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6月のオラシオン  作者: なっつ
6月のオラシオン
22/55

12月・1(☆)

 あれからどうやって帰って来たのか覚えていない。

 ノクトが言うには、何時(いつ)まで()っても帰って来ないと思って玄関先まで見に行ったら箱を持った僕が(あお)い顔で突っ立っていた、だそうだ。

 箱の中身については翌日にでも僕が正気に返ってから……と思ったらしいが、僕が「栄養剤だから皆に配らないと」としきりに繰り返すので、偶然通りがかったヴィヴィに配ってくれと丸投げしたのだとか。

 時間的には門限間近だろうからヴィヴィもギリギリで帰ってきたところだったのか、連れはいなかったのかなど気になる部分はあったけれど、ともかく栄養剤の配布は(すで)に終えてくれているわけで。

 何だかんだとヴィヴィには世話になりっぱなしだなぁ、なんて(かすみ)のかかった頭でぼんやりと思う。



 机の上にはそんな波乱を乗り越えてやってきた蛍光色のカプセルが2粒。

 朝日を浴びてキラキラと輝いている(さま)はまるで宝石のようだ。このうちの1粒はどうもノクトの分らしい。

 何故(なぜ)ノクトの分が僕のと一緒に残っているのか。

 先に飲んだら悪いとか、綺麗すぎて飲むのがもったいない、なんてまさかあのノクトが言うはずがない……と思ったが案の定、


「そんな胡散臭(うさんくさ)い薬が飲めるか。だったら俺は他人(ひと)の倍、光合成するからそれでいい」


 と言い張った。

 嘘をついているわけでもなく、本気でそう思っているらしい。


 確かに胡散臭いと言えばそうなんだけど、とまたしても頭の片隅に浮かんだ虫の影を追い払う。

 そんなことを聞かせた日には絶対に飲まなくなること確定だ。


 光合成で(おぎな)えないからこその栄養剤ではあるけれど、無理()いしたところで紙にでも包んでこっそり捨てるのがオチだから放っておこう。

 調子が悪くなったら「ほら見たことか」と飲ませればいい。


 かく言う僕も原材料のことを考えると口に入れられなくて、結局引き出しにしまい込んでしまった。

 虫と言うのはあくまで僕の想像でしかないのだけれど。

 


『――誰かいなくなったのかい?』



 薬局での出来ごとはノクトには言えない。

 アポティがフランと同じ目をしたこともあるけれど、それよりも僕が(いま)だに”元のノクト”が何処(どこ)かにいると思っていると知ったら、彼はどう思うだろう。


 転生なら彼自身がノクトなのだから問題ない。

 けれどもし転移なら。

 ご都合主義で外見がノクトと瓜ふたつなだけだとしたら。


 出会った当初、「ノクトではない」と主張していたのは”ノクト”の記憶がなかったからだ。

 それは今でも変わらないけれど、しかし今の彼は”ノクト”として生きようとしている。

 たとえそれがこの世界で生きていくための処世術でしかないとしても。


 もしノクトがもうひとりいると知ったら、彼はどんな反応を返すだろう。

 今度は”ノクト”の記憶があるふりをするのだろうか。

 僕たちよりも先に本物のノクトを探し出して、消そうとはしないだろうか。


 いや。僕は首を振る。

 今更本物が生きているはずがない。

 この数ヵ月、レトの目をかいくぐって町の中に潜むことなどできないから、いるとすれば町の外。しかしあの灼熱地獄の中で5ヵ月も飲まず食わずなんて、それこそ無理な話だ。


 となると僕がクルーツォにノクトの行方を尋ねたのは、ノクトの死を確かなものにしたかったから、なのか?

 僕はやはりノクトの生ではなく死を望んでいると言うことか?

 そんな、保身のためとは言えあまりにも身勝手な、いや、違う。僕は本当はノクトに生きていてほしいと――。

 ……何度考えたところで矛盾がぐるぐる回るばかりで結論など出ないことなのに、僕は繰り返し、繰り返し、同じ問いを頭の引き出しから出し入れしている。



              挿絵(By みてみん)



 それから。

 何もしなくても月日は簡単に流れるものだ。

 町はすっかりクリスマス一色に染まっている。


 葉を落とした街路樹にはイルミネーションが巻きつけられ、店先にいるアンドロイドたちは紅白の帽子や衣装に身を包み。

 門限のある僕たちは5時には寮に戻らなければいけないので、点灯したところで窓からチラッと見えればいいところなのに……子供たちよりも、クリスマスを楽しもうというプログラムなど入っていないアンドロイドたちのほうがその日を待ち望んでいるように見えて、何だかとても奇妙だ。


 今年の電飾はピンク。

 ()が落ちると町がピンクに染まり始める。

 栄養剤のような蛍光ピンクではなく、もっと淡い色ではあるけれど、どうにも1度付いてしまった虫の呪縛から僕は抜け出すことができないでいる。


 何も知らないノクトは、呑気に「桜に似ている」と言った。

 桜を見ながら飲食を楽しむのが春の風物詩だそうだが、生憎(あいにく)と海同様、もうこの世界の何処(どこ)にも存在しない花のことを言われても、僕にはその光景を思い浮かべることができない。


 それでも。

 ピンクは桜の色。花の色。

 遠いイルミネーションを視界に入れつつ、僕は頭の中で何度も復唱する。

 ピンク(イコール)花、と上書きするように。

 


 挿絵(By みてみん)


「しっかしなぁ、あんなにしてたら門限破って遊びに行く(やつ)いるんじゃないのか?」


 今日もノクトは窓の外を眺めてはそんなことを呟く。

 植栽と家々の屋根を越えた先には今日も幻想的なピンクが(きら)めいている。

 望んでも辿(たど)り着けない夢の場所。

 まるで砂嵐の向こうに見えるファータ・モンドのようだ。


「行ったところで店は閉まってるよ? 23日から25日は屋台も出るからその時のほうがいいんじゃないかな、門限も延長されるから罪にならないし」


 この町に”人間”は学生しかいない。

 だから店は始業前に店を開け、寮の門限で店を閉める。

 どれだけイルミネーションで飾り立てようとも、門限以降に客が来ることはない。

 なのに何故(なぜ)飾るのか。

 客がいないのだからイルミミネーションなんて無駄、なんて意見もあるけれど、あれは事前告知の広告のようなものだろう。

 窓から眺めることで僕たちはクリスマスに向けて期待を膨らませ、屋台MAPとイベントスケジュールとを比べながら何処(どこ)をどう回ろうか、と何日も考える。それが楽しい。


 言わば今は準備段階。

 出かけたところでイルミネーション以外は何もないのだから、行くだけ無駄と言うものだ。


「わかってないな」


 僕の言葉に、ノクトは小馬鹿にしたように笑いを()み殺す。


「屋台なんか楽しみにしてるのはコ・ド・モ。大人は景色を楽しむものさ」


 景色を楽しむような外出すらしない引き(こも)りが何を言っているのだか。

 と思いつつも話を聞き出せば、花見にしろイルミネーションにしろ「何処(どこ)に行っても人ばかりで暑いわ狭いわ見えないわでうんざりする。でも開放されていない時に行けばその景色が全て自分ひとりのものだ、それがいいんだ」との返事を頂いた。

 まぁ確かに景色を見に行くのなら(障害)なんて少ないほうがいいに決まっているけれど。


 前文明の人口は今の数倍。

 単純に換算すれば、今ふたりしかいないこの部屋のスペースに10人近い人数がひしめいていたということになる。

 それだけの人数が一堂に(かい)せば景色を楽しむどころではない。自分以外誰もいなければ、と思うかもしれない。

 だが、子供と揶揄(やゆ)されたのが気に入らない。


此処(ここ)は大丈夫だよ。ノクトが思うほどギュウギュウ詰めにはならないから」

「わかってねぇな」


 ノクトは鼻を鳴らす。

 解釈を間違えただろうか。この町の人口なんて微々(びび)たるものだから「暑いわ狭いわ見えないわ」なんてことにはならないのだが。


 ああ。もしかして人が多かろうが少なかろうが関係なく、”今”抜け出して見に行こうと、そんな腹づもりでいるのだろうか。


「……何考えてる?」


 イルミネーションで(きら)めく町はファータ・モンドに似ている。

 行きたいけれど、行けない場所。

 決められた時が来なければ足を踏み入れられない場所。

 こっそりと抜け出して行こうと思う(やから)が後を絶たない場所。

 さすがに干乾(ひから)びて死ぬことはないだろうけれど、きちんと規則を守る学生がいる手前、捕まればお(とが)めなしでは済まされない。

 しかし。


「心配しなくても”レトの学徒様”を引っ張り出そうとか考えてないから安心しな」


 ノクトはニヤリと笑っただけで、さっさとベッドに(もぐ)り込んでしまった。

 



 おかしい。これは絶対に何か(たくら)んでいる。

 そう思う僕の耳に、


「お前はレトに監視されてるしな」


 という声だけが聞こえてきた。



 「僕じゃなくてノクトのほうだよ」と言いたかったけれど、フランやアポティのことを思うと口にすることができなかった。

 僕は監視されている。それは確かで。

 

 カーテンを閉め、僕も反対側のベッドに(もぐ)り込む。

 最近は、言いたいことを飲み込んでばかりいる。

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