恐怖のテプラさんというのは…そんなに驚かれましたか」
「ええ、競歩を見たのは初めてでした。驚きましたね。すごいスピードでした」
「恐怖を見ましたか…確かに。そんなスピードで、いきなり獣道から出てきたら、そうとうビックリして怖かったでしょう」
「私は別のことに集中していて、気づかなかったのですが、ハムカツはそれを見て、全身から汗が噴き出したそうです」
「それは恐怖ですね」
「ええ、競歩でした。本当にすごいスピードで、あの親子はいろんなところで勝っているんでしょうね」
「きっと、いろいろ買った帰りなのでしょう」
「そんなに勝ったら、家はトロフィーだらけでしょうね」
「買ったトロフィー?…」
「私の家にも、いくつか飾ってあります」
「買ったトロフィーを飾ってるんですか?」
「ええ、来客時に自慢してしまったりして、いや、お恥ずかしい…でもみんな「すごい」と言ってくれます」
「すごいとしか言えませんからね……ちなみにそれはいくらくらいの」
(いくらくらい?賞金の話だろうか?ものー1グランプリの賞金だと…)
「1000万くらいですかね」
「い、い、い、1000万!!!!」
「さすがに、勝った時は足が震えました」
「分かります。私も、元から金持ちの家に生まれたというわけではないので、1000万は大金ですよね。やはり、負けてもらったりしたんですか?」
「何を言ってるんですか!そんなズルはしませんよ!正々堂々勝ったんです!」
「ははは、冗談ですよ。負けてもらって買っても気持ちよくないですからね。怖くても正々堂々買った方がいい」
「もちろんです」
「はははは」
「あの親子も、競歩で勝ったトロフィーがきっとあるのでしょう」
「恐怖で買ったトロフィーがありますかね?私でさえ持っていないのに」
「町長さんも競歩するんですか?」
「しますします!めちゃくちゃ恐怖しますよ」
「めちゃくちゃするんですか?競歩を?」
「めちゃくちゃ恐怖します。オバケに会ったら、恐怖で逃げます」
「競歩で逃げるんですか?!オバケと会ったときに!?」
「普通に走った時の3倍くらいのスピードが出ます」
「競歩すごいですね」
「恐怖は人間のチカラを目覚めさせます」
「競歩が?」
テプラという姓は本当に多くて、町の端っこに住む農家もテプラという。細い道沿いに家があり、その先に畑、その先は林になっている。
そして今、家と林の間にある畑が、大勢の男たちに踏み荒らされている。
農家のテプラは「何しとんじゃおまえら!」と言って、怒鳴りつけようかと思った。だが一瞬で、それが誤りだと気づいた。
全員武器を持っていた。
家族を集め、見つからないように、家の裏から抜け出した。テプラは茂みを這うように進みながら
(みんなに伝えなければ)
と思った。
町に危機が迫っていた。
「さすがですね町長~」
ハルマキたちは、まだのん気だった。




